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Please speak!  作者: 長野原春
7/113

つらいことばかりじゃない

「絢駒君、これお願い。」

「わかりました。」

 普段、ここの喫茶店が混むことはあまりない。

 満席なんて、あまり見たことがない。

 決して人気がないわけじゃない。

 休息のひと時を提供する場には、混雑は似合わない。

 しかし、今日はとても混んでいた。

「キウイタルト3つ!」

「キウイタルトの注文多すぎい!」

 ・・・店長が休日だからと言って、数量限定のキウイタルトを、いつもの3倍は作っていたからだ。

 新メニューが発表された後噂が広まり、午前中ですべてなくなるということも珍しくなかった。

 その数量限定の人気メニューがいつもの3倍の量あるということは、まあ、食べるチャンスなわけだ。

 午前中から、満席の状態が続いている。

「いやー、人気だねえ。絢駒君のメニュー。」

「嬉しいんですけど、こんなに忙しいの初めてなんですけど!」

「確かに珍しいねえ。ほら、仕事仕事。」

「はい・・・。」

 俺はさっきからモンブランを作っている。

 マロンモンブラン、紅イモ、抹茶の3種類。

 季節によっていろいろ変わったりするけど、基本的にはこれだ。

 周りを見ると、みんな忙しそうだ。

 店長もしゃべらずに真剣にやっているし、コーヒー担当も休む暇などない。

 もちろん、ケーキとコーヒー以外も頼まれる。

「ナポリタン1つ!」

 実際、ケーキとかよりパスタとかのほうが楽なんだよね。

 別に俺の担当じゃないけど。

 予想外の混み具合に、非番の人たちも来ていた。

「急にごめんね!お願いできる?」

「「もちろんです!店長のためなら!」」

 店長大好きな従業員は大変だなあ。

「キウイタルトとキリマンジャロで!」

「はーい!」

 注文を受け取った先輩が、俺の方に向かってきた。

「いやー、なんだあの子。」

「どうかしたんすか?」

「いやさ、注文してくんのかと思ったら、急にケータイいじり始めてさ。」

「ケータイ?」

 えっ、なんか心当たりあるんだけど。

「こっちにケータイ見せてきてさ。文面見たら注文が書いてあんの。喋るの恥ずかしいんかね?」

 いや、それ多分しゃべるの恥ずかしいんじゃないと思います先輩。

 しゃべれないんだと思います。

 つか絶対ミー子だろそれ。

「それ、どんな感じの子でした?」

「ん?そうだな・・・、髪が短くて、ぼーっとしてる感じの子だな。男だか女だかよくわからない服だったな。あ、でもヘアピン着けてたし女の子か。」

 絶対ミー子だそれ。

 あいつは普段女の子らしい恰好はしない。

 いや、女と意識させるような恰好は絶対にしない。

 それっぽいものと言えば、唯一髪についてるヘアピンくらいだろう。

「すんません、ちょっと行ってきます。」

「あ?どこにだよ?」

「その子のところです。」

「あっそう。まあいいけどよ、大変なんだから早く帰ってこいよ。」

「わかりました。」

 俺は厨房を出た。


「よっ、ミー子。」

『よっヾ(・д・。)』

 まあ思った通り、ミー子だった。

 そうだろうとは思ったよ。

 胸のところに大きく"NS18"って書いてあるTシャツ、お前以外に着てる人見たことねーよ。

『来たよ。』

「見ればわかる。持ち帰りのプリンは会計の時に店員に言えばいいからな。」

「・・・(こくり)。」

「まあ、見ての通りだけど、今日は忙しいんだ。俺もう戻るからな。」

『がんばって。』

「終わったらミー子のとこ行くからな。」

「・・・(こくり)。」

 本当はもうちょっと話していたかったけど、客が多いから仕方ない。

 俺は厨房に戻った。




「ふー・・・やっと休憩かあ。今日やばいな。」

 午後2時、やっと昼休憩に入れた。

 キウイタルトが売り切れ、客足が減った。

 というより、いつもの感じになった。

 今はほとんど常連さんとかだけだ。

「絢駒、大丈夫か?」

 先輩も控室に入ってきた。

 この人も休憩か。

「ええ、なんとか。」

「どうだ?お前の好きなお菓子作りは仕事にできそうか?」

「現状、これで仕事できてますし、大丈夫なんじゃないですかね。」

「じゃあ、今日みたいな日が毎日だったらどうだ?」

 こんな日が毎日か・・・。

 ちょっときついかもしれないな。

「意外と、好きなことって仕事にならねえもんだよな。」

「そうっすか。」

「ああそうだ。好きなことを強制的にやらされると、いつの間にか嫌いになってるんだよな。」

 そんなものだろうか。

「まあ、うちは普段そこまで客多くないからな。気にしなくていいだろうよ。」

「そうですね。」

 まあ、別に今これからのことを考える必要はない。

「にしても、さっきの女の子は絢駒の彼女だったのか。」

「違いますが。」

 何度も言うが、俺とミー子は付き合っていない。

「あ?違うの?」

「違います。ただの幼なじみっすよ。」

「ふーん、そうか。」

「まああいつ、しゃべれないんで大目に見てやってください。」

「別にそれに関しては怒ってないんだけどな。まあ、理由は聞かないでおくよ。」

 こういう気遣いのできる先輩は素敵だ。

「ああ、そういえば、今度冬華さんにまたここに来てくれって言っておいてくれ。」

「ああ、分かりました。いつになるかわからないですけど。」

「まあ一人暮らしだもんな。」

 冬姉と先輩は高校時代の同級生だ。

 冬姉は就職してて、先輩はバイト、この違いはなんだ。

 最近先輩が就職活動してるのは知ってるけど。

「ああ、絢駒は今日3時で上がりでいいって。」

「え?早くないっすか?」

「今日は絢駒かなり働いたからな。店長がゆっくり休んでくれって言ってたぞ。」

「はあ・・・。」

 いや、俺からすれば、いっぱい働いて金稼ぎしたいんだが・・・。

「まあ安心しな。明日もシフト入ってるから。」

「あっはい。」

 休憩の後、俺はすぐにバイトを上がった。




「ただいまー。」

「あ、おかえりー。早かったね。」

「ああ、明日もシフト入ってるからって、上げてもらったよ。」

「おおー、よかったね。じゃあ、美衣ちゃんと遊べるね。」

「そうだね。」

 今日は約束してるからな。

 それに、時間はたくさんあった方がいっぱい遊べるし。

 ミー子にラインを送る。

『バイト終わって家に帰ってきたから今から行くぞー。』

 既読はすぐについた。

『了解!』

 着替えて、すぐにミー子の家に向かった。




「お邪魔しまーす。」

「あ、いらっしゃーい。」

 家には、那空さんがいた。スーツを着ているし、これから仕事か。

「大変そうですね。日曜も仕事ですか?」

「大変なんかじゃないわ!商談先がね、もうちょっとで折れそうなの。営業成績アップが私を呼んでいるわ!」

「頑張ってください。」

「もっちろん!あ、そうそう。」

 玄関で那空さんが立ち止り、こちらに振り返ってきた。

「忘れ物ですか?」

「違うわよー。夏央くんが考えた春メニュー、おいしかったわ。」

「え!あ、ありがとうございます!」

 いつの間にか食べに来てくれたらしい。

 なんかあれだな。

 周りの人が評価してくれるって、嬉しいな。


「来たぞーミー子。」

「・・・(ひらひら)。」

 こっちを見たミー子が俺に手を振ってきた。

『ささ、早くメタトロン解禁しよう。』

「お、そうだな。」

『前作でメタトロンを使っていたなっちはかなり強かった。』

「そうかな。」

「・・・(こくり)。」

 ミッション内容は、「二人でアスガルド丘陵戦を5分以内でクリアする」だ。

 細長いステージを突破していく戦いだが、敵の数が非常に多い。

 5分というのは非常に厳しい気がする。

 まあ無理もないだろう。

 メタトロンは熾天使と呼ばれる天使の中でも最上位に属する天使だ。

 簡単なはずがない。

「ミー子は何を使う?」

『サンダルフォン。』

 この前解禁したサンダルフォン、もう使えるレベルまで強化したのか。

『なっちは?』

「俺は・・・セラフィエルで行く!!」

 相手が熾天使なら、こっちも熾天使だ!

 行くぞおおおおおお!!


【最速記録更新!07:49!】

 まじかよ・・・。

「これ・・・つらくね?」

『そもそも、セラフィエルってまだ強化してない。』

 なんでだよ・・・。

 確認するの忘れてたよ・・・。

 セラフィエルは強力な範囲攻撃の持ち主。

 三重に設定した円軌道の上をブレードが駆ける仕組みとなっている。

 円軌道は自由に設定できて、強化すると最大八重の円軌道が組める。

 横だけでなく縦にも円を設定できるので、使い方によってはめちゃくちゃ強くなる。

 今作から追加された熾天使だ。

「メタトロンの解禁を割ったら一緒にセラフィエル強化しようぜ。」

『使うの?』

「こいつの攻撃使いこなしてみたいわ。」

『手伝う。』

 よし、まずはキャラを変えよう。

 ミー子の使うキャラはサンダルフォン。

 飛び道具はレーザーを主体とした戦いをする天使だ。

「サンダルフォンってホーミングとかってあるの?」

「・・・(こくり)。」

 ・・・そうか。

「だったら、俺ザドキエル使うわ。」

『私は後方支援?』

「俺が範囲攻撃で撃ち漏らした敵を掃除してくれ。」

『なっちは先陣を切っていくんだね。かっこいい。』

「そ、そうか・・・?」

 そういわれるとちょっと照れる。

 ゲームだけど。

 次こそ行くぞ!!


【最高記録更新!05:32!】

「これ何度かやればいけるな。」

「・・・(こくり)。」

 ボスで時間かからなければいける。

 メタトロン解禁するぞおおおおおおお!!


【ミッション完了。メタトロンが解禁されました。】

「やったあああああああああ!!」

「・・・(ばんざーい)。」

 15回かかった。

 解禁するまでに2時間かかったよ。

『強化しよう。』

「その前にちょっと休憩させてくれ。」

「・・・(こくり)。」

 ぶっ続けで強化する気か。

 ゲームというものは時間を忘れさせてくれる。

 気づけばもう6時だ。

『というか、そろそろ夕飯の支度しないとね。』

「そうだな。食ってから再開するか。」

『私が作るね。なっちは待ってて。』

「いいのか?」

『仕事してきた人を手伝わせるわけには。』

 そういうミー子の言葉に甘えて、俺はゆっくりしていることにした。

 まあ、ミー子も料理は上手だし、任せて問題ないだろう。

 俺はリビングのソファーに寝っころがった。

「・・・。」

 とんとん、、包丁がまな板を叩く音が聞こえる。

 ・・・何も話さないでいると、昨日の会話が思い出される。

「そう言うのは美衣ちゃんにぶちまけなさい。」

 体を起こし、ミー子の方を見る。

 ミー子は今料理に真剣だ。

 つまり無防備なわけで。

 身長は高くないが、座高が低いので足は長く見える。

 すらりと伸びた足を包む黒タイツの存在・・・。

 昨日冬姉に言った通り、俺は黒タイツが好きだ。

 こう、足の魅力を引き立てると思う。

 俺の中で、よくない衝動が頭を出す。

 俺は立ち上がり、ミー子の後ろまで行く。

 抱きしめれば、すっぽり収まりそうな小さい身体。

 女性らしい凹凸はほとんどないが、それもミー子らしい。

 横にハネている髪もかわいらしい。

『どうしたの?』

 ミー子がこちらに気付き、振り返った。

 ・・・俺は今、何をしようとしてたんだろう。

 下手をすれば、ミー子を傷つけるようなことじゃなかったか。

 守るとか言っておきながら、俺は結局そんなもんなんだろうか。

 これが男ってやつなのか。

 ・・・いや、違うだろう。

 約束したことくらい、ちゃんとできなくてどうするんだよ。

 守るんだろ。この子がすべてを取り戻すまで。

 ちょっとくらい冬姉に言われたからって、なに心を乱してんだ。

『大丈夫?』

 突っ立ってる俺を不審がったのか、ミー子が首をかしげた。

「いや、なんでもないよ。あ、なんか手伝えることとかあるか?」

「・・・(ふるふる)。」

 どうやら何もなかったらしい。

『もうすぐできるよ。』

「お、そうなのか。」

『あ、お皿出してくれると助かる。』

「分かった。」

 食器棚から皿を出す。

 ・・・俺も慣れたもんだなあ。食器とかどこにあるかわかるもんな。

 まあそれだけ、一緒に飯を食ってきたってことなんだけど。

『できた。』

 ミー子が作ったのは、鳥大根。

 2人しかいないし、1品だけで十分だ。

 圧力鍋があるからそんなに時間もかからないし、楽だ。

「食べようか。」

『・・・(こくり)。』

「んじゃ、いただきます。」

「・・・(もぐもぐ)。」

 静かな夕食が始まる。

 食事中、俺らの間にほとんど会話はない。

 ミー子は食べてる時にケータイを使うことはあまりない。

 俺から喋っても、反応を示すくらいなので、本当に静かだ。

「お、この大根うまいな。味がよく染みてる。」

「・・・(こくり)。」

「大根自体が苦いわけでもないし、当たりの大根みたいだな。」

「・・・(こくり)。」

 静かだ・・・。


『おいしかった?』

 食べ終わってすぐ、ミー子が聞いてきた。

「ああ、今日もうまかったよ。ありがとな。」

『よかった。』

 表情には出ていないが、なんだかうれしそうなオーラが出ている感じがする。

『お皿洗ってくる。』

「あ、じゃあ俺は風呂掃除しとくよ。」

『ありがとう。』

 2人で家事を分担している。

 ・・・前からこんな感じだったからあんまり深く考えなかったけど、改めて考え直すとなんだか夫婦みたいだな。

 うん、やっぱこういうこと考えるのやめよう。

 なんだか変な気持ちだ。




『じゃあ、続きやろう。』

「おう、やるか。」

 一通りやることも終わり、あとはゲームをやる時間になった。

 今日何時間やるつもりなんだ。

「セラフィエルとメタトロンの強化だよな?」

「・・・(こくり)。」

 メタトロンはミー子もある程度使えるので任せよう。

 俺はセラフィエルを強化するぜ!

「まず円軌道の設定だな。」

 まだ三重しか設定できないため、攻撃範囲は限られる。

 三重ならセラフィエル4体分くらいの範囲かな?

 じゃあ、自分から最も近い位置と、それより一回り離れた位置に1つずつ置こう。

 そして、最も外側の円軌道は範囲を狭くして、敵を空中に打ち上げてコンボをつなげられるように斜め左に切り上げるように配置しよう。

『設定に時間かかるね。』

「んー、まあ、一回決めれば使い続けることもできるからな。配置変えようとしない限り。」

『メタトロンは初期設定でいいかな。』

「そうだな。特にいじる必要はないかな。」

『分かった。』

 天使を強化するには、とにかく敵を倒すしかない。

 メタトロンは炎を使うし、氷の悪魔が多いニブルヘイム掃討戦がちょうどいいだろう。

 敵も多いし。

「難易度はどうする?」

『ハードで。』

「よし、じゃあやりますか。」

「・・・(こくり)。」

 ミー子の目が真剣になった。

 よし、俺もやるぞ!


 - G A M E O V E R -

「キャラクターの弱点を考えてなかった・・・。」

『ダメだねこのステージ。』

 ニブルヘイムは闇の国。

 ステージ全体の見通しが悪く、吹き飛ばしたりすると敵を見失う可能性がある。

 メタトロンの攻撃は、上に吹き飛ばしたり、薙ぎ払ったりなど、敵を飛ばす攻撃が主体だ。

 吹き飛ばして後ろから襲撃、なんてこともあった。

「セラフィエルの円軌道考え直さないと・・・。」

 セラフィエルにも弱点があった。

 ブレードの回転開始点が、すべて右90°から始まる。

 円軌道を逆にして左から開始するように設定しないと、自分から見て左側が無防備になってしまう。

『時間はまだたっぷりある。焦らず行こう。』

「俺、明日もバイトだから11時には帰るぞ・・・?」

『大丈夫、あと3時間ある。』

「風呂も入りたいんだけど?」

『うちのをつかってどうぞ。』

 なにがなんでも強化したいらしい。

 まあ、俺もミー子のレベルに合わせられないと、足引っ張っちゃうからね。

 やれるだけやるか。




「んー、結構育ったな。」

「・・・(こくり)。」

 天使の最大レベルは10。

 2時間ぶっ通しでやっていたら、セラフィエルはレベル8、メタトロンはレベル9になった。

 レベルが上がると、様々な技が解放されていく。

 セラフィエルは攻撃の特殊性ゆえに、新しい技はほとんどないんだけど。

『円、どのくらい組めるようになった?』

「今六重だな。だいぶ手数が増えた。」

 狭い範囲に円を密集させて近寄らせないことも、広い範囲を一斉に攻撃することもできるようになった。

『今度私もセラフィエル練習してみる。』

「いいね。自分で軌道考えて使うの、結構楽しいぞ。」

「・・・(こくこく)。」

 ミー子は頭は悪くない。

 もしかしたら、俺より使いこなせるかもな。

「んじゃ、俺はそろそろ帰るぜ。明日もやる?」

『うん。やりたい。バイト終わったら連絡してね。』

「わかった。じゃあ、おやすみ。」

『おやすみ。てつだってくれてありがとう。』

 家に帰って、すぐにベッドに入った。

 ゲームで疲れていたのか、結構すぐに寝れた。

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