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Please speak!  作者: 長野原春
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誰にだってつらい過去はある

Side 美衣

~6年前~

 私はいつも、幼なじみのなっちと遊んでいた。

 なっちはとても優しい男の子。

 クラスの女の子たちと遊んでいるよりも、なっちと一緒にいた方が楽しい。

 女の子たちはグループを作り、それぞれが干渉することはない。

 自分たちの殻の中に閉じこもっている。

 嫌なことがあってもお互いの傷を舐めあえる、都合のいい存在。

 私はそのどこにも属することはなく、なっちと一緒にいた。

 あんな上辺だけのなれ合い、私は嫌い。

 なっちも、私を拒むようなことはせず、むしろ他の男の子たちも連れてきて仲よく遊んだ。

 男の子たちがおもしろがって私たちをからかってくることにはもう慣れた。

 あれには女の子たちの悪口みたいな悪意はなく、純粋に楽しんでいるだけなんだ。

 男の子は女の子よりも子どもなんだよ、ふふん。

 今日は学校が終わったら何をしよう。

 また私となっちとほかの男の子たちと公園で遊ぼう。

 みんなと鬼ごっこするのも、かくれんぼをするのも、私は好きだ。

 クラスの女の子たちは外では遊ばない。

 なんでなんだろう、こんなに楽しいのに。

 走るのは気持ちいいし、見つからないように隠れるのもドキドキして面白い。

 ・・・もしかして、私には女の子っぽさが足りないのだろうか。

 いやいや、いいの。これが私だから。

 小学5年生になって、周りの女の子の身体がなんだかちょっと女の人らしくなってきたけど、私は全く変化がない。

 わたしきにしないもん!!




 今日も学校が終わった。

 勉強なんかより、外でいっぱい遊んでいた方が楽しい。

 座って先生の話を聞きながら頭を使うなんてすぐに疲れちゃうよ。

「なつおー!遊ぼうぜー!」「今日も高台公園行こうぜー!」「それとも山の中でかくれんぼしちゃうかー!?」

 なっちが男の子たちに声をかけられる。

「なっち、私も行っていい?」

「もちろん!お前ら!みいも一緒に行くで問題ないな!?」

「あったりまえだぜ!」「みいちゃんも、俺らと一緒に遊ぼう!」「さんせー!」

 なっちも、他の子たちも快く了承してくれる。

 高台公園に遊びに行くことが決まった。

 今日も楽しみはこれからだー!

「な、なつおくん・・・。」

 みんなと公園に行こうと思っていたら、女の子が近づいてきた。

 クラスのグループのリーダー格だ。

 いつもは下品に大きな声で笑っているのに、なっちの前になると急に静かになる。

 この子もなっちの事が好きなのかな。

 ふっふーん!でもなっちの事は渡さないよ!

 私が一番なっちに近い女の子なんだから!

「あ、明日、一緒に買い物に行かない?」

 リーダーは伏し目がちになっちにそう聞いた。

「う、うーん。」

 しかし、なっちは困ったように頭をかいた。

 ふふ、残念だったね、なんたって明日は・・・。

「ごめんね、太田さん、明日はみいと映画を見に行くから、一緒に行けないんだ。」

 そう、明日はなっちと二人で映画を見に行くんだよ!

 私はきっと、勝ち誇った顔をしていたんだろう。

 リーダーは私を一瞬にらんだ。

 ふふふ、リーダーさん?気づかないの?

 リーダーの事は苗字にさん付けで呼んで、私の事は名前で呼んでくれる。

 もうこの時点で大きな違いなんだよ!

 なっちは私のものなんだから!

 その日は、いつもよりいい気分でみんなと遊ぶことができた。

 これから起こることなど、私が知るわけがなかった。




 今日はなっちと映画を見に行く日。

 二人で映画を見に行くなんて、これはデートだ・・・!小学生だけど。

 今日来ていく服はいつも着ている服とは違う、ちょっと気合いの入ったやつ。

 少し肩なんか見えちゃってるやつだ。

 いつものTシャツよりかわいくなった気がするぞ、私。

 ・・・この服、学校に着ていくのはよそう。学校が終わってから一回帰ってくればいいや。

 汚れちゃっても困るし。

 結局学校にはいつものTシャツを着ていった。

「あ、なっち、おはよー!」

「あ、みい。おはよう。」

 なっちが笑顔であいさつしてくれる。

 いい挨拶はいい笑顔からって、本当だよね。

 なっちと一緒にいれば何でも楽しいけどね。

「今日の映画、楽しみだな。」

「なっち、ずっと見たがってたもんね。」

「響轟戦隊バクオンジャー、毎週見てるからね。」

「朝早く起きて?」

「あはは・・・、朝はあんまり早く起きれないから、録画してんだ・・・。」

 なっちが困ったように笑う。

 なっちは低血圧だから、朝は弱いもんね。

「楽しみすぎて、今日の授業は頭に入らないかもな!」

「もともとあんま入ってないくせにー。」

「な、なんだとーっ!」

 私となっちは大騒ぎで登校した。




「おー、なつお、みいちゃん、おはよう。」

「おはよう!」

 昇降口で友達に朝のあいさつをする。

 大きな声であいさつするの、気持ちいいね!

 下駄箱で靴を履きかえようとすると、あることに気付いた。

「・・・え・・・?」

 私の上履き、左足の上履きに、画びょうが置いてあった。

「な、なんで・・・?」

 誰かが置いて行ったの?

 なんのために・・・?

「ん、みい、どうかしたの?」

 私の様子に気づいたなっちが話しかけてくる。

 あんまりなっちには心配かけたくないな。

 もしかしたら、これも何かの勘違いかもしれないし。

「ううん、なんでもないよ!」

 だから、私はそれを隠し、笑顔でそう言った。

 変な推測をするよりは、今日の楽しいことを待っていた方がいいもんね。

 席に着くと、なんだか周りの様子が少しおかしいことに気付いた。

 なんだろう、いつもより女の子たちが遠い気がする。

 そしてなんだか注目を浴びている気がする。嫌な感じで。

 私はそんな嫌な感じから逃げたくて、なっちのところへ行った。

「な、なっち。」

「どうしたの?」

 なっちはきょとんとして聞いてくる。

 ごめん、特に用事はないんだ。

 ただ、なんか嫌な感じがして、なっちに頼っただけ。

 とりあえず適当に話題を探す。

「そういえばこんど、バクオンジャーの変身ベルトが出るらしいよ。」

「ほ、本当か!?」

 なっちは目を輝かせた。

 いい話題があってよかったよ。

 なっちと話してることで、すこしは気がまぎれた。

「も、もうすぐおれの誕生日だし・・・母さんに頼もうかな。でも、母さん買ってくれるかなあ・・・。」

 なっちがなんだかぶつぶつ言っている。

 完全に頭は変身ベルトのことしか考えられなくなっている。

 好きなことに一直線って言うのはいいことって、お父さんが言ってた気がする。

 つまりなっちは今いい状態なんだね!

 私はなっちのそんな様子を見ながら、席に戻った。




 早く終われと思うときほど、なかなか時間ってのは進まない。

 この時間をどれだけ待ったことか。

 放課後だー!

「ようし!家帰って映画身に行くぞー!」

 なっちと私は下校の準備を素早く済ませた。

「なっち、帰ろ!」

「おうよ!」

 私たちは教室を早歩きで出ようとした、その時。

「――鏡崎さんってさ、」

「・・・え?」

 私の名前が聞こえた気がした。

「おーい、みいー?どうしたんだー?早く帰ろうぜー?」

 思わず立ち止まってしまった私のために、なっちが戻ってきた。

「あ、うん、ごめんね。」

 ちょっと急いで、私もなっちについていく。

 ・・・何で私の名前が?

 私の頭はそれでいっぱいになってしまった。

 もしかして、もしかしてだけど、朝の上履きと何か、関係があるんだろうか。

 そ、そんなことはないはず。

 でも・・・。

 そればかりが気になってしまい、せっかく用意した着替えも忘れ、映画の内容も全く頭に入ってこなかった。




「・・・。」

 次の日、下駄箱を確認したら、両方の上履きに画びょうが入っていた。

 やっぱり、昨日のは偶然じゃなかったんだ。

 これが世に言ういじめというやつなんだろうか。

 まあ、こんなことをしてきたのが誰だかわかってるからいいけど。

 こんなことをする人は、相手の反応を見て楽しむ人だ。

 それに対抗する手は一つ。

 無視だ。

「みい、怖い顔してどうかした?」

「えっ。」

 なっちが私に近づいてきた。

 なっちには、これは言わないようにしよう。

 もしなっちが知ったら、犯人たちに直接言ってしまうはず。

 そうすれば、嫌われてしまうのはなっちだ。

 私はそんなの嫌だ。

 なっちが嫌われるくらいなら・・・私が嫌われていた方がましだ。




「痛っ・・・!」

 席に着き、机の中に手を入れたら突然、何かが刺さった。

 いや、貫通してはいない。

 机の中を確認してみると、画びょうがあった。


 クスクスクス・・・。


 周りの女子の笑い声が聞こえる。

 やったのはあいつらか。

 私の反応をうかがっていたわけか。

 なら、次からちゃんと確認して、何もなかったかのようにすればいい。

 次からは気をつけよ。




 その日、私の周りにはいろいろ仕掛けてあった。

 そのほとんどが画びょう。

 画びょうしか能がないのかあいつらは。

 ちゃんと警戒していれば引っかからないものだ。

 あれ以来痛い思いもしていないし、このままリアクションも何も取らなければあいつらもつまらなくなってやめるはず。

 ・・・そんな考え、間違っていたと私は気づかなかった。

 次の日から、あいつらからの嫌がらせが加速した。

 何も反応を示さない私にしびれを切らしてしまったらしい。

 今日は足をかけられ、顔からダイブした。

 痛かった。

 おでこを打って、少し腫れてしまった。

 それに気づ言ったなっちがどうしたんだと聞いてきたけど、転んだだけと伝えた。別に間違ってはいない。

 昼休みが終わり、教室に戻ってみると、筆箱がなくなっていた。

 このままだと授業を受けられない。

「なっち、鉛筆貸してもらえるかな。」

「ん、どうした?」

「いやー、筆箱が見つからなくて。落としちゃったかな。」

「おいおいまじかよ。これ使っていいよ。」

 そういって、なっちは私に鉛筆と消しゴムを貸してくれた。

 やっぱりなっちは優しい。

「なっち、ありがとね!」

 私は笑顔でお礼をして、席に戻った。

 その時、

「・・・。」

 気づいた。気づいてしまった。

 席に戻るとき、リーダーが私の事をにらんでいたのを。

 そうか、やっぱりあんただったんだね、リーダー。

 ということは、この嫌がらせ私に嫉妬してるわけか。

 醜いね。

 筆箱は、返ってこなかった。




 次の日、私の机には見るも無残な私の筆箱があった。

 色ペンは折られ、中でぐちゃぐちゃになっている。

 消しゴムや鉛筆はバラバラになって、机を汚していた。

 まあ、こんなことは予想できたので、昨日のうちに新しいものを買っておいてよかった。

 とりあえずやるべきことは、

「なっちが来る前に・・・!」

 机の上の惨状を何とかすることだった。

 私に危害を加えるのは構わないけど、それをなっちに見られるのはまずい。

 なっちは優しいから、きっと私に気を使ってくれるはず。

 だけど、なっちには心配をかけたくない。

 それになにより、いじめられている弱い私を見せたくなかった。

 親にも頼らないよ。

 私は一人で解決するよ。

 ・・・そんな考え、捨ててしまえばよかった。

 そんなに甘いものではなかった。


 日に日に嫌がらせはヒートアップしていく。

 女子とすれ違ったとき、お腹に拳を入れられた。

 トイレに入っている時、何度もドアを叩いてきた。

 体育の時間、バスケットボールが私の顔めがけて何度も飛んできた。

 どれも、先生に気付かれることはなかった。

 それはそうだ。

 目立った外傷も見られないし、別に水をかけられて濡れたわけでもない。

 ただチクチクした嫌がらせを受けているだけ。

 ただ、その嫌がらせはなっちと一緒にいるときには行われなかった。

 主犯はなっちの事が好きなんだから。

 ばれたらなっちに嫌われちゃうもんね。

 私は必然的になっちと一緒にいる時間が増えた。

 ごめんね、なっち。痛いのとかは嫌だから、ちょっと私を守ってね。




「ちょっときて。」

 放課後、なっちと帰ろうとしたら、急にリーダーに腕をつかまれた。

「私、帰りたいよ?」

「いいから来なさいって言ってんの!」

 私は引っ張られて、空き教室まで連れて行かれた。

「ねえ鏡崎さんさ、なになつおくんと仲良くしてんの?」

 いきなりそんなことを言われた。

 何を言ってるんだこの子は。

「幼馴染なんだし、仲いいのは当然でしょ?」

「うるっさいわね!なつおくんは私のもの!あんたになんか渡さない!」

 うっわ、怖いこの子。

 何で私のものとかきっぱり言えんの。

「なっちがあんたに決めたわけじゃないのに?そもそも、呼び方の時点で気づこうよ。あんたは苗字にさん付け、私は名前呼び、違いが分かる?」

「ぐっ・・・!」

「足りない。足りないよ。親密さが。ちょっと考えたらわかることじゃない?」

「う、うるさあああああああああい!!!」

 リーダーがキレて、私に平手打ちをしてきた。

 よけるのは簡単だった。・・・のに。

「えっ・・・!?」

 後ろから、リーダーの取り巻きに羽交い絞めにされた。

 これじゃあ身動きが取れない。

 そのまま引きずられ、私は掃除ロッカーに放り込まれた。

「・・・っ!!!」

 その瞬間、私は固まって動けなくなってしまった。

 なんでか、そんなの簡単だ。

 私は狭いところが苦手だ。

 小さい時に何があったか知らないけど、私は狭いところが苦手なのだ。

 ほんとは、トイレのドアを叩かれたときも相当怖かった。

 ガン!!!

「ひっ・・・!?」

 ロッカーが強くたたかれた。

 思わず声が出てしまった。

 ガン!!!ガン!!!ガン!!!

「こ、怖いっ・・・!」

「あっはははははは!!!」

 リーダーとその取り巻きは、面白がって何度もたたいてくる。

 怖くてたまらなかった。

「う、うぅ・・・!!」

 ロッカーの隙間から見ると、クラスの女子の半分以上が集まっていた。

 そうか、私、そんなに嫌われてたんだ。

 ・・・いや、なっちが人気なんだ。

 やっぱりなっちはすごいなあ。

 そんなことを思っていると、体が斜めに傾いた。

 何事かと思って隙間から除く覗くと、女子が力を合わせてロッカーを持ち上げていた。

 実際このロッカーはそんなに重くない。

 私の体重分があっても、何人かいたらすぐに持ち上がってしまう。

「や、やだ!!やめて!!」

 私は懇願した。

 でも、ロッカーは持ち上げられたまま進んでいく。

 何をする気・・・!?

 何がなんだかわからないまま、私の体に激痛が走った。

 あまりの痛みに、私は意識を失ってしまった。




 ・・・目を覚ますと、白い天井が広がっていた。

 病院・・・?

 私の腕や首、頭には包帯が巻かれ、足はギプスで固定されていた。

「美衣!!」

 状況を理解しようとしていると、大きな声が響いた。

 声の主は、私の母親だった。

 お母さんは私が目を覚ましたことを喜んだあと、すぐに泣きだして怒っていた。

 何で相談してくれなかったんだと。

 私があの時どうなっていたかも説明してくれた。

 どうやらあの時、2階の窓からロッカーごと投げ落とされたらしい。

 さかさまになった私は頭を強打して頭蓋損傷、そのまま意識を失った。

 首の骨にはひびが入り、足は骨折していた。

 私は5日間の間、起きなかったらしい。

 そして、この件は大問題となり、現在学校は休校中、犯人たちは特定されてこの町から出て行ってしまったらしい。

 それはうれしいのだが話を聞いていたら痛みが強くなってきたので、睡眠薬を打ってもらって私は寝た。




「・・・。」

 目を覚ますと、目の前にはなっちがいた。

「み、みい!」

 なっちは私に気付くと抱きついてきた。

 瞬間、体に激痛が走る。

「ぐうっ・・・!!」

「あっ!ごめんっ!」

 なっちがあわてて私から離れる。

 だ、大丈夫、大丈夫・・・。

「俺・・・、みいがいじめられてることに気付いてあげられなくて・・・。自分が情けない・・・!」

「い、いいんだよ。隠してたのは私だし。」

「でも、俺が気付いてあげられたら、こんなことにはならなかったのに!」

 なっちが泣き出した。

「男の子がみっともないぞー・・・。」

 そういっても、なっちは泣いている。

「みいがこんなことになるなんて、思ってもいなかった。」

「私も、一人で解決しようとしてなかったら、こんなことにはならなかったのかな。」

 自分の考えがどれだけ甘かったか、今分かった気がする。

 なっちの方を見ると、なっちがなんだか真剣な表情をしている。

 そして、なっちはこういった。

「大丈夫、みいはもう、一人で解決しようとしなくていいよ。」

「どういうこと・・・?」

 意味が分からなかった。

「これからは俺がみいを守る。」

「なっち・・・?」

「俺は今回のこと、ものすごく後悔してる。だから、自分の気が済むまで、俺がみいを守る。いいか?」

 なっちがそんなことを聞いてきた。

 自分のために私を守るといった。

 私のためではない。

 それでも、なっちは私を守ってくれるといった。

 なら、それを喜んで受け入れよう。

 私はなっちが好きだから。大好きだから。

「分かったよ。何があっても、私を守ってね。」

「おう!任せろ!」

 なっちが胸をどんと叩いた。

 その時、

「美衣っ!!」

 お母さんが悲痛な声をあげながら病室に入ってきた。

 よく見たら泣いている。

 いったい何があったんだろう。

「美衣っ!美衣ぃぃっ!!」

 お母さんが私の肩をつかんで揺らしてきた。

 なっちはいきなりのことで目を白黒させている。

 あの、揺らすのはとても痛いのでやめていただきたい。

「えっと・・・、どうしたの?」

 とりあえずお母さんに聞いてみる。

「パパと風羽が・・・交通事故で死んじゃった・・・。」

 世界が壊れる音がした。




 次の日、目を覚ました私は、声が出なくなっていた。

 口を開いても、声が出ない。

 医師には、心因性の失声症と言われた。

 それを聞いたお母さんは、また泣き出した。

 それを見て、なぜか私は何の感情もわいてこなかった。

 声と一緒に、表情も失った。

 いや、表情の変え方を忘れた。

 もう疲れてしまったんだ。

 私は病室で、なっちに抱きしめられていた。

 痛いなんてことも忘れて。

「絶対、絶対、これから何があってもみいを守る・・・。いつか、絶対に喋れるようにしてやる・・・。俺のそばにいてくれ・・・。」

『疲れちゃったよなっち。私のそばで、一緒にいて。』

「ああ、約束する・・・。」

 病室の空気は、死んでいた。

 それから退院した私は、学校に行くこともなく、引きこもりになった。

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