君は誰だい?
キラキラ光る水晶を握り締めた。
単に冷たいものを握って、熱を帯びた手を冷やそうと思っただけだ。
仕事柄石に詳しい姉に、無理矢理持たされているものだった。
貰った時は色が不満で、何故透明なのかと問いかけた気がする。だって、色んな色があるみたいだったし。希望は青のやつだった。
しかし姉が言うのは、この透明の石が強運を呼ぶ力を持っていて、俺との適合率が一番高いとのことで、結局これを持たされている。
不満である。
それはそれとして、部活帰りで熱い体の俺が、その水晶で熱冷ましをしている時のこと。
とびらはあきませんか……
コソコソ話のような声で、そんな言葉が耳に入った。
振り返る。
自室だ。
家具は少なく、必要最低限の物と部活の道具くらいしか置いていない。姉は仕事で帰りが遅く、家に一人でお留守番最中だった。
てっきり外の声かと思って耳をすますが、それ以上は人の声らしきものは入って来ない。
丁度、真っ赤に熟した太陽が落ちようかというタイミングで、窓の外の空は、オレンジと紫のマーブルカラーだった。
買い物帰りのオバサン達の井戸端でもないとすると、本格的に声の正体は掴めない。
(………気のせいだった、かな?)
不信感を抱きつつも、難しく考えることはしなかった。特別、害のあるものでもない。
さっさと風呂に入ってしまおう。
そう思い、面倒くさいのでその場でシャツだけ脱ぎ始めた時、
ギャーッ!
と、今度は断末魔の悲鳴に変わった。
今度こそ、空耳の類ではないだろう。明らかに、同じ部屋の中からする声だった。
「ええええええ!」
俺も叫んだ。
いや、だって、ビックリする。
これまで、姉の仕事を見ていて、目に見えない秘められたパワーのようなものは、存在を軽く信じている傾向はあったが。
とはいえ、それはエスパーや自然治癒力の話であって、幽霊じゃない。
こんなにハッキリ、部屋の中で人の声をは聞くなんて。
信じられなくて、ただただ、俺は茫然とするしかなかった。
それからしばらくして、同じ学校でミステリー研究会というのを、勝手に作って勝手に所属している女学生の存在を知ってたずねると、
「そういう相談を本気で聞いてくれる、声優さんがやってるラジオがあるよ。」
と気前よく教えてくれた。
ナルホドやはり、どんな世界にもそういった駆け込み寺のようなものがあるのか。
教えてくれたミス研の彼女とはクラスが違うので、改めてお礼を言いにいかないといけない。
何故なら本当に、真剣に霊という存在を肯定して、その声優さんたちがウチに調査をしにきたからである。
「ってな感じで、はじめは困ったような問いかける声だったをんだけど、俺が構わないとなると、急にそれが悲鳴に変わって…」
しかも正体不明の問いかけや悲鳴は、それから三日とあけずに続くのだ。
まるで琴音を付け回すかのように、部屋にいる時は部屋で、風呂場にいる時は風呂場で、ダイニングにいる時はダイニングで、同じ現象が起こる。
ストーカーのように琴音に付きまとう、姿なき者。
そこまで説明して、琴音は言葉を止めた。
喋り疲れてしまったのか、自分が淹れて出した紅茶に、自分で口をつける。
調査にやってきた声優、七春、上木、箱入と、ダイニングでカウンターテーブルに一列に席をとって話をしていた。
椅子が足りなかったので、七春だけが上木の背後に立っている。
「怖い! もういい! お腹いっぱい!」
と言ってそれ以上話を聞かない体を全面に出す上木。
その横と後ろで、七春とあげはは、のんびりと出された紅茶に口をつけていた。
「あ、おいしい。」
「香りがいいね〜」
とお茶の感想を述べる二人に、
「そっち!?」
と上木は律儀にツッコむ。七春がパーソナリティを務めるラジオからの派生企画のせいか、やたらコミカルな絵を撮りたがる。
カメラに求められたら正直にやる七春さん。
コミカルとは縁のない人気声優のあげはも、純粋にノリがいいので参加している。
「ホントにガチであったんですよ!」
てっきり信用されていないと思ったのか、琴音が声をあげた。最初の心霊ロケで訪れた村の、煽子の反応とよく似ている。
大人が子供の話を信じないことは確かにあるし、子供が大人に嘘をつくこともある。
おあいこ様だと言うことに、互いに気がつかないだけで。
ただ、今回の七春とあげはのリアクションは、決して琴音を信じていないわけではない。
むしろ、信じているからこそのリアクションだった。
「わかってるって。ハッキリと聴きとれる声だろ? マッキーがスルーせずにバイブったということは、霊体の数が多いか、あるいはそれなりに力のある霊ってことになる。辻褄ちゃんと合ってるよ。」
なんでもないふうで、七春が言った。
「幽霊だって〜、見る人がいないと存在していることにならない。人と同じだね〜。君が声を聴いたというなら、それが霊がいたことの証明になるよ〜。」
そしてあげはの独特の口調が続く。
琴音を疑っている部分は、どちらの発言にも見られない。琴音は感心した様子で、長く息を吐き、カップを机に戻した。
「流石、心霊声優さん……」
「俺は違うからね?」
またしても上木はツッコミ役。
「私のは、ただのカンだよ〜」
とあげはが返した。
七春は答えないまま、別な質問を琴音に投げかける。
「それはそれとして。話は変わるけど琴音、お前の体は大丈夫か? 例えば、気分が悪くなったりとか、変な怪我をしたとか…」
「え? いや、大丈夫ですけど…」
「そうか。それは、何より。」
上木と琴音が、同時にコトンと首を傾げた。七春のその質問には、別の角度から霊の正体を突き止められないかと探った結果だが、二人にはよくわからなかったらしい。
あげはだけが全てわかっているような、余裕のある笑みで、その姿を見守っている。
「物理的に何かしらの影響を与えてくるような霊ではないか。悪いことではないけど。」
「じゃあ、そろそろ〜。本格的にお仕事しようか〜」
あげはが切り出し、声優三人はカップを戻した。余談だが琴音、紅茶をいれるのが上手い。
スタッフがガサガサやってるなぁと思っていたら、テキパキと撮影機材の設置に取りかかっていた。予め許可は得ている、霊の撮影だ。
今回からは新機器が導入され、より霊を感知しやすくなっている。動体感知やら赤外線カメラやら、なんでもござれ。
「この新兵器が今更になって使えるようになったせいで、俺達は秋になっても心霊から逃れられないんだよな…」
夏が過ぎて。
ロケはしばらくなかった。忘れるくらい間が空いていた。それは確かだ。しかし今回、再びロケは敢行されている。
夏の間に使っておけば、話は幽霊ホテル「かこえうた」で終わっていたのだが。その頃は、本格的な心霊番組を撮りたかったわけではなかったので、わざわざコストをかけなかった機材たち。
それらが今更使えるようになったので、もったいないから心霊ロケは復活したよ!
「役にたってくれるといいけど」
面白半分にカメラを弄る七春。その姿を、上木はジッと見つめている。
おもむろに口を開き、
「貴方の魔法少女ちゃんが到着するまでは、我々でカバーしますので。好きなように仕切っちゃって。」
と何気なく口にした。
「われわれ〜」
とあげはも楽しそうに賛同する。
「あぁ、そう? じゃあ、ダラダラと進めようか。」
ダラダラという効果音が、すごく似合う七春。
電車に揺られてコトコトと移動していた八神は、予定の時間に十分間にあうように駅へ到着した。
今からお仕事だ。
「気合を入れて、れっつごー!でふ。」
なんとなく可愛く呟く。意味は特にない。
朝の通勤通学時間よりかは、少し遅い駅のホーム。たくさんの人や霊とすれ違いながら、早足に歩く八神。
その八神の腰に巻いた上着を、後ろから突然掴む手があった。
当然前へ進めなくなるので、
「みゃっ。」
八神は小さく悲鳴を上げ、中途半端に足を止める。
服が何かに引っかかったのだと思い、後ろを振り返った。広い駅のホームに、停車している電車、八神と同じく歩調の早い人々。
その中で、どことなく見たことありそうな顔の男が、八神の上着を掴んでいた。
「誰……」
まず瞬時に霊でないことだけは判断し、八神が声をかけようとした。その顔を見て、言葉が止まる。
八神演じる魔法少女ルエリィと、全く同じスタイルの腰に巻いた赤チェック。その端を掴む手を視線で辿っていくと、傾いた黒ぶち眼鏡とぶつかった。
乾燥麺のようなチリヂリの赤い髪も、その後ろに浮かんでいる頭だけの悪魔も、見覚えがある。
「こんちわ〜。心霊声優の護衛の、人間の方だよね!」
明るく言った。
コンマ二秒後、
「すわにゃあ!」
という謎の声をあげ、八神が突き上げた手刀で傾いた黒ぶち眼鏡をふっ飛ばした。
この男、第二回心霊ロケで訪れた幽霊ホテル「かこえうた」に出没した男だ。色々面倒くさいことがあって、結局何の用で接触してきたのか覚えてない。
でも、なんか面倒な奴だった気がする。
「うわあぁぁ!眼鏡が!」
八神がふっ飛ばした眼鏡は宙に浮き上がり、クルクル回転しながら地面に落ちた。割れなかった。奇跡的に。
しかし男が怯んだ隙をついて、八神は上着を掴む手をふり払い猛然とダッシュで逃げる。
ものすごく、わかりやすい反応だ。
「俺は心霊声優なぞ存じあげませぬよ。人違いでござろう。オホホホホホ。」
と精一杯違うキャラを造って、八神は風のように遠ざかっていく。凄まじい速度だ。
そのまま自動改札を出ようとしたところで、
「みゃひぃ。」
頭だけで浮遊する謎の悪魔に回り込まれて、ピタリと停止した。
急ブレーキ! 体が斜めに傾ぐ。
足下は寒いコンクリート地面。靴底が削れた。
八神の行く手を阻む顔だけの物体は、どうやら周りの人間には見えていないらしい。
継ぎ接ぎだらけの空中の顔。血の気のない肌色に、胡麻のようなつぶらな瞳。口はデカイ。
不揃いな歯は黄ばんでいて、嫌な口臭を放っていた。
「まぁ、まぁ、そんなに焦って行かないで!少し僕と話をしようよ。」
眼鏡をかけ直す男。やっぱり、真っ直ぐにならない。
本日はまた派手な赤と黄色のボーダーを着て、詐欺師のような口調で話しかけてくる。
名前が思い出せないなぁ。カタカナだったような。
「誰だか名前忘れたけど、今日はご所望の心霊声優も、商売仲のホテルのオーナーもいないぜ。」
仕方ないので睨みをきかせて向き直り、八神はそう言い放った。同時に回りこんできた頭部の悪魔も警戒する。
缶バッチだらけのリュックを背負った学生さんや、黒スーツのサラリーマンが往き来する中、異様な殺気をまとって、八神と男は対峙する。
「そう言わないでよ、僕は君と、その『商売仲』になりに来たんだからさぁ。」
「寝言か?」
「冷たくしないで! 聞いたよ、『境界の巫女、雪解』。亡くしたんだって?」
唐突に。
重要なその名を出されて、八神は素直に驚きを顔に出した。丁度ついこの間、シリカを助けるために七春が神域に入った一件で、その名を久々に聞いたばかりだ。
シリカが飛ばされた四年前の過去。それはまだ、雪解が生存している世界だった。
だが、七春の判断ミスから、八神がその雪解の姿を見る事はなかった。その一件で、七春を勢いで殴ってしまうなどのゴタゴタした騒ぎもあったくらいだ。
雪解。
八神は今、その名にひどく敏感になっている。
「それをどうして。」
「大騒ぎしてたじゃない。その後の『貴方が無事でいてくれて、よかった。』は泣けたよ。」
「この前のセンパイの家での一件……覗いてたのか?」
だとすれば、七春の家の住所はすっかりバレていることになる。
あるいは、丁度見つかってしまったタイミングだったのか。いずれにしろ、よくない傾向だ。
七春が殺されなかったのは、今七春を殺しても、反魂を行うことを望んでいる人間がいないからだろう。
純粋に運が良かっただけだと言える。
思い出した。この赤毛。
大切な人を亡くした者に声をかけては、反魂を行うように誘いかけ、協力する代わりに成功データを採取することを目的に、動いている男だ。
「君は誰だい? 心霊声優の護衛…? ホントにそうかい?」
「何が言いたい。」
「ホントに護りたかったのは、もっと別の人だったんじゃないかと思ってさ!」
的を射ている。
八神が護りたかったのは、七春などというアホを固めたような個体ではない。
雪解だ。
確かに、間違いない。
「……それで? だから?」
「だから僕が協力をしてあげるよ!あの心霊声優を使えば、きっと君の大切な人も蘇る!」
で、僕にはデータをくれればいいからね、と両手をワキワキ動かす。
きっと、八神が雪解を四年前に喪ったこと、そしてまだ彼女を忘れられないことが、『情報』として敵に伝わってしまったのだろう。
何を使って覗いていたのかしらないが。
あの悪魔か?
どちらにしろ、八神も警戒が足りなかった。
「……つまり俺に、雪解とセンパイを秤にかけろって言いたいんだな?」
「うん!」
と、わかりやすい答えが返ってくる。
うん!
そのあまりにもいけ好かない様子に、八神も僅かな良心が綺麗さっぱり消えた。
そんな、わかりきった秤を強要してくる奴は。
一切の手加減は、もう要らないよね!
「そうか。バラバラ死体になりたいか。よし、歯を食いしばれ。」




