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パーソナリティーは七春さんですよ!  作者: 近衛モモ
詩織と夜行と怪しもの
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誘惑に負ける者達


 力が欲しいの?


 と尋ねられて、振り返る。

 広い和室に畳の香りがいっぱいにひろがっている空間。

 立ち尽くしている上木詩織。彼自身、この場所がどこであるのか、その正体を知らない。

 部屋は三面襖に囲まれ、家具などは見当たらない。突き当りだけ塗り壁になっており、そこには小さな黒い金具でとめて、弓が飾られていた。

 長弓だ。

 それが何だか、何故か上木は知っていた。ユーミンだ。七春がそう呼んでいるのを、何度も聴いた。

 近頃、心霊などというオカルトな事例に首を突っ込むようになった七春が、大事に持っていた本物の霊的グッズ。

 なんとなく返すタイミングを逃してしまって、上木がずっと持っている。


 怪奇現象が起きるとかいう家にやってきてから、熱を持ったり、動き出したりしているその弓。

そして今語りかけてきているのもその弓だと、何故か上木は知っている。


 力が欲しいんでしょ?


 再び問われた。

 やはりあの弓だ。

「なんの力を。…君がくれるわけでもないでしょ。」


 あげるよ。七春解を護る力。


 あ、そういう方向へ行くのか。

 それならちょっと悪くないなと思う上木。

 アホで間抜けで何をしでかすかわからない七春は、二百五十八パーセント、誰かが傍についていた方がいい。

 勝手に能力を後付されて、「それで戦い抜いて下さい」とか言われたら、さすがに断るが。

 そういう『放り込み式異世界モノ』でないのなら、なんとなく力を持ってみるのも悪くない。

(だって、いつまでも隣にいるだけじゃダメだ。)

 そんなことは、わざわざ口にするまでもなく分かっている。大切に想うなら、見ているだけではダメだ。

 一緒に戦って同じモノを見る。

 それがホントの友達というやつだろう。


 こっち側にいらっしゃい! いつだって歓迎する。


 ふいに、視界に綺麗な女性が割り込んできた。

 しなやかな女性らしい体つきに、深い緑の着物を纏っている。重そうな着物だ。十二単のような。

 髪はアップにまとめあげて、絢爛な簪で飾られていた。

 なんとなく、ユーミンのような気がした。

 その彼女が長い袖をあげ、手首だけを動かして、楽しげに手を叩いてくれた。歓迎の拍手のようだ。

 手が逆だが。

 いわゆる逆手拍手とでも言えばいいのか、本来なら手のひらを打ち鳴らすところ、手の甲がぶつかり合っている。

 なんか骨にあたって痛そうな拍手だが、笑顔のまま続けてくれるので、ありがたいと思うことにした。

「ありがとう。そこまでしてくれるなら、その手をとるのも悪くないかな。」


 素晴らしい決断よ。


 と彼女は褒めてくれた。

 そして逆手拍手もそこそこにして、白く細い腕を差し出してくる。てっきり手をとればいいのかと思いきや、その手は強く握りしめられて、拳は上に向いていた。

 丁度、注射をうたれる時のような腕の出し方だ。

「……それは、どうすればいいかな。」

 不審に思って問うてみれば、


 どこでもいいから、傷つけて。


 と返ってくる。

 まさかのサディスティック展開。言われて一拍、躊躇する間があった。正常な人間の反応だ。

 こんな妖艶な美女を前にして、乱暴はできない。


 その優しさが、貴方の足枷になる。


 分かったような顔をして、彼女は静かにそう告げた。

 差し出した手とは逆の袖で、口元を覆う。 

 その目がヒュウッと細くなるので、笑っているのだとわかった。

 優しさが足枷になる、というのは、漠然と非難されているのだろうか。考えるあまり踏みきりが悪いとか、そういう意味あいで。

 現に今、傷つけたくはないという思いが、上木の手を止めている。

(この足枷は大事、いや、ちょっと待てよ。)

 護ると一概に口にしたとて、暴力で物理的に護ればいいというわけではないと思っていた。

 第一、七春はきっとそういうのが嫌いだろう。七春はただ単にビビリなので、血を見るのが怖いだけだが。

 どちらにしろ嫌いであろうことに違いはない。

 だが今ユーミンは、そんな考えに縛られている上木を笑った。


 貴方に必要なものは、きっと優しさじゃない。


 言われて考える。確かに。

 七春が底なしに優しいのだから、同じものを持っていたって仕方ない。

 必要なのは、七春に足りないもの。それを上木が補って初めて、上木は七春を護る立場になれる。

 力だ。必要なのは。

 視えないモノに立ち向かう力。視えないモノと互角以上に戦う力。

 武力だ。

 あの魔法少女のように。

「力が欲しい……」

 自然と口から出た。

 この部屋はまるで、上木の本心を吐き出す為にあるような部屋だ。本心を受け入れてくれる部屋。

 

 それでいい。


 その最後の肯定に背を押された。上木の伸ばした手が、彼女の差し出した腕に触れる。

 その瞬間。

「それに触れるな! 人間!」

 どこからか鋭い声が飛び、そして上木は我に返った。




 「はい!?」

 と、唐突に声をあげる。

 上木の意識は、今まで一体どこにいたのだろう。少なくとも、上木が今いる場所は、畳の和室ではない。

 仕事で訪れた怪奇住宅の一階、天然石療法について教えている教室だ。並ぶパイプ椅子の一つに腰掛け、どうやらウトウトしてしまっていたらしい。

 その後ろで、七春がフラリフラリと窓辺を行ったり来たり、浮遊霊のようにさ迷っている。

 思い出した。

 時刻はいよいよ十二時をまわり、真夜中と呼べる頃合いになってきた。幽霊を撮ろう!というアホな企画なので、必然的に撮影は夜がメインになるのだ。

 そういうわけで、ようやく本格的に動き出した声優一行。

 上木と七春は、この一階の教室でモニターチェック係を担当していた。

 二階に上がる階段の上、ダイニングに続く扉の前にはあげはが一人で残って、何か異変が起きないか様子を見ている。

「……何が?」

 だいぶ遅くなったが、七春が反応した。

 上木が突然声をあげたせいだろう。何が、と問われても無理のない、変な声をあげてしまった。

「なんでもないよ。」

 真っ暗闇に付近の建物の明かりだけがボンヤリ浮かぶ窓。それを背景に、七春は納得いかない顔をする。

「ずっとモニターを睨みつけていて、イキナリ声をあげたかと思えば、『なんでもない』はないだろ。」

 どうやら上木は、ボケラッとしている間、二階に仕掛けたカメラから送られた画像を映し出すモニターに、視点を置いていたらしい。

 実際には意識が飛んでいたので全く見ていないが。確かに、なんでもない、というのも変か。

「いや、ごめん、ボーッとしてた。」

「いつも俺にはキビシイくせに!しっかりして!?」

 七春のツッコミがあってようやく、地に足ついたような気がしてきた。そうそう、やっぱりコレがないと。

「ごめん、ごめん。今のところ、これといって変化はなさそうだよ。」

 今回、色々と新兵器が導入された関係で、だいぶ無駄な努力は削られてきている。

 一階から二階にかけての階段に向けては、熱感知機能のついたカメラ。ダイニングには動体感知カメラと、別にもう一機定点カメラ。琴音はすぐ隣の部屋で宿題をしながら待機している。

 勝手に反応して勝手に撮っててくれれば楽、という安易な発想による導入だ。そのせいで心霊ロケも、夏以降も継続の方向で再生してしまった。

 辛い。

「八神くん、遅ぇな…。忘れて寝てるのか…?」

 しきりに窓の外を覗いている七春は、何気なくそんなことを口にしてはションとする。

 なんか待ってるらしい。

 この時間になって一体どうやって駆けつけるつもりなのか、甚だ疑問だ。

「………はぁ。」

 まず息を吐いて。それから上木は、前髪をばさりとかきあげた。視界を確保して、一度気分を持ち直す。

 何故だろう。

 ついさっきまで、自分はただボーッとしていただけではなかった気がする。ボーッとしてた奴は皆そう言うんだが、いや、ホントに。

 あまりにも鮮明に覚えているあの和室。畳の香り。

 魔女のような恐ろしさと危険な魅力を合わせもつ、美しい着物の女性。黄金の簪。そして彼女が歓迎を表してくれた、逆手拍手。

(あれは、……ユーミン?)

 と考えて、思い出して腰の弓に触れてみる。

 特別変わった様子はなく、熱はひいていた。振動もなく、どうやら沈黙してしまっている。

 拍子抜け。

 となるほど上木は勇敢ではないが、もしあれが本当にこのユーミンだとすれば、力をくれるとかいう話はどこへ消えたのだろう。

 ひょっとして自分は今、この家の怪奇よりも危険な何かに、遭遇してしまったのではなかろうか。

(それに、最後に呼ばれた声は……誰?)

 触れるな、と。

 上木を制したあの声だ。

「もー! なんで来ないんだよ八神くんー!」

 七春がバヒンバヒン頭を窓に打ちつける音がした。時間が時間で焦っているようだ。その音に、考える集中力を乱される。

「七春さん……」

 上木が呆れた声を出した時。

 

 パカリ


 と音をたて、二階のダイニングで何かが光った。

 それからすぐに、機械の動作音。どうやら動体感知のカメラが何かしら捉えたようだ。

 動くものが何もない部屋で、何に反応して動き出したのかわからないが。撮影してくれたのなら、なんでもいい。

 カメラの不可解なその動きをモニターごしに見ていた上木は、

「はああ!光った!」

 というベタなリアクションをした。

「なになに?」

 と七春も駆け寄ってくる。窓に頭を打ちつけようが、どうしようが、全く怪我をする気配がない七春。

 頑丈だ。

 すぐに扉を開く音がして、四角い画面の中にあげはが姿を現す。あげはもカメラの動きに気が付き、どうやら部屋に入ってきたらしい。

 ようやく、霊の方が動きだした。

「あげはちゃん、勇気あるなぁ……」

 と七春がこぼす。

 きっと待機していたのが七春だったら、階段を駆け下りてきて「ヘルプ!」とか叫んでいたことだろう。

 あげはは手をスウッとあげて、窓の方向を指差した。モニター画面左側だ。琴音が紅茶を出してくれたカウンターテーブルは、画面上部に映っている。

 それから、あげははカメラ目線で余裕の笑み。

 どうやら霊がいる位置を教えてくれているらしい。

 そしてそのあげはのガイドを裏付けるように、画面の中では、あげはの示す先に小さな光の玉が浮かんでいる。

「あ、ホワルン。」

「ホワルン?」

 たった今七春が見た目で名づけました。

 正確にはホワルンではなく、オーブと呼ばれる霊魂だ。潰れそうなほど小さな、淡い光。丸い。

 以下、ホワルンと表記しよう。

 あげはが何らかの力を持っていることは七春も、そして上木も了解済なので驚きはしないが。しかしこの余裕の笑みには、どうしても気圧される。

 余裕なんだね、あげはちゃん。

「このホワルンて、白詰郷の祠の周りにも居たよね。」

 と上木が言う通り、確かに似たような光はカメラでとらえた経験のある一行。

 ホワルンは窓にゆっくり近づくと、急に方向を変えてカウンターへ向かう。

 そして途中で消えた。と、思うと今度はあげはの背後に現れ、ダイニング外の階段へ近づいていった。

 なんか動きが不安定だ。

「俺、上に行ってくるよ。」

 あげははクルクル向きを変え、どうやらホワルンを目で追っているようだった。

 七春が率先して部屋を出て行こうとする。どう見てもあげはが余裕だろうと、七春は構わず心配するらしい。あるいは琴音の身を案じているのかもしれないが。

 どちらにしろ、自ら死地に赴こうとする。

 ビビリのくせに行動的な七春を見て、慌てて椅子から腰をあげ、上木が手を握って引き止めた。

「待って!」

 と、声に出てしまって。

 突然手を握られた七春は、驚いて振り返る。

「ん、なに。」

「いや、……その。」

 危ないから、俺が見てきますよ。

 が、なかなか口から出てこない。喉のところまてで出てきているくせに、これ以上は頑として上がってこないつもりだ。

 怖いとか思うなよ。

 あげはなんか、今は一人だぞ。いや、未知の力を持っているなんて反則。

 たが、ここで七春を一人で行かせるのなら、今までと何も変わらない。

 腰にさした弓が、また熱を帯び始めた。

「詩織くん……痛いよ。」

 無意識に手に力を込めていたらしく、七春から抗議があがった。無数の石に囲まれた室内に、その声が飽和する。

 ごめん、が出かかって引っ込んだ。

 それより言わなければいけないことがある。

「力が欲しいよ。」

 弓がまた、震え始めた。

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