祟り神がきた
絶好調で進む撮影。
バンバン撮れる心霊現象。本格的な準備もなく、声優ラジオの特別編としてやってきたにも関わらず、かなり質の高い心霊番組が出来上がってきている。
ので、
「もうこれ帰っていいんじゃないの。」
切実な提案をする七春。
神社で現れた謎の発光体。校舎の入り口で手招きする子供、撮影された写真から消えたあげは。
霊がでる噂なんて、半信半疑だった一同だが、今になって恐怖が差し迫ってくる。
さらに、元より霊の存在を目にしたことのある七春に至っては、身の危険を感じてさえいた。
(八神くん無しでこの状況はマズイっしょ。)
七春と同じく声優の職についている後輩、八神夜行。強い霊感の持ち主にして、とある巫女の代わりに「怪しもの」と呼ばれる道具を集めている。
この心霊ロケに同行していてくれれば、かなり心強かったのだが、生憎の不在である。
「あの、…ほんとに大丈夫なの?」
あげはのもとに寄り、煽子が心配を隠しきれない表情で言う。
その煽子に、しゃがみこんで目線を合わせ、
「ありがと~。でも、ホントに大丈夫だよ~。」
とあげはが念を押した。
霊がいると霊能者シリカが感じとった部屋で撮影した写真から、姿が消えてしまったあげは。
まるで、存在を消し去られるようで、かなり気味が悪い。
「消えたらビックリするけど~。体に何かあるわけじゃないしね~。」
あげはの余裕のある態度のおかげで、その場でパニックになる事態は避けられた。
それを見越して、無理に余裕を見せているのか、それとも本当に、騒ぎたてるほどのことではないのか。
あげはの持つ独特の空気は、本心が掴みにくい。
「心配しないでってば~。まだ序の口だよ~。」
七春の気持ちを見透かしたように、あげはが腰をあげてそう言った。
日頃から「怪しもの」を集めているあげは。こういう事態に慣れているからこその余裕なのか、それとも本当に、八神と同じような力を持った巫女なのか。
「いや、でもこれはホントにヤバくないか。」
仕事仲間の身を案じ、上木も少し慎重になる。
用具室の前の廊下に立ち尽くす一行。
さらに重要なのは、あけばが消えた写真を見たあとのシリカの反応だ。写真から人を消し去る悪戯をするような、そんな霊には見えなかったと言う。
だとすれば、この校内には、まだ誰もその存在を認識できていない別の何かがいる、ということになる。
それは「何」で「何処」にいるのか。
都会の賑やかさからはかけ離れた静かなこの村に、一体どのような悪霊が住み着いているのか。
「七春さんは、どう思う?」
ふいに、上木に話を振られ、七春は我にかえった。パーソナリティとして、今後の指示を任されたらしい。
いつの間にか、全員の視線がこちらに向いている。
「あ、…えっと、」
危険だと思うし、帰りたいというのが、本心ではあるが。
だが、何か得体の知れないものが中にいるとわかった以上、煽子のためにも撤退はできない。
「もう少しだけ、進んでみよう。ただし、あげはちゃんはなるべくシリカさんから離れないようにすること。気分悪くなったりしたらすぐに言って。」
「了解だよ~。」
七春の言葉に、笑顔で返すあげは。
上木も、七春の決定なら文句はないのか「じゃあ、それで。」と短く答えた。
撮影はさらに続く。
本当にこのまま進んで大丈夫なのか。この決定に間違いないのか、考えだしたらキリがないが。
しかし、自分が消えてしまっている写真を見た後の、あげはの視線の方向も気にかかっていた。
写真を撮った用具室ではなく、廊下の続く先へと視線を走らせていたあげは。それはまるで、あの部屋にいた何かが写真に悪戯をした後逃げ出し、それをあげはが目で追ったようにも見えた。
(あげはちゃんって見えるひと…?)
八神も最初は「見えるだけ」と言っていながら、その実「見えるだけ」以上のことをやってのけたりしている。異質な力だけに隠したかったのかもしれない。
だとすれば、あげはも同じように、隠している可能性もある。
或いは、本当に、ただ単にカンがいいだけなのか。
「俺、基本的にこういう番組ってヤラセだと思ってたんだけど。」
上木が慎重に切り出す。
「行くとこ行ったら映るんだなぁ。」
「今それ言うなよ。」
再開する心霊検証。
暗い廊下を地道に進む中、複数の懐中電灯の明かりが、あらゆる方向を照らして揺れる。
こうして歩いているだけでも、天井に何かが這っていたらとか、窓に人影が映ったらなんて、想像してしまう。
校長室、給食室、職員室、トイレ。
順番にまわりながら、手にしたカメラで各所を撮影していく上木と七春。
しかし、用具室で撮影した以降は、特に不可解な現象は見られないまま、一階部分をまわり終えた。神社の方で撮影を始めてから、すでに二時間をこえている。
人間、同じ条件が続くと、徐々に慣れてくるものなので。
「なんか腹へってきたな。」
どうしようもなく、緊張感のない発言をする七春。
撮影班にも笑いが起こり、現場の空気が少し和む。
「七春さん、KYです。」
笑いを噛み殺しながら、上木がツッコむ。
「もう、不謹慎なんだから。」
というシリカの表情も柔らかい。
せっかくの落ち着いた空気なので、状況を整理しようと、全員足を止めた。
「どうですか、シリカさん。入り口で手招きしていた子供たちというのは。」
「そうね…。」
気配を探るように、湖底色の瞳が動く。
「たまに傍まで寄ってくるのだけど、やっぱり何かしてくるわけじゃないわね。向こうも様子を窺っているだけ。これなら、普通の浮遊霊と変わらない。」
この土地で、眠りについていた幼き魂たち。何かの引き金によって目覚めてしまった魂は、ただ、人の集まる「学校」という場所に心をよせてさ迷っているだけ。
「その様子だと、林の中にいた、兵隊の霊も同じかな。」
シリカに続いて、上木が語り始める。
「この土地で長い戦いや訓練を終えて、眠ってた兵隊たち。彼らも目が覚めてしまったから、神社に心をよせて集まっている、とか。」
「おそらく、正解ね。」
霊を見かけた人から人へ、霊がいるという噂が広がっていく。
「だとしたら、残る謎は巻物か?」
霊たちの眠りを、覚ましてしまったのは、本当にあの巻物なのか。あの巻物を持ち出して、事態は解決するのか。
「それと、写真に悪戯した霊も気になるわね。あの部屋にいた霊は、そんな悪戯をするように見えなかったし。」
その場の全員が、頭を突き合わせて唸る。
それらの謎が解けた時、この心霊ロケは終わる。安全で、安心な、あのいつものスタジオに帰れる!
バアァン!
ふいに、どこかから大きな音が鳴り響く。話し声を止め、顔をあげる。
音は少し離れたところから聞こえてきているらしく、くぐもったような音がする。
音は一定の間隔をあけて、繰り返していた。
「この音なに~?」
あげはが、誰に問うでもなく声をあげた。
ずっと黙っていた煽子が、「なんかきいたことある音」とこぼす。
「わりと日頃よくきく音のような気がする。体育館の扉とか、おもいきりしめるとこういう音だし。」
「体育館?」
校舎の横に建っていた大きな建物だ。方向的にはこの廊下の先になる。
廊下のつきあたりには扉があり、そこから外に出られるようだった。
「ひょっとして、ここから外に出るとすぐ傍が体育館か?」
七春が問い、それを受けてシリカが、廊下の先の扉を開いてみる。
「そうよ。そこ、渡ると体育館。」
後ろに控える煽子の言葉の通り、扉を開いた先には体育館が見えた。さらに七春もシリカに続いて扉の外に出ると、そこは渡り廊下だった。
どうやら、校舎と体育館が、この渡り廊下で繋がっているらしい。さらに廊下の途中には靴箱があり、五足の靴がならんでいる。五人、この学校の最後の生徒数だ。
「体育館に行くなら、そこで体育館シューズに履き替えないといけないの。」
淡々と説明する煽子。
またぞろ懐かしいアイテムだ。
「体育館シューズかぁ~。あったよねぇ~。」
あげはが、しみじみと呟く。
来賓用にはスリッパがあるよ、と補足する煽子。なんか、それも懐かしい。
バアァン!
音は止まらずに響いている。まるで、一行を誘うかのように。
「てか、なんで扉の音が今してるの。」
「風とか?」
「いや、風でこれは…。」
仮にその音が体育館の扉を開閉する音だとしても、通常、ひとりでに扉が動くことなど有り得ない。
だとすれば、音の正体はなんなのか。
「音を確認するには、ここを渡るしかなさそうね。」
慎重に、七春とシリカが先行して歩き始める。
校舎の中も薄暗かったが、外はいっそう闇が濃い。
(廊下の先っていえば、あげはちゃんが写真を撮ったあとに気にしてた方向とカブるよな。)
緊張する空気の中、止まない音。
否応なしに高まる心拍を抑え、冷静を保つ。
「あげはちゃんと煽子は、そこで待ってても……」
七春が言いかけ、振り返った時、
バタン!
と音をたててしまったのは、体育館の扉ではなく、校舎と渡り廊下の間にある扉だった。
七春と、続いて外に出ようとしていた上木の目の前で、勢いつけて閉まる扉。
「あ。」
「え。」
七春とシリカが同時に声を発した。怖い、と言うより、単純に驚いたので。
あまりに唐突のことに、それはまさしく「あ」で「え」な状況だった。
校舎の中と渡り廊下が、一枚の扉で隔てられた。体育館へ続く渡り廊下に出ているのは、七春とシリカの二人だけだ。
「あいつら閉めたの? 勝手に閉まったの?」
遅れて、焦りと恐怖があがってくる。シリカは素早く周囲の気配を探る、が何も見えない。
「近くには何もいないけど?」
落ち着きなく髪に指をさしいれ、シリカはそう言った。そう、この場には何もいない。だが、迫ってくるような不気味な気配だけを感じていた。
霊能者にすら姿をとらえられない何かがいる。
(詩織くんやあげはちゃんは、こんなタチの悪い悪戯しないと思うし……。)
おそるおそる扉に近寄る。ノブを回すが、扉はやはり開かない。
「詩織くん!詩織くん、開けて!」
拳で扉を叩くが、中からの反応は無かった。七春の後ろから、シリカも呼び掛けてみるが、あげはや煽子の反応もない。
まるで、そこに誰もいなくなってしまったかのように。
「詩織くんたちと切り離された。まぁ、学校だし、閉じ込められたりはしないだろうけど。」
「体育館の方は、二人で行くしかないかしら。でも、ホントに近くには何も見えなかったのに。」
年相応の余裕のない表情を見せるシリカ。見えないものは怖い、というのは、普通の少女と変わらないらしい。
(俺が言えたことではないけど、なんか頼りないな。八神くんがこの場にいれば…。)
八神がこの状況に巻き込まれていれば、間違いなく「センパイのせいですからね!」とか、ブーイングをとばしそうだが。
「てゆーか、八神くん!」
思いついて、七春が取り出したのは携帯電話。
七春と一緒に、何度も怪奇現象に遭遇している霊感少年、八神夜行。初めての心霊調査ロケで何か非常事態が起きた場合、連絡しようと携帯を持ち歩いていたのだ。
「なにやってんだよ、アイツ。電話しよ。」
携帯の電話帳で、上からニ番目に登録されている八神に発信する。七春のその様子に気がついて、シリカが口をはさんだ。
「あの声優二人、携帯持ってるの? なんか、荷物まとめて車に乗せてたけど。」
「多分、持ってないと思う。…から、電話かけるのは詩織くんたちじゃなくて、八神くん。」
「やがみくん?」
シリカがコトンと首を傾げた。
「何者?」
「魔法少女にして、俺の最終兵器。」
「はあ?」
全く理解できない説明に、シリカはさらに混乱する。
「バカやってないで!私にも見えない何かがいるなんて、非常事態なんだから!一度、検証を中止させないと。」
大きく手を広げて力説するシリカだが、七春の耳はコール音に集中している。
「聞いてるの?」
聞いていない。
コール音は三回目に突入するが、相手はなかなか応じなかった。
「寝るなって言ったのに…。」
不服そうに呟く七春。
寝ていて当たり前の時間なので、電話がつながらなくても、文句は言えない。
それでも現状、頼りになるのは一人だけだ。
(頼む、でてくれ…。)
祈るような気持ちのせいか、自然と携帯を持つ手にも力がはいる。後ろでシリカが、
「こんな時に電話なんて、呆れた!」
と悪態をつくのが、右から左に抜ける。
そうこうしている間にも、あの謎の音は続いている。校舎と渡り廊下をつなぐ扉は、相変わらず開く気配はなく、上木やあげはからの呼び掛ける声もない。
呼吸が止まりそうな沈黙があたりを支配するなか、四回目のコール音が途切れる。
「はい、八神です。」
「遅ぇよ!」
「寝てました。」
ようやく電話の向こうに八神の声がして、正直に言えば、七春は泣きたいほど安堵していた。
電話の向こうの八神は眠そうに欠伸する。
「起きてろって言ったよね?」
「いや、起きてたんですよ、一時間くらい前までは。」
「薄情者!」
電話口で不毛な口争いを始めたらしい七春の後ろで、シリカは落ち着きなく金髪を指の中で動かす。
「こんな時なのに、電話で喧嘩? 信じらんない。私一人でも、体育館の音を確かめに行くんだから。私にも見えないものなんて、何が起こるかわからないんだから…。」
言って、電話の向こうの八神と戯れる七春に背をむけて歩きだす。
「とにかく、電話がつながってよかった。今、色々とヤバイ状況だから、助けて欲しいんだけど……」
「こんなところから、どうしろと?」
至極もっともな八神の意見。
しかし、そのドライな発言も、八神らしくて安心してしまう。
「できなくてもなんとかしろよ、魔法少女だろ!」
七春と八神が共演して収録中のアニメタイトルである。
「あげはちゃんは消えちゃうし、詩織くんとははぐれるし、シリカさんにも見えてないし、色々大変なんだからな! 谷間に巻物なんだからな!」
支離滅裂な七春の説明の、谷間の部分にだけ反応する八神。
「谷間がどうしたんですか。」
「お前、ホントにいい性格してんな。」
呆れる七春も、あまり人のことを言えない。
「この村に霊を呼び寄せた元凶らしき巻物を、今は、ロケに同行してくれているシリカさんが持ってるんだ。なんか、怪しものっぽい巻物だよ。」
怪しもの。
八神が、あげはが、境界の巫女が、集めている謎の道具たち。強い力を秘めたそれらは、本来、巫女の力によって神域に封じられている。
「怪しもの?」
電話の向こうで、やっと目が覚めたようで、八神が声をあげた。
「詳しく状況を説明してください。怪しものと聞いて目が覚めてきました。」
「……お前ってサイコーにサイテー。」
七春がツッコむ。




