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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
心霊ロケと守り神さま
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氏ねぇえぇぇ!

 バシャン、と音がして、七春の手から放たれた細かい粒が窓から出てきた巻物を包む。

 ほぼ同じタイミングで、滞空していた八神が声をあげた。


「神威!」


 春の間、何度か聞いた八神の一撃。

 空気が裂けるような音と同時に、巻物を包む粒の一つ一つが爆発する。

 轟音。

 花火のように赤い炎があがり、空中で燃焼する。熱気が顔に吹き付け、室温がぐっと上がった。

 真昼のように明るくなる体育館の中で、爆炎に包まれた巻物。

 自分を守っていた光の壁と浮力を、同時に失い落下する。

「なんか、攻撃派手になってる?」

「実は俺がチートでした。」

「八神氏ねぇえぇぇ!」

 黒煙をあげながら落下した巻物は、転がってきて、七春の足下に止まった。

 ひろがっている巻物は、手前から文字が消えている。

 行の途中からまた文字が始まるのは、攻撃した分だけ紙から文字が消えるからだろう。

 その紙も、爆発の影響で端から焼けている。

 焼けたところから燃え広がり、紙はみるみる縮んでいく。

「標的の状態を確認してください。」

 事務的な声音で、八神から指示がおりた。先程の大きな爆発音のせいか、耳が痛い。

「燃えてる。もう動かないんじゃね?」

「よし、じゃあセンパイは離れていて」

 指示された通り、数歩後ろに後退する。

 あれだけの爆発の中心にいて、形が残っているだけでも、やはりこの巻物は普通じゃない。

「うつしよから妖しものをお預け申す我が名は、神木を奉じ境界の巫女の命を継ぐ者なり。」

 いつか聞いたような台詞を、また八神が唱える。

 七春の頭に、春先に会った公園の女霊が思い出された。

 考えてみれば、あの時から霊の類いによく遭遇するようになった気がする。

 あの日に変わったことといえば、八神のもつ霊感について知ったことくらいだ。

 あの時はまだ、巻物に追いかけられて深夜の体育館を走りまわるなんて、想像もしていなかった。

「お預けしますこの怪しの名は…、あ」 

 過ぎた事を思い返しながら八神の声に耳を傾けていた、その時。

 ふいに、唱えていた八神の声が途切れた。

「あ? …あって、なんだ。」

 ツッコむ七春に、八神は「変です。」と呟く。

「怪しが反応しません。いつもは、こう、ホワアって光るんですけど。」

 ホワアの部分で不安定な飛行をする八神。なんか、光の現れ方を表現しているらしい。

 確かに思い返してみれば、八神が不可思議な力を使うときは、いつも淡い光が現れている気がする。

 だが、目の前に転がる巻物は、沈黙したまま床に横たわっているだけだ。小さな火がまだ紙を焼いている。

「ひょっとして、俺がつけようとしている名前より、マッキーが気に入ってしまったんでしょうか?」

 八神のジットリとした声。

 姿が虫なので分かりにくいが、どうやら恨めしそうにこっちを見ているらしい。

「え? 俺のせい?」

「センパイが、変な名前つけるから」

「そんなことで出来なくなるもんなのか!?」

「怪しものだって生きてますから。」

 淡々と説明する八神。その感情の抑揚の無さが怖い。

 身の危険を感じると、防御や攻撃をするというのは、確かに怪しものが生きている証だ。感情も人並みに揃っているのかもしれない。

 だとすれば、下手に適当な名前をつけない方が良かった。

「普通は文字の力も封印に利用するため、名前のつけ方も決まってるんですけどね。カタカナでマッキーとかじゃなくて。」

「うるせぇな!巻物なんだからマッキーでいいだろ。お前が文句言うな!」

「でも名前で縛るには、名前をつけた本人がその怪しものを回収しないと効果はないんですよ。どうするんですか、センパイは霊力もないのに。」

 呆れた声で言われて、言い返せないので黙りこむ。

 怪しものを回収する手順は、動かない状態にしてから、名前をつけることだと八神は言う。

 これさえ終われば、心霊ロケの全てが片付く。

 この村に起きている、突然の霊の出現も、戻らないコケ神さまの力も、神域に放り込まれたシリカのことも、全てが解決するはずだ。

 そうすれば寝れる。

 正直眠い。

 撮影はすでに、寝ていてもおかしくない時間に突入している。

「や、やってみないと分かんないだろ!案外俺があっさりできちゃうかもだし。」

 得意気に返す七春。内心は焦っている。

「じゃあ、他に手がないんで、センパイが俺のあとに続いてくださいね。リピートアフターミー!」

「オーライ!」

 八神に指示され、先程八神が唱えた台詞を繰り返す。

 少しずつ区切って先導してくれる八神の、あとに続く。

「お預けしますこの怪しの名は、巻物のマッキー……。」

 すると、

 無惨な姿で床に転がった巻物が、ほのかな光を発した。

 青白い光だ。明かりとしても十分役立つ。

 送り火のような儚い色合いの光に包まれた巻物は、再び浮力を取り戻して浮かび上がった。

 そのまま、七春の胸に飛び込んでくる。

「うそ…。」

 八神が信じられないものを見る目で言う。それもそのはず、怪しものの回収は、本来力のない一般人にできる代物ではないのだが。

(光、あったかい…。)

 七春の胸の中におさまった巻物は、満足したように光を失い、それからまた大人しくなった。

 体育館の中は、また静寂に包まれる。空気が少しだけ焦げ臭いのは、巻物を爆破させた時の名残だろう。

「できた?」

 念のため、八神に問う。

 数拍あけてから、八神が短く答えた。

「できてます。なんで?」

「はぁ、もう、なんででもいいわ。」

 体から力が抜け、床に崩れ落ちる七春。

 その瞬間、体育館のライトが、息を吹き返した。

 すべての終わりを告げるように、闇を裂き、光がさす。

 長時間、暗闇の中をさ迷った七春は、眩しさに目を伏せた。周囲の明るさが突然変わると、かえって目によくない。

 怪しものの、回収が終わった。

「終わた眠い帰りたい帰らしてー!」

 句読点をいれず七春がぶちまける。その七春の上を、ヒラヒラと周回する八神。

「なんで、霊力のないセンパイに怪しものの回収ができたのか気になります! なんでなんで?」

「やっぱ俺、コケ神さまが言ってた通り、巫女の才能とかあったのかも。主人公だし。」

 そう言った七春の手の中には、マッキーが握られている。

 八神のように体の一部にしまいこむことはないらしい。

「或いは、装備にスキルがついていたのかも。パンツに巫女の力が備わってたのかも。」

 これを真剣な顔で言うあたり、七春は相当疲れているらしい。

 事態が事態だけに気にしないでいたが、肩の傷からは出血していた。

 腕を上げられないほどの傷ではないが。

 片手で肩の傷口をおさえた七春に、まだ納得いかない様子の八神。

「そんなことってある?」

「あるよー。」

 一人完結した七春は、思い出したように頭の上を探った。指先にあたるもの。頭に乗せていたコケ神さまだ。

「全部終わりましたよ~。まだ寝てるかな。」

 言いながら様子をみる七春。

 途中から一切声がしなくなってしまった村の守り神さまは、相変わらず小さな苔玉の姿だ。

「少し霊力を分けたあと、ちゃんとお社まで送ってあげましょうね。」

 そう言って、蝶の姿の八神が、コケ神さまの傍に寄る。

 頭の上で何かされると、七春には死角になって全く見えない。

「コケ神さまを社まで送って、元気になったらシリカさんのことも聞かないと。それから、この怪しものも持って帰らないといけないし。」

 現実に頭が帰ってくる。

「そうだ、上木くんやあげはちゃんたちと合流しないと。」

 渡り廊下の向こう、校舎に残してきた上木たちのことを考え、七春が言いかけた時、


 パン!


 と今度は風船が割れるような軽い破裂音。

 七春の目の前で、頭上から空中にはばたいた蝶の体が、砕け散る。

(え……?)

 まるで何かに撃たれたかのように、羽の形も残さないで木端微塵となる八神の仮の体。

 細かな破片になった蝶は空気抵抗をうけながら床の上に舞い落ちて、消えた。

 代わりに床には、一枚の札が残る。

「八神くん!?」

 床に落ちた札を拾いあげる。

 中心にかかれた五芒星を真っ二つに裂くように、札には切れ込みが入っていた。

 鋏で切ったように、真っ直ぐな切り込みだ。

「何で」

 思考がついていかないまでも、反射的に口から出た。

 誰に問うでもなくつぶやいた。七春のその言葉に、返答が返ってくる。

「怪しものは小僧の手には渡らなかった、か。」

 声に驚き振り返る。

 声の主は体育館の中央にいた。はじめにコケ神様が立っていたあたりだ。

 そこに、今度は巫女服の少女が佇んでいる。

「で、」

 あまりにたて続くと慣れてはくるが。

 巫女というそれらしい格好で出て来られると、やはりその場の慣れではどうしようもなく怖い。

 だって明らかに生きているものではないとわかるし。

 巫女服の、幽霊。

「でたあぁあぁー!」

 七春は叫んだ。

 そのままステージに近い出入り口から外へと走り出す。

 それはもう、稀にみる速さで。

 八神の蝶が突然破裂して、そこに現れた幽霊。

 安心したところに出てくるという、お約束のパターンだ。

「また、あの男か…。雪解の意思なのか?」

 走って逃げた七春の後ろ。

 巫女服の少女が、ポツリとこぼした。



「はぁ~。おいしい~。」

 水筒から麦茶を飲んで、あげはがのんびり一息ついていた。

 校舎から出てきた上木、あげは、そして煽子の三人は、七春を抜いて勝手に休憩していた。あげはからの申し出だ。

 校庭の隅っこ、花壇の横にスペースをとっている。

 ライトをつけて集合しているが、上木だけは落ち着きなく、その周囲を徘徊していた。

(七春さん、大丈夫かな。)

 その上木のうっとうしい動きに、お茶をすすりながらも、煽子はチラチラ視線を送っている。

「ねぇ、ナナハルを迎えに行かなくていいの? 渡り廊下の先に、置いてきちゃったよ?」

 人の心配をしている場合ではない状況に、自分が陥っていたことを、煽子は覚えていないらしい。

 しかしその煽子に同調して、動き回っていた上木も近寄ってくる。

「そうだよ。七春さんが心配だし、様子見に行かないと。休んでる場合じゃないでしょーよ。」

「そんな焦らなくても大丈夫だよ~。」

「焦ろ?」

 上木の顔に大きく「心配」と書いてある。七春はただでさえバガだしユルいので、あまり単独行動をさせるのは好ましくない。

「そんなに心配しなくても、もうすぐ戻ってくるよ~。別の気配もするし。」

 見透かしたようにあげはが言った。

 その様子に気がつき、上木は息を飲む。

 ついさっき、このあげはの不思議な力を目の当たりにしたばかりだ。

 あげはにも霊能力があるとすれば、現状を一番理解していそうな気もする。

 七春の身に、何が起こっているのかも。

「あげはちゃんって、ホントに何者…?」

「あはは~。声優だよ~。」

 売れっ子声優なのだ。

 あげはがこの余裕なら、多少は心強いが。

「あ、ホントに帰ってきた。」

 言ってる間に七春が体育館の方向から走ってくる。

 青ざめた表情だ。

「え!? ホントに自力で帰ってきたよ?」

 驚く上木に、のんびり顔をあげるあげは。

 七春は走ってきた勢いのまま、そのまま猪のように突っ込んできて、上木に飛び膝蹴りをかました。

「うぐはぁ!」

 大袈裟な上木の悲鳴。

 のけぞる上木の横に立ち、七春は荒い息を整える。

 大きく吸って、七春は叫んだ。

「なんでお前ら探しに来ねえの!?」

 切実。

 上木たちは一足先に休憩していたのだ。

 よく見ると、七春は頬と肩から出血していた。

 手には何故か焼けた巻物と、切れたお札。

「え、何、待ってその意味不明な格好何?」

「俺、今、すごい怖かったんだけど!最後の!」

「最後のって何?」

「だから最後の。……巫女服の幽霊。」

「待ってそれでその装備も何?」

 話が進まない上木と七春の間に、あげはが割って入る。

「七春くん、お疲れさま~。怪しものはとられちゃったね~。」

 平然と言い放つ。

「そっち、片づいた?」

 無邪気な笑み。いつものあげはだ。

「うん。こっちは片づいた。」

「最終兵器使った?」

「うん。」

「意外と大変でしょ? こういうことしていると、誰が欠けてもおかしくないの~。」

 あげはのその言葉が、胸に刺さって血が凍る。

 誰が欠けてもおかしくない。

 確かに欠けた。大切なゲストが。

「シリカさんが、巻き込まれて神域に…。」

「そっかぁ、残念だね~。私も微力ながら、探すのお手伝いするよ~。」

 こんな時でも、不謹慎なくらい、あげはは余裕の笑みを見せる。

「シリカさんがどうしたって?」

 一人わからない顔の上木に、七春はゆるく首をふった。

「うまく言っておくよ~。」

 と、あげはがフォローをいれる。

「じゃ、エンディング撮って終わりにしよ~。」

 軽くてユルい、いつも通りのあげはが言った。

 


「とゆーわけで。声優ラジオ夏期特別編、いかがだったでしょーかっ。」

「何が!?」

 いかがもくそもないような状況で、無理矢理シめようとする七春。

 に、ツッコム上木。

 と、見守るあげは。

 学校の正門の前。

 企画を締めている時間は、深夜二時。

「深夜二時に終わるんだったら、昼から呼ぶなって言いたいよね。」

「というか、わけもわからず始まり、怖い思いして、わけもわからず終わるの?」

「みんな、あげはちゃんが喋ってさえいれば幸せだから。あと、夏だし。」

 あげはちゃんは人気声優。

「七春さんのその怪我は何?」

「勲章。」

「そのお札は?」

「アイツのことだから、なんやかんやで生きているはず。たぶん。」

 そして両者ともに沈黙する。

「さ、それではよい子の皆さんは、絶対に真似しないでくださいね!」

「宿題しっかりやるんだよ~。」

「そーゆー感じで終わるの!?」

「そーゆー感じで、みなさんまたお会いしましょう!」

 元気よく番組をシメて、声優三人の長いロケは終わりを告げた。

 最初から最後までグダグダだ。

 それから七春は、そっと頭にのせた小さな小さな、でも本物の、神様に手を触れる。

「さ。お社帰りましょーね。」

 言って、頭の上を探った。



 こうして、不思議な巻物を新たに手にいれ、夏の心霊ロケは、終わりを告げた。




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