三枚羽だ。
昔、夢に見たいものは、なんでも枕の下に入れて寝ていた七春さん。
好きなひとの写真とか。
なんか枕の下に入れておくと夢に出る的な話を誰かから聞いて、実行していた気がする。
何故その昔話を今になってするのかというと、この歳になって久しぶりに、枕の下に物を入れる行為をしたからである。
だから懐かしいなー、と。
昔もこんなことしていたなぁと思ったので、話してみました。
で、何を枕の下敷きにしていたのかといえば、シリカに託された一枚のカードである。
真っ白なカードの中身を、どうしたら見ることが出来るのか、教えてくれたのは八神だった。
真夏の心霊ロケ。
怪奇現象が起こるという小さな村。そこでシリカは神域に放り込まれ、四年前の時点に落ちた。
そこでシリカが見聞きしたこと、全てを七春も目撃した。
夢に見るという形式で見た。
四年前の八神の身にふりかかった、怪しものにまつわる事件を。その事件の関わり、巫女の力を失った雪解を。
そして、その雪解に迫る一人の女霊の存在を。
「……というわけで、早速検証を始めていきますかっ。」
上木詩織。
快活な仕事仲間にそう声をかけられて、七春はふと我に返った。周囲を見回してようやく、仕事で人様の家にあがりこんでいたことを思い出す。
七春とあらゆる声優仲間が、何故か最近心霊系トークばかりする謎のラジオ、『パーソナリティは七春さんですよ!』から派生した謎の取り組み。
『声優ラジオ出張編〜幽霊って割と一年中でるよね〜』と題して、心霊スポットでカメラをまわす企画が、また行われていた。
今回は心霊スポットと言っても民家です。
怪奇現象に悩む家にお邪魔してるよ。
「あ、え、ごめん話し聞いてなかった。」
正直な七春さん。
その場のキャストやスタッフから、どっと笑いが起こる。
「ちゃんと起きてます? まだ昼の十時だからって寝ないで!」
絶妙な上木のツッコミに救われた。
「起きてるよ!」
「住民を悩ますストーカー霊について、サクサク検証始めましょ!今日はあげはちゃんがきてるんだから、シャキッとしてくださいよ!」
言われて顔をあげる。
窓辺に寄りかかって立つ、天使のように愛らしい容姿をもつ女性声優。
みんな大好き、箱入あげはだ。
本日も豪華キャストが揃っている。なのに、企画内容は相変わらず酷い。
ストーカー霊だと?
いかにも関わりたくない類いの霊だ。
(八神くんのよく言う悪霊ってやつかな…。)
その八神は、仕事が終わってから駆けつけてくれる予定になっている。
というわけで、それまではお馴染み七春、上木、箱入メンバーで、怪奇住宅を調べる運びとなった。
(今は、仕事に集中しないと。)
偶然か必然か。
奇遇にも、真夏の心霊ロケと同じ顔ぶれだ。あの日の恐怖を彷彿とさせるものがある。
シリカの悲鳴。
逃げまわる音。
壁を叩く騒音。
それらがまた脳内をよぎって、七春は静かに目を閉じた。もう救えなかったひとの話だ。
きっと、忘れられない人になる。
「今回、予定では竜一さんが来て、今までの流れからメンバーが少し変わるみたいな話をしてたんじゃなかったっけ。」
ふいに、七春が上木に質問を投げかけた。
第一回心霊ロケと同じ顔ぶれであることは、上木も気がついていたらしい。少し眉をひそめて、それに答えてくれる。
「たっつんは散々嫌がった挙句、断りきれずに一度は仕事を受けたものの、やっぱり嫌だって逃げたそうですよ。」
ちなみに、なんとなく周りはそれに気がついていたので、あげはには前もって予定を開けておいてもらったそうです。
竜一さんは悪いはひとではないよ。
ビルが建ち並ぶ大通り。
交差点の角に、その怪奇住宅は建っている。一階は天然石療法の教室が開かれている。二階、三階が居住スペース。
霊の存在を感じるのは、そのうち二階部分なのだということなので、二階スペースに通していただいた。
「二階はダイニングキッチンと、…風呂とかトイレとか。」
そう説明してくれたのは、怪奇住宅の住民。
高校一年生の爽やかスポーツ少年だった。短く刈りあげた髪に、真っ白なシャツ。綺麗に肌が焼けている。
ちょっとつり目で、猫みたい。
シャツの胸についた校章には見覚えがある。亜来と同じ学校のようだった。
名前は守凰琴音。お姉さんと二人暮らしだそうだ。
「綺麗にしてますね〜」
のーんびりと、いつものあげはがコメントする。
まず通されたのは、広いダイニングキッチン。奥に琴音の部屋があり、お姉さんの部屋は三階にあるそうだ。
対面式のキッチンに、前壁をはさんでカウンター式のテーブル。パソコンが一台乗っかっている。
無駄な家具のないスッキリした部屋だ。
「姉は仕事で夜遅いので、俺が一人でここにいることが多いんです。宿題する時とか……」
と説明してくれる。
人当たりのよさそうな、ソフトな物腰だ。常に殺気を発している八神も、見習えと言いたい。
広くとられた開放的な窓に、真っ白な壁紙。窓辺には、線を引くように真っ直ぐ、窓に沿って小石が並べられている。
うっかりしていると踏みそうだ。
採光が多く、少し眩しい。
「見たところ、気になるのは窓辺の石くらいだけど…」
一通り室内を見回して、無責任でありふれた台詞を吐く七春。
同じく室内をうろついてから、上木はテーブルに寄りかかった。
キッチンの中を覗きこむ。
小皿に青やら緑やらの石が盛られて置かれている以外は、特別変わったところはなさそうだ。
あげはは足下の石を踏まないように気をつけながら、窓辺で腕を組んでいる。
窓から入った光が石を通して、床に綺麗な色を落としていた。
特別、変わったところはない。
石が多いが。
「普通、怪奇住宅って、ゴミ屋敷になってたりしますけどね。」
素人な考えながらも、何気なく上木が口にした。
もともとあまり広い敷地に建っているわけではないので、縦には長いが横幅は殆ど無い建物。
キャスト三人に琴音が一人、さらにスタッフや撮影機材が入ると、少し狭く感じるくらいだ。それでも閉塞感を感じないのは、単に部屋が綺麗で物が少ないからである。
カメラは何気なく天井を撮る。
カビもホコリも見当たらない。高い天井の中央付近で、シーリングファンがクルクルしている。
三枚羽だ。可愛いな。
「ゴミためちゃったりとかしてないんですか?」
大変失礼だが、呑気に七春が質問した。その大変失礼な質問にも、琴音は笑って答えてくれる。
「姉はともかく、俺は物が溜まってると気になるタチなので。週二のゴミの日に出しちゃいますよ。」
「だよね。」
ちなみに七春はたまに、食べ終えたヨーグルトのカップを机に置きっぱなしにする。でも、それでも最長二日かな。ちゃんと片付けるよ?
「特に変な御札がはってあるわけでも、怪しい面を飾ってるわけでもナシか…」
伸ばした指先を顎に当て、七春は室内をゆっくりと横切る。
(今のところマッキーのバイブもナシ……)
本日の七春さんは、真夏に着ていた白のTシャツに、上から紺のカーディガンを羽織っている。しかし、そこから腰には相変わらずペットボトルホルダーがぶら下がっており、中には巻物がスポーンと収まっているという、支離滅裂なファッションだ。
七春さんには考える力がないのである。
そんなアホな七春さんに、中シャツだけ色違いでコーデを合わせてきてくれた上木は、こちらもベルトに長い棒を突き刺している。
八神が一度へし折った弓の怪しもの。ユーミンだ。
「今のところ一概に原因が何かとはわからないし。部屋のどのあたりで、何が起きるのか、具体的に聞いていこうか。」
七春さんが、簡潔に仕切った。
「流石に三回目ともなると、慣れてくるんだ?」
上木が隣でツッコむ。
「忘れがちだから言っておくけど、俺は声優なんだけどね。」
「こっちにどうぞ。」
と琴音に招かれ、ダイニングを通り越して、奥の扉から琴音の部屋へ。
洋室だ。
こちらも家具は最小限で、シンプルなオフィスデスクにハンガーラック。ベッドと金属バットくらいしか置いていない。
先に入った琴音に続いて、七春も一歩部屋に踏み込む。
そして、
「はい、ここで来たぁ!」
ふいにデカイ声をあげた。
「わぁ、何!」
「うるさいよ〜。」
と後ろに立つ上木やあげはから正直な攻撃。
後ろからぞろぞろついて来ていたので、七春が唐突に足を止めると、玉突き事故になってしまう。
ここに来て、ようやく七春のメイン武器が起きてきたようだ。
マッキーが七春の腰でブルブル震える。
霊の接近を知らせるバイブだ。
その振動がくると、ちょっと現実に帰ってきたような気になる。
「腰にバイブがきた!」
「は? なに? 黙って?」
「違う!ごめん。言い方が悪かった。…この部屋にいる!」
バーン!
と、扉と七春をふっ飛ばす勢いで、琴音が部屋から飛び出した。同時に、七春の後ろ襟を掴んで、上木が引っ張っている。
怒涛の勢いで、ダイニングへ引き返す四人。見えないものに対して、これだけいいリアクションができるのは、皆が素直な証拠です。
自室から飛び出した琴音が、真っ先に口を開いた。
「俺の部屋にですか!? どこですか!?」
「いや、どこかはわからないんだけど。漠然と部屋のどこか?」
驚かすようなことを言っておいて、アバウトな説明をする七春。
慌てて七春を後ろに引っ張った上木は、あまりの唐突な霊の発見に、目を見開いている。
その場の全員が、一拍固まった。
「……うえ、もう居るんだって。」
カメラに向かって、上木はが呆れた声をだす。
まだ始まってから、全く時間が立っていない。心霊声優の名前だけが一人歩きしている七春は、一言『霊がいる』と言えば、見えていなくても皆信じるのだ。
いることには、間違いないが。
「霊が出るのって、向こうの部屋なんだ?」
自分の胸にしがみていてきた琴音に、七春が問う。
「いや…確かに自室でも、変な声が聴こえたり、窓を叩くような音はするけど…。でも、それらの現象が、ダイニングの方が激しいんです。だから、てっきり霊はダイニングの方にいるものだと。」
「ひょっとして、二階のフロアなら部屋をまたいで、自由に移動出来るのかも。」
七春がまた余計なことを言った。
コアラの子供みたいにしがみついていた琴音の顔から、サーッと潮が引くように、血色が失われていく。
「やっぱり居るんだ…」
建物の建築的な問題で家鳴りだとか、風の悪戯だとか、そういう類のものだといいな、と思っていたのだろう。
怪奇現象の八割方は、そんなものであるケースが多い。
「人の声に、窓を叩く物音か…。」
マッキーの警告違いでなければ何かいるはずなので、部屋の扉を閉めておく。
そして全員、ジワジワと後退して、ダイニングに戻った。
「あげはちゃん、どう思う?」
特に意味はなく、何気なく七春はあげはに話を振った。
夏の心霊ロケや上木の証言から察して、箱入あげはが普通の人間でないことは確かだ。
大人気声優という隠れ蓑の下には、八神と同じ『巫女代理』という顔が潜んでいる。
「あはは〜。私に聞くの〜?」
「御意見拝聴。いつものカンでいいよ。」
余裕でかわされ、七春はおどけて返す。腹の探り合いだ。
探り合いを八神にやらせると、何でもかんでも敵と見なし始めるので。七春が積極的にあげはを探っていく。
実を言えば。
シリカから託されたカードの中身を見て、七春は一つの手がかりを掴んでいた。
それもまた、あげはに関わるものだ。
「あげはちゃんのカンを、結構アテにしてるからさ。」
その切り札となる手がかりを握ったまま、七春は平常心を掲げて、あげはに向かい合った。
「そうだね〜。私が気になるのは、やっぱり石かな〜。」
「石? 窓辺の?」
天然石と言っても、あからさまに結晶化しているようなドデカイものではなく、握った手におさまるほどの小石だ。
色の強いものも、透き通って控えめなものも、カラーバリエーションだけは豊富である。
赤、緑、黄色、黄色に焦げ茶縞、青、透明、紫。
綺麗だ。
「一階は天然石の教室。三階は天然石を仕事にしてるお姉さんの部屋。その間に挟まれて、比較的石が少なそうな二階だけ、霊がよく悪戯するなんて〜……偶然ぽくないよね〜。」
ヘラヘラ。
としたノリで言う。
八神にしてもあげはにしても、確信のあることに限ってヘラヘラと口にするのは何故だろう。
(あ……ナルホド、確かに。)
ちなみに七春さんは今、気がついたよ。




