どーでもいい話しする。
「とにかく、しばらく八神くんの顔を見たくないんです」
「なんですか、汚い顔して」
「八神くんの顔を見ると霊を思いだすんです。」
「はい。」
「だから、しばらくアイツの安否を確認したくないんです。」
「安否を!?」
心霊ロケから無事帰還した、声優ラジオのパーソナリティ七春解。
本日から、声優ラジオ『パーソナリティは七春さんですよ!』は、ごきげんに夏編をスタートさせる。
「何があったのか知らないけど、安否くらいは確認してあげましょうよ。」
ゲストには新進気鋭の竜一里奈を迎えている。茶髪に銀ピアス。見た目のチャラさに反して実力派の男性声優である。
「竜一さんは、幽霊とか信じますか?」
「信じます。あの味噌汁の碗が動くのとか、浮幽霊の仕業です。」
「そうだったっけ。」
「あと爪切りとか欲しい時に限って見つからないのも、地縛霊の仕業です。」
「ああいうことされると、ジワジワ嫌じゃないですか」
「ジワジワ嫌ですね。」
「そういうことを思い出すんです。八神くんを見てると。アイツにもう近寄りたくないんです。」
言い切った七春に、若干身を引く竜一。
「今日はなんか、すごい攻撃的ですね。」
「二日前に、ロケだったんです。」
「あ、それ上木さんに聞きました。なんか、すごい怖い現象が、色々と起きたらしいですね」
「行くとホントに色々とあるから、行きたくなかったんです。」
「でも仕事だから」
「こういう仕事が来るようになったのも、八神くんのせいなんです。ホントは!」
「あの。」
「はい。」
「申し上げにくいんですけど」
「はい。」
「その愚痴あとどれくらい続きます?」
「ちくしょう!」
冷静にツッコまれたので、愚痴モードをしめくくる。
「このラジオってこんなグダグダでしたっけ。なんか、ボードに書かれたお題とか、出てこなかったッスか?」
「それもうぶん投げようかと思ってたんだけど。お題とかいる?」
「待って! 貴方のラジオでしょ!?」
「そうですが」
「真面目にやりましょうよ!」
「今日はそういうテンションじゃないです。」
「気分で決めない! そんなに大変だったの?」
それはもう大変だった。
巻物に追いかけられたり、怪我したり、神さま頭に乗せて走ったり、色々と大変だった。
そして、その結末について知っているのは、ごく一部の人間だけ。七春も、その中に含まれている。
「竜一さんも、次があったら、絶対にいきましょう。」
「なんで巻き込もうとするんですか?」
「同じ恐怖を拡散したいんです。ドヤ。」
「ドヤ顔やめて。俺は、そういうの信じてるだけに、ホントにダメです。」
「そんなこと言わずに」
「俺は幽霊体験とか、嫌なんです。七春さんみたいに場に慣れてないスもん。」
「失敬な!」
「何が!?」
「俺だって慣れてない。八神くんと一緒にいると、無理矢理巻き込まれる。」
「あ、そうなの。ごめんね。」
今日の七春さんは情緒不安定。
「八神くんて一体何者なんスかね」
「魔法少女。」
「さて、竜一さんは、アニメに出て来ましたね~。」
本当にお題をぶん投げて、話はアニメの収録に移る。
「七春さんと八神くんのコンビで有名な『できなくてもなんとかしろよ、魔法少女だろ!』に参加させていただきました。」
「先生役でしたっけ」
「そうですね。八神くん演じる魔法少女、ルエリィの学校の先生です。」
「教育実習生っていう体で入ってきて、実は敵でした的なね。」
「そうです。申し訳ない」
「先生じゃないんでしょ?」
「本当はね。先生として学園に潜り込んでいて、ルエリィを見張ってるって感じですんで。そこまでアニメでやったところかな。」
「でも悪いひと?」
「悪いひとです。なのに、ルエリィにはかなり好かれている設定で。いつも心配されてます。『先生は僕の傍を離れないでよね』みたいな感じで。」
「八神くんの演じる魔法少女は、魔法を使うたび、自分の大切なひとが世界から消えていく設定ですからね。」
「ダークファンタジーですよね。」
「それでも世界を救う方を選ぶのか、大切なひとがいなくなった世界なんかになんの価値があるのか、ってルエリィが葛藤するシーンが重要な見せ場なので。」
「第七話くらいから、魔法少女ちゃんの精神が崩れ始めるとこも重要ですね。笑いながら魔法使ったり、不登校になったり。」
「ダークファンタジーなので。」
「原作がまだ完結していないから、ハッピーエンドになるかどうか、わからないってところが嫌ですね。ルエリィが可哀想で見ていられない。」
「まあ、そのへんは原作共々、今後の展開に注目してもらいましょう!」
「七春さんの役はなんの役にたっているんですか?」
一拍、間が空く。
「い、いろんな役にたってますが?」
「七春さんって、ルエリィの肩に乗っていたり、学生服の胸ポケットに入ってたり、スカートめくっているだけですよね?」
「いやいや、助言したり、ルエリィを守ったり、色々と頑張ってますよ!たまにありがとうって言われるし。」
「でも七春さんのする役って、フタマタかけてる奴が多いですよね。」
「……はたしてそうかな。」
「ね、多いですよね!? 今回の魔法少女も、ルエリィより前に使い魔として仕えてた人が回想シーンででてきたし。ルエリィとそのひとを重ねて見てるんでしょ?」
「そそんなことはなないよ」
「またフタマタじゃないすか。」
「それ八神くんにも言われた…。」
「七春さん。」
「アイツが収録来るたび俺に『ルエリィを裏切らないでくださいね』って言ってくるのが、なんかジワジワくる。」
「それは…、ジワジワきますね。」
精神的に追い詰められている七春さん。
「さて、じゃあ、せっかくなんで『竜一さんの最近あったジワジワくる話』のコーナーでもしてもらいますかね」
「ちょっと待ってくださいよ!」
勝手にコーナーをつくる七春さん。
「そんなコーナーありました?」
「竜一さんに言っておきますけど」
「はい。」
「俺がここまで頑なにお題をぶん投げているのは、今日のお題が『涼しくなる話し』だからです。夏だけに。」
「逃げてたのね。」
「もうそういう話はお腹いっぱいなのよ。」
「怖がりなんだから」
「だいたい、そういう番組じゃないし、そういう方向にもっていくなってのに。」
「わかりました。そういうことなら、もう、お題をぶん投げて、ジワジワくる話しをしましょう。」
「わーい。」
機嫌がよくなる七春さん。
しかし今から、恐怖の淵に突き落とされる。
「二週間くらい前に、俺が、ある事故を起こしてしまいまして。」
「えっ?」
「携帯電話を水死させるという事故を。」
「一瞬、真面目に聞いちゃったい。」
「ポケットに入れたまま、気づかず。」
「はいはい、ありますね。」
「もう、そのまんま、洗濯機でまわして」
「あります、あります。」
「携帯を、溺死させてしまいまして。」
しばらく使わないでいると、携帯がふいに影が薄くなることがあります。注意。
「データとかとぶよね。」
「それもあるし。もう、電源が入ってくれないんすよ。画面が沈黙しちゃって。」
「ふむ」
「そして仕方なく新しい携帯を手にしたところ。なんにも入ってないはずのデータに、見知らぬ動画が保存されていまして。」
わざと声を低くして話す竜一。姫川が声優ラジオに来た時が思いだされる。
「あれ、待って?結局そういう話?」
「その動画がまた気持ち悪い感じになっているんですが。」
「無視?」
「ひたすら廃墟の中を撮していまして。」
撮影場所も、撮影者も不明の謎の動画。
どうやら撮影者はどこかの廃墟の中を撮影しているらしく、画面に映っているのは、瓦礫に埋もれた長い廊下。
割れた窓ガラスが足下に散乱し、それを映すためにカメラが下を向くと、撮影者の履く汚れた皮のブーツが映る。
撮影者の声などは入っていない。単独で乗り込んだのか、他に人も映らない。
時間帯はまだ真昼のようで、窓のむこうは明るく、鳥の鳴く声がきこえる。
「どうやら、もともとは旅館だったみたいで、同じような仕様の部屋が並んでるんすよ。各部屋を、それぞれ撮影していくんですけど。」
肝試し感覚だったのか、何かの調査だったのか、撮影者の目的はわからない。
荒れ果てた異様な空間の中を、撮影者は足下のガラスを踏みしめながら歩いていく。
木造の床は歩くたびミシミシと音をたて、いつ踏み抜いてもおかしくないような危なげな状態だ。
やがて廊下を先まで進みきると、突き当たって行き止まり。引き返そうと、男は振り返ってカメラをふる。
「女の人がいて。」
男が歩いてきた廊下。幅は狭く、そこに人がいれば、カメラに映っていたはずだ。
しかし、撮影者以外は誰もいなかったはずの廊下に、一人の女がたっている。
白のブラウスに、ピンクのスカート。長く伸ばした髪を、横流しにくくっている。顔の半分から下と、ブラウスの襟元は血で赤く染まっている。
カメラはその姿を捉えた瞬間、突然急降下する。上にスライドしていく景色。
「その前に、バキバキって音がして、撮影している人の『うわっ』て声がしたから、多分、床が抜けて下に落ちたかなーと。」
ブレまくりながら撮影者共々落下するカメラ。どうやら撮影していたのは二階部分だったらしく、階下まで落ちてカメラは止まる。
激しく揺れた画面が、落下地点に叩きつけられて止まると、生々しいドサッという落下音がある。撮影者もカメラの近くに落下したらしい。
そして、そこで映像は途切れていた。
「意味不明くないですか?」
「お前がな!」
恐怖のあまりキレる七春さん。
「この撮影者の無事が確認されてないまま、意味不明のまま終わるんすよ。しかもそれが何故俺の携帯に入っていたのか、っていう。」
「知らねぇよ!」
「なんで怒るんですか」
「なんでそういう話するんですか?」
「ジワジワくるかなと思って」
「ジワジワきました。帰ってください。」
「帰ってください!? やだ怖い。」
ゲストに新しい風を迎えても、結局、心霊から離れられない七春さん。
声優ラジオは一体どこを目指して進んでいくのか、次回の夏編第二回に期待してもらいたい。
ラジオを終えて部屋を出ると、携帯にメールの受信音。
届いたメールを開いて一読、七春は走りだした。
「お前ホントになんなの。」
と言った七春が立っているのは、ラジオスタジオの前のコンビニ。
時間帯もあり、店内は人が少ない。
「すみません。どうせセンパイに会うなら、何かおごって貰おうと思って。」
というのは、二日ぶりに安否の確認がとれた後輩声優、八神夜行。
腰に赤チェックの上着をまいた、いつも通りのルエリィスタイルだ。
「あつかましいわ!」
七春が絶好調のツッコミを入れる。仕事の名残で口がよく動く。
明るい店内には商品が整然と並び、レジカウンターには一人の男性店員。静かな店内に、まばらな客。
「お前、心霊ロケから今日まで何してた? 電話もでない、メールも返さない!俺がどれだけ心配したと思ってる。」
「センパイ、電話かけてくるの夜遅くだからもう寝てたんだもん。メールは返さないとな、って思いながらも色々と忙しくて忘れちゃうし。」
「お前なあ、頼むぜ。」
カクリと俯いた七春の横で、八神は呑気にお菓子を選らんでいる。
「心配してくれて、ありがとうございます。」
「もう頼まれても、今後一切、未来永劫、八神くんの心配なんかしないし。」
「実はあの時、怪しものとは別の気配がしたんです。気がついた時には体が壊されていました。」
「は?」
何事でもないかのように言った八神。世間話のような軽さだ。こんなこと、前にもあったような気がする。
「なんだよ、別の気配って。」
「おそらくは、祟り神。俺についてきたんだと思います。ただ、目的がわからないけど…。」
言った八神に、七春はしかめ面をする。
「何、お前祟られてんの? ヤバイじゃん。」
「祟られてるんですよ。ヤバイですよね。」
またぞろ軽い。八神にとっては祟り神くらい敵ではないのか、あるいは本当に大変な状況で開き直ってしまっているのか。
実は後者だが、七春はまだ知らない。
「まぁ、とりあえず無事だったんなら、いいよ。あんなイキナリ体バラバラになったら驚くからな、普通は。」
「それについては、本当にすみません。七春センパイこそ、あの後は大丈夫でしたか?」
「俺はね…。」
まだ頭が冷静になっていない状況下で、グッダグダのエンディングを撮った記憶が舞い戻ってくる。
そしてその後、七春は一人で神社に戻り、コケ神様を社に返してきた。
コケ神様の力が戻れば、村を彷徨う霊たちもいずれは鎮まり、神域に落ちたシリカの手がかりも、何かつかめるかもしれない。
「怪しものはどうしました?」
短く問うた八神に、言われて思いだして、七春はベルトにつけたペットボトルホルダーをとりだした。
ただし、そこに入れているのは、ペットボトルではなく、巻物。
煽子の村にあった怪しものだ。八神の得意の攻撃で燃やされたはずだが、あれからたった二日で、もとの状態に戻っている。焼けた後もない。
「なんか、知らないうちにもとに戻ってた。」
書かれていた文字が飛んできたり、ひとりでに動いたり。色々と目の当たりにしたので、今更もとに戻ってたりしても、驚かない。
「それペットボトル入れるやつですよね?」
八神が冷静に聞き返し、
「サイズがピッタリだった。」
意味なくVサインをだす七春。
「そうか、センパイは神域にしまえないんですよね。」
「お前の手のひらの中に入れといてくれたらいいじゃん。」
はじめて八神の怪しものを見た日、八神が手のひらから木の枝を出したのを思い返す。
しかし、八神はゆるく首をふった。
「怪しものは名前をつけたひとが持っていた方がいいです。名前で縛るとは、そういうことです。まあ、その名前がマッキーなんで、あまり信用ないですけど。」
「カワイイじゃん。」
「漢字が入ってるほうがいいんです。名前をつけて、文字で縛り、力を抑えて…。」
「いーだろ!マッキーで!難しいことはわかんねぇよ!」
子供のように声を荒げる七春に、八神は大きくため息をつく。
「そもそも、どうしてセンパイに怪しに名をつける力があるのかも謎です。境界の巫女しかできないはずなんだけどな。」
八神くんだってできるじゃん、というツッコミをグッと飲み込む七春。
「もともと霊力が巫女並みにあった俺でも、すっごい修行しないと出来なかったのに?なんか、センパイずるい。」
ブーたれた八神。さらに続ける。
「まぁ、かといって放ってもおけないし。怪しものを持つことで七春センパイが危険な目に遭わないように、早めに手をうたないといけませんね。なんか、やること増えるなあ。」
「忙しいのか?」
声優の仕事の忙しさなら、七春もよくわかる。なんか、ここ最近は寝ていない気がするし。寝る時間より、ゲームをする時間を優先してしまって、寝てない気がする。
「いえ、仕事とは関係ないんですけど。言いにくいんですが、実は心霊ロケの方へ行ってる間に、体を留守にしたせいで逃げてしまったんです。」
訝し気に七春が、何が、と問う。
すると八神は、またなんでもない風で言った。
「憑依させていた霊が。」




