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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
心霊ロケと守り神さま
12/137

前座

 田園風景が広がる閑静な村。

 霊がでると噂されるこの村に、心霊ロケにやって来た声優三人。

 一行はいよいよ、夜を迎えていた。



 夜の十二時をまわって、村の子供たちが肝だめしをしたのと同じ時間に、調査を開始する。

 昼間に立ち寄った村外れの林の前まできて、車を降りる声優三人、七春、上木、あげは。

 そこは、昼間に煽子という村の子供と出会った場所。そこには昼間と同じように、その煽子が仁王立ちしていた。

 幽霊退治を手伝うと言ってきかない煽子を、あくまで見学だけという条件で引き連れる。

「無理はするなよ。」

 言った七春に、顔をそらしながらも、

「ナナハルもね。」

 と返す煽子。

 その様子を、微笑ましい様子で見守る上木とあげは。

 穏やかな日常の様子だ。この後、この団欒が悲鳴の渦に変わるとは、この時は誰も知らない。

 撮影用にライトをつけているとはいえ、光の届かない場所には、闇が迫り来ている。

 神社が建つ林の周りは、昼間とはずいぶん様子が変わっていた。

 たたでさえ、村から少し離れたこの場所は、暗く寂しい道がのびている。昼間はその静けさすら神聖に感じていたが、夜の闇の中では、何故か不気味に感じてしまう。

 唯一、明るくなっている林の上は、夜になると神社の前に並ぶ灯籠に明かりがつくのだと、煽子が説明した。

 真夏の夜、昼間ほど気温は高くない。風はなく、淀んだ空気。

「じゃあ、とりあえず。」

 しばらくの作戦会議の後、上木が切り出し、ついに心霊ロケは本格的に始動した。

 七春にそっと手渡される、ハンディカメラ。

「ん?」

 ほぼ条件反射で受けとる七春。片手で持てるタイプの小さなカメラだ。

 渡されたのは七春のみ。上木とあげは、煽子は、モニターを用意した車の側へと呼ばれて集まる。

「じゃあ、行ってらっしゃい。」

 軽く手を振る上木。

 直訳すると、『一人で行ってこい。』

「え!? は!? 一人は無理だよ!」

 カメラを持った手を振り回す。

「一人は無理。一人は無理!」

 いつかの八神のように、いそがしくバタバタ動く七春の手。

 その手をスルーして、女の子たちを自分の傍に集める上木。上木と女性二人が集まったモニターには、七春が手に持つカメラの映像が映し出されている。

 七春がビュンビュン手を振り回すので、映る画像もビュンビュンぶれまくる。

「ちょ、ちょ、ジッとして!」

 適切な指示を出す上木。

 その横で、

「もし巻物が怪しものだったら、持ってかえってきてね~。」

 トドメをさすような指示をだすあげは。

「それ、やっぱり一人で行けってこと!?」

「頑張って、ナナハル!!」

 拳を握り、目を輝かせて煽子が送り出す。

 そんなふうに、小さな子供に期待をかけられ送り出されると、七春も逆らえない。

 それを見越した上での、煽子の同伴だ。

(はかられたー!)

 と思った時には、もう遅い。

 気がつくと、林の入口にたっている。

 細い入口は、不規則に並んだ木々に囲まれていて、その奥は闇。

 足下はぬかるんだ斜面。土に半分ほど埋まった丸太で、人工的に階段を作っている。

 カメラを胸の高さで構え、しぶしぶ、七春は歩き始めた。

「お前らちゃんと見張っとけよ!」

 振り返り、噛みつく勢いで叫ぶ七春。

「いいから、はやく行って。この後、小学校の方も行くんだから。」

 冷静に冷酷な上木。

「モニターになんか映ったら、見とくから、ダイジョブだよ~。」

 あげはは、相変わらずのマイペースだ。

「見てないで、言って?」

「ナナハル、アタシ、何かあったら無線するよ!」

 唯一、七春の味方をしてくれるのは、煽子だけだ。小型の連絡機を握りしめている。

 信用性のない上木やあげはを無視し、煽子に背中を託して、再び進みだす七春。

「ったく、詩織くんは冷たいし、あげはちゃんは怪しものに夢中だし。」

 呟いてから、階段を上りながら考える。

 もし、煽子が見た巻物が、本当に『怪しもの』だったら。

 七春が信頼をおく霊能力者、八神は、『怪しもの』が普通の人間の手に入ることは危険だと言っていた。

(あげはちゃんの正体がわからない以上、むやみに怪しものを手渡さない方がいいのか。でも、煽子は、巻物を持ち出すことを望んでいるし…。)

 そもそも怪しものがどういった存在なのか、よくわかっていない部分が、七春にも多分にある。

 八神の言うように、物に異質な力が宿ったものなら、世間に出回らず寺や神社に隠されているのも納得がいく。

 そして、あげはの言う神社や廃寺を巡る趣味の意味も。やはりあげはは、『怪しもの』を集めているのだ。

 そこまで考えて、考えに詰まり、息を吐く。

(やっぱり俺、考えるのって、慣れてない。)

 結局、自分がどうすればいいのか、その答えにはならないままだ。

 林の中の斜面は、途中でゆるやかに蛇行しながら上っている。七春の歩く震動で、画面は絶えず上下に揺れていた。それは、七春の迷いを映すようだ。

 五分ほどで斜面を上がりきり、やがて周囲が明るくなってくる。

 灯籠の明かりが見えてきた。ずっと斜面だった道は平らになり、道幅も太くなる。

 木々は、灯籠のチラチラと揺れる明かりに照らされ、黄金色に輝いていた。

 土の地面に、金色の細い木々。さながら竹取物語の情景だ。

 だが、現実と一線を引いたようなその光景が、余計に恐怖心をあおる。

 ここは本当に、人の踏み入っていい場所なのかと。

「怖いわ、マジで…。」

 素直に、七春の口から本音がもれる。

 そして、ついに姿を現した社。だいぶ小さな社だが、立派な装飾のついた木造の社だ。その前にならぶ赤灯籠も、煽子の言った通りに存在した。

 まるで七春をジッと待ち構えていたように、どっしりと腰をおろしていた建物と灯籠。

 七春が立つ場所から社までは五メートルほど。短い距離だが、その部分だけ社の前は正方形の石畳が敷いてある。

「なんか…、広いところにでたよ。」

 周囲をひととおり映して、七春が実況する。

 振り返るが、上木たちが待機している場所は、木々に遮られて見えなかった。完全に、世界が孤立している。

 どうしようもなく、迫り来る孤独感。それだけでも、心拍数が上がっていく。

「ナナハル! アタシが巻物を見たのは、社の中だよ。」

 煽子の幼い声がナビゲート。その声を頼りに、社へ近づく七春。

 観音開きの向こうに、確かにそれはあった。どうやら、情報通り、巻物は少し開いた状態で置かれているらしい。表面にはびっしりと文字が書かれている。

(お経…か?)

 社の中まで灯籠の光は届かないようで、奥は見えない。

「煽子の言う通り、巻物があるみたいだ。それ以外には特に何もなし! 帰っていい?」

 全力で後ろ向きな発言をする七春。

 よくよく考えてみれば、霊と遭遇する時には、いつも八神が傍にいた。

 霊の存在が多く確認されているこのような場所に、たった一人で乗り込む経験は始めてだ。

 とてもじゃないが、呑気に長居はしていられそうもない。

 しかし、待機しているはずの上木たちから、返事は来なかった。

 

 一方で、七春の手持ちカメラの映像を一緒に覗いていた三人は、ある異変に気がついていた。

「光が、飛んでる…。」

 煽子の言う通り、カメラには時折、白い発光物体らしきものが映し出されていた。

 それは七春が社に近づいた直後から現れはじめた謎の光。点滅することもなく、ほのかな光を放ちながら、画面の中を移動する。

 下から現れた光。滑るように浮遊し、画面左側へと消えていく。

 悪意は感じられない。むしろ、蛍の光のように、小さくて儚い。

 七春自身は、自分の手に持つカメラに映り込んだ光には、気がついていないようだった。巻物を観察しながら、次なる指示を待っている。

「霊がたくさん集まり始めたね~。」

 あげはがのんびり説明するが、のんびりしている場合じゃないので。煽子が今一度無線に呼びかける。

「ナナハル、聞こえる?」

「煽子?」

「なんか、カメラに映ってる。霊が集まってるんだって。」

「Oh!」

 冷静に伝えた煽子に、おどけた様子で答える七春。恐怖メーターが一回りして、怖すぎて逆に笑う。

「うん、帰ろう! よし、帰る!」

「巻物持って帰ってきて! お願い!」

 煽子の最後の指示がとぶ。

 社に駆け寄り、意を決して巻物に手をのばす七春。

「神様、ごめんなさい!」

 一応、謝る。

 端だけひっつかむと、巻物はベロベロひろがり地面についた。それをそのまま引き摺りながら、来た道を戻る。

 ちなみに、心霊スポットと呼ばれる場所で一番やってはいけない行為が、物を持ちかえることである。絶対にマネしないでほしい。

「集まってるって、集まってるって、」

 一体、何がだ。

 うわごとのように繰り返しながら、林の中を入口へ向かって戻る。湿っぽく軟らかい土が、靴の底にあたる感覚。

 駆け抜ける七春の顔に、下から冷たい空気が吹きつけてくる。

「速いな~。」

 ぶれまくる手持ちカメラの映像を見ていた上木が、のんびりコメントしている。

 脱兎のごとく走る七春。

 行きよりも数倍早く帰ってくる。

 そして走る七春の後ろで、地面の上を引きずられてついてくる巻物。

「速いね~。」

「あ、帰ってきた。」

 淡々と口にした上木。

 細い入り口から、七春が飛び出してくる。

「あー!もー!無理いいいぃィ!」

 帰ってくるなり、奇声を発する七春。叫びながら、地面に座りこむ。

「ナナハル! 大丈夫?」

 煽子もその傍に座りこんだ。

 上木やあげは、撮影のためのスタッフも、次々集まってくる。

「てか、帰って来るの早いよ。」

 一番仲のいい上木が、生還した七春を早速弄る。

「じゃ、お前が行ってこい!」

「やだけど」

 半笑いで答える上木。

「巻物こえー。持ってるだけでこえー。」

「てか、それ、ほんとに持ってきたの?」

「持ってきたわ! ボケ! 怖かったわ死ね!」

「俺を罵倒されても…。」

 荒い息づかいで上木を罵倒する七春。

 その後ろで、あげはが興味津々の様子で巻物に触れた。引きずられたせいか、土で汚れている。

 七春の雑な扱いのせいでのびきった巻物は、持ち上げると、道の方へダラリと垂れた。

「これ、おとなしいね。」

 あげはの不思議な言葉に、

「おとなしいもんか。悪霊をよぶんだよ?」

 煽子が憎々しげに呟く。

「それに、新しい~。」

 言って、あげはが紙面をなぞる。確かに、明るいところでよく見れば、巻物はかなり新しいものだった。

 真新しく白い紙に、達筆に書きつけられた経文。年代を全く感じさせない。

 そして、感じないのは年代だけではない。こういうものにありがちな、不気味な感覚も無かった。

 これまで七春が見てきた、八神が使う「怪しもの」は、いつも光を放っていた。この世のものではないと、霊感のない七春が見てわかるほどに。

 その光すら、微かにも見えない。

「じゃあ、霊を集めていたのは、これじゃないんだ?」

 問う上木に、あげはは唸る。

「でも、すごい念。間接的には関係していたハズだよ~。」

「新しい巻物に、強い念…?」

 たった今自分が掴みとってきた巻物を、七春はまじまじと見下ろす。

 確かに、聞いた話だけでは、この巻物が霊を集めているように思えたが。

「きっと、これこそ、私が探してた…、」

 あげはが言いかけた時、その手の中から巻物が消えた。

「…あっ?」

 正確には、手の中からすり抜けたのだ。巻物の反対側を、横から誰かが引っ張っている。

 林の入口に座る七春と煽子、そのまわりに集まった上木とあげは。

 その他に、もう一人、撮影用のライトの明かりの中に、見知らぬ人間がいた。

 その人間が、巻物を横から引いた本人だった。

「……誰?」

 煽子が問う。

 眩しいほどの金髪を、黒いリボンで二つに結った少女が立っていた。

 たくさんのレースで飾りたてた黒いドレスを身につけている。

 年の頃は十代半ば。煽子よりは大人、というより、村の子供ではない。

 湖底のような色の瞳が、どこか遠い地の人間であることを物語っている。

「巻物から手を離した方がいいわよ。」

 流暢な日本語だ。ただ、話し方にどこか高飛車な雰囲気を感じる。

 突然現れた異国の少女は、そのまま巻物を自分の手の中に巻き取った。

 手の中で弄び、見下ろす。

「巻物は眠っているみたいね。大丈夫?」

 目を合わせて呼びかけられた七春は、

「はっ? 俺っ?」

 と曖昧に返事をした。

「てゆーか、誰?」

 訊ねた七春に、しかし少女は答えない。

 代わりに、

「おぉ!」

 ぽむん、と上木が手をたたいた。

 その、ぽむん、に一斉にその場の全員が注目する。

「おぉ? …おぉ、ってなんだ。知り合いか。」

 七春のジットリとした目を向けられ、上木はベトナムの方向へ視線を逃がす。

「彼女は確か、万が一に備えて呼んであった霊能力者の方だったかな。」

 上木に続き、次々とぽむん、ぽむん、と手を打ち始めるスタッフたち。

 皆一様に、たった今思いだした風だ。

「ずっと車に乗せられていたんだけど、なんか呼ばれないまま展開していくから。」

 異国の少女が言う。忘れられていたらしい。

「そうかそうか。」

 上木の頭を掴んだまま、七春は少しずつ力を入れていく。

「そんなんいるなら、俺が一人で行くことなかったよな~?」

 泥沼のような怨念を振り撒く七春。

「七春さんはバラエティー性が豊富だから。」

 意味のわからん言い訳をする上木。

「綺麗な子だね~。」

 あげはが、のんびりとコメントする。

 理不尽な単独潜入をさせられた七春はスルーだ。

「ナナハル頑張ったのにね。」

 煽子は、慰めるように七春の頭を撫でた。

「お前ら絶対、俺で遊んでるだろ。」

 地面に手をつき、ガックリと項垂れる七春。

「超怖かったけど、頑張ったのに…。」

 どうやら、七春の単独潜入は余興だったらしい。

「まぁまぁ、前座だから。前座。」

 楽しげに七春の肩をたたく上木。叩かれた七春は、問答無用で上木を締め上げる。

 その二人を無視して、煽子が霊能者に近寄った。

「その巻物、持っていて大丈夫なの?」

 小さな体で見上げる煽子の頬に、霊能者の少女はそっと触れた。

「大丈夫よ。」

「貴女、強いの?」

 煽子のさらなる問い。

「強いよ。」

 自信に満ちた声で、少女は答えた。

「そう。じゃあ、」

 煽子が、七春を振り返った。

「やっぱり、一人で行くことなかったね、ナナハル。」


 ここまでは、あくまで余興。


 

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