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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
心霊ロケと守り神さま
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ポテチ食ってます。

 

 穏やかな夜の静寂に包まれた夜の学校。

 昼間の騒がしさとは一転、静まり返る敷地内。

 突然閉ざされてしまった扉の前で、立ち尽くす撮影班。扉にとりついた上木が、向こう側にいるはずの七春に何度も呼び掛ける。

 押しても引いても叩いても、扉は開かない。

「こういうこと、よくあるの~?」

 この非常時にもまだ余裕がある態度で、あげはがたずねる。

「ならないよ。こんなコトになったら、授業に遅れちゃう。」

 煽子の納得の説明。

 そして、

「ナナハルは何してるの?なんで扉閉めちゃうの?」

「そこまでしてシリカちゃんと二人きりになりたいのか?」

「ナナハルのバカ!」

 上木と煽子に、勘違いの怒りをぶつけられる七春。

「一体、ナナハルは何を考えてるの!」

「何も考えてないんだろ!」

 七春がシリカと二人きりになるため、扉を閉めたと信じて疑わない上木と煽子。平和な彼等の後ろで、あげはは廊下にある窓を調べる。

「でも、窓も開かないな~。」

「え?」

 あげはの言葉に、その場の全員が注目した。

 鍵のかかっていない窓に、上木も手をかける。窓は開かない。

 撮影スタッフも手近な窓を揺するが、何かに固定されているかのように、動かなかった。

「ということは…?」

 偶然でもなく、七春の仕業でもないとすると。考えられる可能性は、先程から頻発しているそれ。

 怪奇現象!

「こ、こんなんなるもん?」

 さすがの上木も、事態の重さを理解する。パーソナリティと霊能力者を失ったら、完全に方向を見失ってしまう。

「こわい…。窓閉めちゃう霊とかいるんだ。」

 煽子がまた真顔で言う。

「てゆーか、閉じ込められたかな~。」

「七春さんたちも心配だし、一回出ますか?」

 予想のない展開に焦りを見せつつも、まわれ右して来た道を戻る一行。ざわめく校内。複数の足音が入り乱る。

「やばいなぁ、ここ。」

「こんなコト、ホントにあるものなのかよ。」

「放送事故になるよ。」

 様々な言葉が飛び交う中、上木の頭の中で、扉が閉まった瞬間がプレイバックされる。

 七春と上木の間を裂く壁のように、立ち塞がった厚い扉。

(七春さん大丈夫かな。)

 同じことを考えていたのか、上木に答えるように、煽子が口を開く。

「七春の方は大丈夫よね? 最終兵器もあるって言ってたもんね?」

「最終兵器?」

 早足に歩きながら、七春との声優ラジオでの話を思い返す。七春は、この心霊ロケで誰か呪われるようなことがあれば、八神に全部責任を押し付けると言っていた。

 最終兵器とは、その八神のことなのだろう。

 この場所から八神への連絡手段は……と考えた時、

「いやあぁぁ!」

 突如、悲鳴をあげ、その場に崩れおちる煽子。膝を床につき、両手で顔を覆う。

「え!?」

 驚いて振り返る上木。

 だが、そこには煽子しかいない。

「何、どしたの?」

 悲鳴の原因もわからないうえ、立て続けに起こる怪異に、思考が凍りつく。

 声をかけるものの近寄ることができずに、廊下の窓際の壁まで後退した。壁に背をつける。

 前を歩いていた撮影班は、足早に先へ行ってしまったらしく、この異変には気がつかなかった。声を聞いてかけつけたのは、あげは一人。

「何~。今度はどしたの~?」

 いつもの落ち着い声で言ってから、

「……おっとぉ。」

 脱力したように廊下に膝をついている煽子を見て、表情を変える。

 次第に煽子の体はゆっくりと傾ぎ、前後に揺れ始めた。虚ろな表情。意識はない。

「何あれ? 何あれ? やばいの?」

 聞くまでもない状況だが、聞かずにはいられなかった。今この場には、番組パーソナリティも、同行の霊能力者もいないのだ。何かあっては、後がない。

 さらに、照明となるものが上木とあげはの手持ちの懐中電灯だけになり、闇はいっそう濃くなる。廊下の先や、天井すら見えない。

「そこに誰かいるかなぁ?」

 慎重に、あげはが呼び掛ける。

 質問の内容からしても、煽子に話しかけているわけではない。しかし、今やこの廊下にいるのは上木とあげは、そして煽子の三人だけ。

 あげはが話かけるのは一体誰なのか。

 シリカが入り口で目にした、手招きする子供たちなのか、それとも、別の何かなのか。

「そこにいるのは、わかってるんだけどな~。」

 あげはが、重ねて問いかける。

「今すぐその子の体からでていかないと、私だって怒る時は怒るよ~。」

 と、怒っても怖くなさそうなあげはが言う。

 するとその声に反応したかのように、首が落ちそうなほどフランフランしていた煽子の体の動きが止まった。

 傾いていた体が、ゆっくりと背筋をのばす。

「煽子……ちゃん?」

 廊下の壁際から名前を呼ぶが、返事はなかった。はじめて出会った時に見せたあの勝ち気な瞳も、今は光を失っている。

 やがて、煽子はおもむろに口を開いた。

「かかったな、巫女よ…。この子供の体は、おれが預かった。」

「な、なんか煽子ちゃんが厨ニっぽい喋り方に……。」

 上木の適切なツッコミの通り、煽子の口からでた言葉は明らかに彼女のものではなかった。

「あちゃぁ…。これはちょっと、おフザケがすぎるかな~。」

 あげはが、厳しい表情で口にする。

 上木は壁に背をこすりながら、ジリジリとあげはの傍に寄った。

「どうなってるの? これ、フザケてる場合?」

「ちょっとそういう場合じゃないから、上木くんは先に校舎の外に出てていいよ~。」

 言って、上木を追い払うように、ヒラヒラと手を振る。

「煽子ちゃんの中に入ったのは、おそらく神クラスだから~、この先は少し危険かな~。検証は中止だって、伝えておいてくれる~?」

「神って…。」

 予想外の相手から、これまた突飛な言葉が漏れる。

「あげはちゃんには、何か見えてたりする?」

「あはは~。勘だよ~。」

 これは、あげはの、いつもの受け答えだ。

「たぶん、狐の祟り神じゃないかな~。」




「成程。だいたいの状況はわかりました。」

 一方の渡り廊下。途中にある靴箱の上に座って電話をかけている能天気な七春と、電話の向こうでポテトチップスを頬張っている能天気な八神。

「お前さぁ、俺が説明している間、ずっとパリパリ聞こえてくるんだけど、なんか食ってるだろ?」

「あ、ポテチ食ってます。」

「なんでこんな時間に食うんだよ! 太るぞ!」

「ツッコむとこそこ?」

 緊張感のない二人の織り成す会話。全く意味がないようで、恐怖で固まってしまった七春の心と体をほぐすのには役立っている。

「まあ、とにかく。やっぱりアヤシイのはその巻物じゃないですかぁ~?」

 電話口でパリパリ言わせながら、八神が言う。「だからパリパリがうるせーよ」とツッコむ七春。

「だけどシリカさんは、あの巻物は力を発してないって言ってたんですが。なんか、嫌な感じはするらしいんだけど。」

「そーなんですか? じゃあ、巻物の怪しものは、今は力を使って休んでいる状態なのかもしれませんね。」

「でも、この村では今でも、霊が目撃されてるんだぞ。」

 林の上の神社で、カメラに映った発光体。

 学校の入り口で、シリカが見たという三人の子供。

 どちらも、この世のものでは説明がつかない。

「巻物の怪しものが力を発してないとして、それなら、霊がいまだに彷徨い続けてるってのは、おかしくないか?」

「それは、巻物が霊を呼び寄せたと仮定した話しですよね? そうではなくて、あの村の霊を鎮めていた何かが、怪しものの力で弱まった、或いは壊れたとしたらどうですか?」

 突然、なんの前触れもなく、スラスラっと説明されて、七春の脳内は空白になる。

「え、何?」

 思わず聞き返す。

「あの怪しものは間接的原因てことです。七春センパイの言う通り、昔その土地で亡くなった霊が彷徨いだしたというなら、霊を鎮めていた何かが、怪しもののせいで、その力を発揮できなくなったということでしょう。」

「ってつまり……。」

「巻物をその村から持ち出すだけでは、事態は何も変わらないってことですよ。もちろん、そのままにしとくよりはマシですが。」

 淡々とした八神の声。

 車に乗り込んできたサラリーマンの霊を見捨てた時も、こんな声をだしていた。

 相変わらずの無感情さが、今だけすごく頼もしい。

「やっぱり、お前がいると話が早い…。で、結局のところ、何をどうしたら、この土地の霊は鎮まるって?」

「巻物の怪しものに壊された、霊を鎮めていた何かをもとに戻さないと。慰霊婢や墓石みたいな、形あるものなら修復しないといけないし、村の守り神みたいなものなら、霊力を分け与えて、力を取り戻さないと。」

「巻物の方は?」

「俺が預りましょう。」

 八神の喋る声の後ろ、パリパリという音がやみ、今度はシュワワと炭酸のぬける音がする。

「お前、こんな時に何飲んでんの?」

「コーラ。」

「だから太るぞ!」

「ゼロカロリーですもん。」

 七春は、もう呆れて何も言えない。

 現地にいない分他人事だと思っている気があるのか、どうしようもなく緊張感がない。

 いつものコトすぎて、どうでもよすぎる。

「それで、その巻物があった場所ってどこでしたっけ。」

 八神がしきり直す。

「だから神社だよ…。まあ、神社って言えるほど、大きいところじゃないけどな。社と灯篭があるだけの。」

「何が祀られてました?」

 聞かれて答えられない七春。薄暗い林の中を一人で歩き、たどり着いた神社も不気味な空間。落ち着いて細部まで観察している余裕がなかった。

 思えば煽子から、そういう話は一切聞いていない。

「わかんねぇけど。」

「じゃ、その村に畑とかありましたっけ。」

「畑ぇ?」

 思わぬ方向に話しが飛ぶ。しかし、八神と話していると、こんなことにも慣れてくる。

「畑もあったし、田んぼもあった。ところどころ、何も植えてないところもあったけどな。」

「そうなんだ…。」

 ポツリと言って、それきり黙る。かわりにパリパリという音だけが電話の奥から響いてくる。

 目に見えない何かが潜む渡り廊下で、パリパリという怪音だけたてられると怖いんだが。

 しかし、何か考えてくれている様子ではあるので、七春は辛抱強く待つ。

 靴箱の上で足をぷらぷらさせながら、待つこと二分。

「おそらく、七春センパイが見た社には、村の守り神的なものがいたはずですよね。さらに、田畑が生きているなら、その守り神的なものは、完全には死んでいないはず。」

 普通、その土地を守るものがいなくなると、大地も死に絶え、不作が続く例が多いと八神が説明する。

「これはあくまで推測ですが。その村にいた守り神的なものは、突然奉納と称して持ち込まれた巻物の力によって、かなり弱められた状態にあると思います。巻物を回収した上で、その守り神的なものを助けられれば、事態は解決するはず。」

 そして、パリパリの音が止まった。どうやらポテチを食べつくしたらしい。袋を畳むガサガサという音に変わる。

「お前どんなスピードで食ってんだよ。」

 またしても七春がツッコむ。八神と話していると、ツッコミの休む暇がない。

「お腹空いてたんですもん!」

「いいけど。てか、さっきから『的な』ってついているのは何?村の守り神さまなんでしょ?」

「いや、一応、仮定の話しなので。」

 実際に現場に立っているわけではない八神にとって、全ては推測と仮定でしかない。それはごく当然のことだが、情報の混乱を防ぐため、確信できない部分は、曖昧にしているらしい。

 謎の発光体。さまよう子供。呪いの巻物。音をたてて閉まる扉。普通の人がきいても、信じられないような内容ばかりの話しだが、八神は真剣に考えているのだ。

(頼りにはなるんだよなぁ。)

 深夜にポテチ食って、コーラ飲んでいようと、緊張感がなかろうと、そのへんは愛嬌だ。

「じゃあ、その守り神さま(仮)を助ければいいわけだな。どうやって? てか、俺が行った神社には、巻物以外は何もなかったし。その守り神さまって、今はどこにいるんだ?」

「え~、そこまでは俺もわかりませんよ!そっちに行ってみないことには。」

 そして、コーラのボトルのキャップを閉める音。

「今からそっちに行くんで、ちょっと待っててください。」

「は?」

「じゃ、ドロンしますんで、一回切りますね~。」

 ドロン?と首をひねる七春の手の中で、八神とつながっていた電話が切れた。

「え? ホントに切れたよ!」

 あわてて携帯の画面を覗くが、通話終了の文字が浮かんでいる。

 何をやるにも唐突な八神だが、まさか眠たくなったから適当な事を言って通話を切ったわけではなかろうか。

 しかし、八神は「今から行く」と言った。

 心霊ロケ地であるこの場所まで、高速道路を使っても、車ではだいぶかかる。新幹線に乗ろうにも、時刻は深夜だ。霊が活発に動きまわる時間帯を、あえて狙って検証している。

(それでも、八神くんが来るって言っている以上は、どうにかするんだろ。)

 具体的にどうするかは、全くわからないが。

(とりあえず、八神くんが来るまでは、なんとかもたせないとな。)

 靴箱からおりて、あたりを見回す。

 ひとまず、今後についてまとめようと、シリカを探した。

 もしも八神の言うように、村の守り神さま(仮)が、怪しものの力で弱まっているなら、それを探さなければならない。いや、それより、上木やあげはの安否を確認するのが最優先か。

「とりあえず、これからどうしましょうか…。」

 言いかけて、あたりを見回すが誰もいない。屋根のついた渡り廊下、そこから見える校庭にも人の気配はない。

 来た道を戻ろうにも、校舎とつながる扉は閉ざされたまま。

「………あれ?」

 シリカがいない。

 そして、進める方向は一つ、不可解な扉の開閉音がしていた、体育館の方だけだ。

 予想できる可能性は。

「まさか、一人で…!」

 八神との電話に気をとられすっかり忘れていたが、体育館の方から、音は続いていた。

 もしシリカが、その音の正体を探るために、一人でその中へ飛び込んだのだとしたら。危険は言うまでもない。

 暗がりの中、廊下の先を目で追っていくと、体育館の大きな建物が見える。

 それはまるで、待ち構えるように、七春を見下ろしていた。

「八神くんが来るまで待つ……余裕はないか。」

 意を決して、歩き出す。

 渡り廊下と体育館の間は、扉ではなく短い階段。一段めに足をかけた、その時。


 きゃあぁぁ!


 体育館の中から、甲高い悲鳴。

「え」

 聞き間違いようのない、女性の声。

 シリカだ。

「え、え? ……シリカさん?」

 悲鳴以外には、なんの物音も聞こえてこない。

 もはや一刻の猶予もなさそうだ。

 体育館に続く階段を、一段飛ばしに駆け上がり、七春は走りだした。


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