果たして、チートなるか。
「そこで見捨てたらモテませんよ?」
声がした気がして振り返った。
しかし、そこには誰もいない。風の音と悲鳴だけがふってくる。
いや、小さな村の深夜の学校なのだから、誰もいない方が当たり前なのだが。
だが、聞こえた声は確かに、七春が待ち望んでいた声だ。
「八神くん!?」
声の主を探して、名前を呼ぶ。
恐怖メーターが一周回って心霊スポットハイの七春は、すでに限界状態だった。
「八神くんなんだろ!? 来てくれたんだろ!?」
「来ましたよ。」
返事が返ってきた。
上のほうからだ。
怖さからくる緊張がほどけていくのと同時に、何故上から?という疑問がわいてくる。
一応、来てくれただけでも、メーターが半周くらいは元に戻るが。
上を見上げる。当然、そこに人の姿などない。天井は暗くてよく見えないが、蛍光灯らしきものがあるのは見える。
電気はついていない。
「八神くん、声はするけど、」
姿がとらえられない。
「どこ?」
「今、センパイの頭の上です。てっぺんのあたり…。つぶさないで。」
頭の上?
言われて咄嗟に頭の上を探ってみる。
すると、
「みゃん!」
猫の鳴き声に似た、聞き馴れた八神の悲鳴。
「なんで今ぶったんですか!?」
目には見えないが、はたき落としてしまったらしい。今度は、下から声がする。
あわててしゃがみこむと、それは足下にいた。
「ごめん! …って、蝶?」
濃厚なワインレッドの羽をもつ蝶。
小さな羽に模様はなく、混じりけなしに真っ赤な羽だ。はたき落としてしまったせいか、羽が変な方向に曲がって、ぐったりしている。
変な考えだと、自分でも思うが。
「ひょっとして、これが八神くん?」
「見たらわかるでしょ!」
キレる二十代。細い足で体をおこす。
見ても普通はわからない。
「言われないとわかんないよ?」
ツッコミ返す七春。ツッコむ余裕がでてきたらしい。
「今、俺は本体がないんだから、仮の器を壊さないように気をつかってくださいよね! …っあう!」
言い終えた蝶の羽をつまんで持ち上げる七春。
それを顔の前まで持っていって、じっくりと観察する。
特に変わったところはない虫だ。
ただ、何故に蝶なのかはわからないが。
「あんまりジロジロ見ないでくださいよー。」
「本体はないって、どういうことだ?」
「体は自宅に置いてきました。」
八神がまた物騒なことを言う。
「物理的に考えて、体は持って来られなかったので。まぁ、幽体離脱しているとでも思ってください。厳密にいうと、仕組みが全然違うんですけど。」
「はぁ…。」
わかったような、わかってないような返事をする七春。
「どーでもいいけど、床に置いてきたんじゃないだろうな?」
「体ですか? 床ですけど?」
「バカ…。床に長い時間寝てるだけでも、体痛くなるんだぞ?」
「ジーザス。それ先に言ってくださいよー。」
会って早々くだらない話を喋る七春と八神。
その後ろで、また聞こえてくる悲鳴。
まるで途中で口をふさがれたかのように、不自然に途切れる。
相変わらず、悲鳴以外に物音などは聞こえてこない。
中で何が起きているのかわからない状況が、余計に不安感を煽る。
「そうだった。八神くん、シリカさんがヤバイんだ。さっきからこんな風に、悲鳴だけが聞こえてきて。」
早口に説明した七春。
羽をつかまれて宙ぶらりんになっていた八神っぽい蝶が、その場でモソモソ動きはじめる。
気配を探っていたのか、やや間を置いてから答えた。
「体育館の中に何かいます。」
「だから、ロケに同行してた、霊能力者のシリカさんだよ。」
「はい。あと、それとは別に、何か大きいものがいます。」
大きな何か。
それは姿形のことなのか、持っている力が強大という意味なのか。
それ以上は何の説明をするでもない八神に、一つ思いついて、七春の方が補足する。
「あと、説明したかもしれないけど、怪しものっぽい巻物は今、シリカさんが持ってる。」
「ということは、狙いは巻物…。」
不可解に途切れた悲鳴以降、何も聞こえてこない。
シリカの安否が心配だ。
「行きましょう。」
との八神のかけ声により、七春は蝶を空中に放した。
ヒラヒラと舞っていく蝶を追いかけて、体育館の入り口へ走る。
見失いそうなほど小さな羽虫。
遅れないように、後をついていく。
(あ、体が軽い…。)
先程まで、一度立ち止まると動けなかった足が、今は津波のような勢いで前へでる。
やはり、八神がいるのといないのでは、大きく違うということだ。
なんか、悔しいけど。
「ここか。」
体育館の正面側に回ると、校庭に面している。
両開きの重たい扉は、開くと大きく音をたてた。
中は広く、暗い。
懐かしい体育館の匂い。手探りに明かりを探し、電灯のスイッチに触れるが、電気はつかない。
生徒の数は少ないものの、まだ廃校にはなっていない、現役の体育館のはずなのだが。
(明かりがないと不気味で…。)
壁の消火栓、窓の格子にはさまったシャトル、片付け忘れたラケット。
よく目をこらし、壁に背をこすりながら進む。
「八神くん? いる? どこ?」
また蝶を見失ってしまって呼びかける。
「今、センパイの肩の上です。つぶさないで…。」
「なんでお前、人の肩の上で羽休めちゃうの?」
「いや、どうせ見えないならいいかなって。」
自分の肩に息を吹きかけてみる。
「にゃー!」
ほとんど重さがないからよくわからないが、どうやら八神は飛ばされていったらしい。
その八神を無視して、七春はシリカを探して先へ。
ふざけるくらいの余裕もでてきた。いい傾向だ。
しかし、その八神に「何かいる。」と断言された以上、シリカの発見がこれ以上遅くなることはよくない。
悲鳴が聞こえなくなってからは、嘘みたいに、体育館の中は無音の状態が続いている。
「シリカさん! 俺です!七春!どこかにいるなら、返事をして!」
静まりかえった体育館。返事はない。
「シリカさん!」
再度呼びかける。
ややあって、家鳴りのような怪奇音が響く。
音がしたのは、体育館の中央あたりからだ。
当然、広い体育館の真ん中は広くあけていて、何もない。
ただ音がしただけでもビビれる七春。足をとめる。
「八神くん、いる?」
自分で吹き飛ばしといてアレだが。
「これ、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないです。中央に何か大きいものがいます。あと、……ん?怪しものの気配。」
パタパタと一生懸命に羽を上下して飛びながら、八神がそう言った。
中央といえば、音がしたあたりだが。
「でも、あのへんには何も……」
言いかけて、何かに気がつき、口を閉じる。
一度はばたく八神に視線をうつし、再び体育館の真ん中へ振り返ったとき。
それは現れていた。
暗闇の中にたつ巨大な黒い影。
「え」
八神がしつこく言っていた通り、それはかなり大きかった。
七春の背丈をゆうにこえる。
そしてそれは綺麗に丸い形をしていた。ずんぐりと体育館の中央に陣取っている。
(この影、いつから…。)
こんなにも大きなもの、入ってきてすぐ気がつくはずなのに。
そしてその丸い影のすぐ傍らには、小さな光。
影があまりに大きいので、光の方は目立たないが、何かを包んで発光していた。
おかげでその光の下だけ、少し明るい。
光の中に包まれているのは、例の巻物だった。キチンと閉じた状態で、空中に浮いている。
「浮いてる!」
手品を見た子供のような反応をする七春。
「え、驚くとこはそこですか。」
「いや、もちろん、あの巨大な黒い影の方が怖いけど」
言った七春に答えるように、
「そこにいるのは誰だ?」
小さな子供の声がした。
ちょうど煽子と同じくらいの年頃と思われる、男の子だ。
即座に回れ右をして走りだした七春の視界を、八神がバタバタ飛び回って邪魔をする。
こんな時間、こんな場所にひとがいるはずがないことは明らかだ。
「コラッ!センパイ、逃げない!」
「声した!声した!」
言わなくてもわかることを叫ぶ七春。
ベタな驚き方だ。モップのように床を這いまわり、結局もとの位置に鎮座する。
バタバタ飛び回っていた八神が、その七春の頭上にとまって口をひらいた。
「邪気がしないとなると、ひょっとして、この村の守り神さまですか?」
「ふぇ?」
八神の言葉に、七春が反応する。
神といえば、ここにくる前に川の神にも会った。
あれは喋ったりもせず、ただ無情に男性の霊を捕らえていた。畏怖すら感じさせる存在だったが。
「私はこの村を守り、この地の霊の眠りを見守る者。」
八神に正体をたずねられた声が答える。
「私は苔玉の神である。」
幼い子供の声なのに、偉そうな態度でその影は言った。
コケダマ。
その愛くるしい単語が、七春の頭の中で右から左へスーッと通過していく。
この村を守り続けてきた神さまが、かわいらしいコケダマの神さまだっただけでも、なんか色々と緊張感が和む。
「はぁ。」
というしかない。
「コケダマの神さまかぁ。」
八神がしんみりとつぶやく。「可愛いね」
とすれば、あの丸い影が声の主だろう。
見るからに苔玉である。
「私の村にあの巻物が持ち込まれてから、私の村を守る力は衰え、霊たちが目覚めて彷徨っている。おかげで娯楽感覚で村へ出入し、村を荒らして帰る輩も増えて困ったものだ。」
「ホラ、言われてますよ、センパイ。」
頭上で八神が無駄に羽を動かす。
村を荒らして帰るというのは、面白半分に肝だめしにやってくる若者や、心霊ロケにくる声優一行のことだろう。
「企画的にごめんなさい。」
代表して七春が土下座。ヘコヘコ頭を下げる。
「コケ神さまは、社にあの巻物が納められてから、力を奪われ続けていたんですね。それで、お社を抜けてこんなところまで?」
八神が再び質問する。
と、意外にもさらに返事が返ってきた。
コケ神さまが友好的な神なのか、それとも八神がツイているからなのか。
「これ以上力を抑えられているわけにもいかないと思い、遊びにきた村の子供たちに器を借りて、ここまできた。」
煽子を筆頭に村の子供があつまって、巻物を見るために社のある林の上にあがった。
あの肝試しの夜のことだろう。
そこで不気味な声を聞き、あわてて逃げ出したという顛末らしいが。
その声の主がコケ神さまだったなら、納得がいく。
だから「持っていけ」だったのだ。
煽子たちが持ち去ってくれるなら、その方がよかったのだろう。
「え~と、じゃあまとめると。あの巻物が社に入れられてから、力を奪われ続けたコケ神さまは、社を出て、子供に憑いて小学校まで来たってことか。」
小学校は、子供が頻繁に出入する場所。
幼い体から溢れる若々しいイキイキとしたエネルギーも、豊富に満ちた場所だ。
「村の守り神さまがこんなところまで逃げて来たとなると、あの巻物はかなりやっかいですね。誰がどういう目的で造ったのか、わからないけど。」
「怪しものってのは、各地の巫女が回収しているんだろ。この土地の巫女はどうした。」
もっともな七春の意見。
しかし、
「この土地の巫女は何年か前から病におかされている。とても怪しものと戦うことはできない。」
言われて納得の説明に、八神も七春も口を閉じる。
「それなら、仕方ないか…。それで、シリカは今どこに。」
先程から話に上がっている巻物。
それはシリカが持っていたものだ。
しかし今は、不思議な光に包まれて、コケ神さまの傍らに浮遊している。
金髪に黒のドレス。あんなに目立つ格好をしているのに、体育館に入ってから、一度もその姿を見ていないシリカ。
「全てを元に戻すには、あの巻物を神域に祓うしかないと思い、機会をみてここまで呼び出した。そして少女もろとも祓ったが、あの巻物は、神域から這いだしてきてしまったのだ。」
淡々と説明したコケ神さま。
冷静な声音だが、言ってる内容はとんでもない。
「少女もろともって…。それじゃあ、シリカも神域に?」
怪しものを管理するため、巫女は境界を開いて神域に封じている。
とかなんとか、八神が言っていた気もするが。
「神域に入ったとしたら、出られなくなったんだと思います。どこに繋がっているかわからないものですから。時間も空間も関係ない。」
「そんな。」
たとえそこから抜け出したとしても、同じ世界、同じ時間とは限らないということだ。
「なんでセットで…!ちゃんと人間と怪しものを区別してから祓えよ!」
ちゃんと燃えるものと燃えないものは区別して捨てろよ!みたいな言い方をする七春。
「センパイ!なんて口のききかたするんですか!相手は守り神さまですよ!」
「だって……!そんなとこに入ったら、どう助ければいいか。」
「神域になんの備えもなく入りこんだら、もう助かりません。」
「お前は!また!そうやって!」
言い争いをはじめる八神と七春。その二人を、
「もういい。」
とコケ神さまが早々に仲裁した。
「少女のことは謝ろう。だが、それほどまでに、あの巻物の処理に急いでいたのも事実だ。」
全く悪びれない口振りで言うコケ神さま。
以前に出会った川の神を彷彿とさせる。
川に棲む小さな生き物を守るため、川を埋めようとしていた人間に躊躇いなく力をふるっていた。
無差別というか、無神経というか。神さまの持つ感覚は、ひとのそれとは違うのかもしれない。
だからこその畏怖と信仰。
守るべきものを守り、成すべきことを成すだけの存在。そこに悪戯に介入するのは、いつだって人間の方なのだ。
「コケ神さま……。」
コケ神さまを責められない事情を知り心を痛める七春だが、なんの関係もないシリカを、このまま見殺しにもできない。
八神のようには割りきれない性格だからだ。
「見ればお前は巫女だろう。」
ふいにコケ神さまに呼びかけられ、七春はビクリと反応する。
「は、あ、俺?」
「センパイ巫女だったんですか!?」
コケ神さまの言うことだからか、半信半疑で八神が聞き返す。
「いやいや、ちょっと信じるなよ。そんなチートな設定持ってないよ。」
ぶぶぶと音をたてて首を振り、否定する七春。
異世界から来たわけでも、巫女から転生したわけでもない。
「だが私には、その魂にもう一つ、巫女の魂が重なって見える。使えるならその力で、この巻物を斬って見せろ。そうすれば村の様子ももとに戻り、私の力も戻る。力が戻れば、神域から少女を探してみよう。見つかるかどうかは、断言できないが。」
「賭けましょうセンパイ。」
間髪いれずに、八神が答えた。
急かすように、七春の頭の上を旋回する。うっとうしい。
「全てを終わらせて、いえ、元に戻して、あの安全で安心なスタジオに帰るために、ですよ!」
「あんしんであんぜんな…」
呪文のように呟いて、七春は腰をあげた。その頭の上に乗っかる八神。
そう、全ての元凶である巻物。
それを回収しなければ、事態の根本的な解決はのぞめないのだ。
村の霊を鎮めることも、撮影を終えることも、シリカを助けることも。
正直なところ、早く帰りたいと思っている。八神も、そして七春も。
「やってやろうじゃねぇか…。」
やや落とした、声のトーン。
「俺は、自分がチートな方に賭ける!」
収録中アニメ第四話、魔法少女に話を盛って乗っけられて、戦う決意をした使い魔のセリフである。
唯一無二の主人公。
果たして、チートなるか。




