人の話聞かない人っているよね
今日は朝から雨が降っていた。
人間は雨とか曇りだと体からなんちゃらホルモンが分泌されてやる気が減少するらしい。
あーやる気でないなー寝たいなー。
「今日学校早退しようかな。」
『なっちにやる気がないのはいつものこと。』
「そうですかね・・・。」
いや、まあいつも眠いんだけどさ。
苦手な授業は基本的に寝ている。
だからいつまでたっても成績が上がらないんだな。
いいもん!化学なんかなくたって困らないもん!
俺は春女さんじゃないんだから。
「んで、さっきから気になってたんだけど何で俺たち相合傘してんの?」
家を出た時からミー子は俺の傘に入ってきていた。
『傘壊れた。』
「嘘おっしゃい。1週間前に買ったばっかりだっただろ。」
確か。
『学校に傘忘れた。』
「最初から素直にそう言えよ・・・。」
『なっちがとても近い。』
「いやなら傘から出てもいいんだぜ。」
『なっちはひどい。私に風邪を引かせるつもり。』
「風邪引かせるつもりだったら最初から追い出してるっつの。」
『なっちは優しい。』
「はいはい。」
こういうのを手のひら返しって言うんだな。
「あ、そうそう。今日の夜母さんと春女さんが家にいないからそっちのお邪魔していいか?バイト終わった後になるけど。」
『いいよ。うちもお母さんいない。』
Oh・・・。
お、お互いの両親がいないとな。
これは・・・。
『昨日の続きやろう。』
そうだねこいつはそういうやつですよ。
ちょっと期待しちゃった俺がバカみたいだ。
まあいいよ、俺もメタトロン使いたいし。
あ、靴に雨が染みて靴下が濡れてきやがった。
早く学校に行って靴を脱ぎたい。
「おっはよーアヤ、かがみん。」
「お、おはよう、夏央、美衣ちゃん。」
教室に入ると、祈木と京介がいた。
「あれ?何で京介がいんの?お前いっつも遅刻ギリギリじゃん。」
「いやー、雨降ってたから少し早く出たら早く着きすぎちゃってな。」
『2人ともおはよう。』
「そういえば、今日あの先生の初授業だよね。」
あの先生とは、吉田優のことだろう。
「日本史、どうなるかね?アヤはどう思う?」
「あの先生の喋り方的に、楽しい授業にはならなそうだけどな。」
「でも夏央が授業聞くってんならちょうどいいんじゃねえの?」
「ああ、授業起きてることにするよ?」
『授業をちゃんと聞くとは言っていない。』
まあ、日本史は得意だし、ノート取ればいいかな。
あの先生の話聞いても面白くなさそうだし。
英語、数学は苦手な人が多いんじゃないか。
数学は俺も苦手だ。
公式を覚えるのが苦手だ。
それさえ覚えれば何とかなるとは言うが、まず覚える量が多すぎる。
大学にある数学科というものに入学すると変態扱いされるそうだ。
そりゃあ、数学を究めようとするやつとかドMでド変態に決まってる。
英語は、まあこれからの国際社会、絶対必要になるんじゃないかと思う。
最近では小学校低学年の授業にも英語があるらしい。
大変だな、チビッコたちも。
「絢駒、このベクトルは分かるか?」
「まったく分かりません。」
「お前次赤点だったら追試なしで留年な。」
「それはひどいっすよ!ま、絶対取らないけど!」
俺は絶対に赤点は取らない。
得意な文系はともかく、化学や物理、数学はテスト前に春女さんやミー子に教わっている。
大体テスト終わったらすぐ忘れるけど。
もう数学はいいや。寝よう。
さて、もうすぐで問題の日本史だ。
どうなる・・・?
「お前のことは俺が先生に説明してやるからな、ミー子。」
「・・・(こくり)。」
いくらなんでも病気だから先生は許してくれるだろう。
キーンコーンカーンコーン♪
みんなは静かに前を向いて先生の話を聞く体勢をとっている・・・が、先生が来ない。
時間通りに来ないタイプの先生か。
そう思っていると、教室の扉が開いた。
クラスに緊張が走るのが分かる。
「授業を始めまーす・・・。」
あの気持ち悪い声が聞こえてきた。
「と、その前に自己紹介ですね・・・。えーと・・・、前は、海口工業高校にいました、吉田優です・・・。よろしく・・・。あ、先生の授業では静かに話を聞くように・・・。」
と、そこで先生はお辞儀をした。
なんだろう、普通に先生なんだろうか。
あ、先生にミー子の子と説明すんの忘れてた。
「えー、では・・・。一人ひとり名前を呼ぶので・・・、呼ばれた方は、自己紹介してください。先生にちゃんと聞こえる声で・・・。では、絢駒君。」
いきなり自己紹介をしろと言われた。
やっぱり出席番号1番って本当に嫌だ。
まあ呼ばれてしまったもんは仕方ない。
「はい。草之中出身、絢駒夏央です。よろしくお願いします。得意教科は日本史です。」
「へぇ・・・。」
得意教科が日本史というところがお気に召したのか、先生はにやっと笑った。
非常に気持ちが悪い。
「えー・・・、では次・・・。祈木さん。」
「はい!鳶ヶ谷中出身、祈木陽花です!得意教科は数学!よろしくお願いします!。」
「・・・。」
今度はお気に召さなかったのか、下を向いて黙り込んでしまった。
なんだこの先生。
リアクションがおもしろ気持ち悪い。
横を見ると、ミー子がまたスケッチブックに自分の紹介を書いている。
そして、俺らの後ろの人たちの自己紹介も終わり、ミー子の番になった。
大丈夫だろうか?
「では次・・・。鏡崎さん。」
「・・・(こくり)。」
ミー子は頷いてから立ち上がった。
それを見て、先生は、
「あれー?鏡崎さん、いませんかー・・・。」
そんなことを言った。
どういうことだ・・・?
「おかしいですねえ・・・。先生はちゃんと聞こえる声でって言ったんだけどなぁ・・・。なんですかねえ、そのスケッチブックは・・・。」
ああ、そういうことか。
「あの、先生。」
「おやあ?今は絢駒君には何も聞いていませんねえ・・・。黙っていなさい。」
「いや、あの。」
「うるせーな・・・。聞こえなかったのか・・・?」
いきなり先生が睨んできた。
俺はびっくりして、黙ってしまった。
「おーい、答えろよ・・・。もしかして、声が出ないのかなあ・・・?」
「あ、あの、先生!」
祈木が立ち上がった。
すると、
「うるっせーなあ!!他は黙れっつってんだよ聞こえなかったのかぁ!?」
いきなり先生がキレだした。
「早く何とか言えよ鏡崎!てめー普通の高校に来てんだろう!?しゃべれねーなんてのは甘えなんだよ!!そんな弱いやつは障害者用の学校にでも行ってろよ!!」
先生が大声をあげながらミー子に近づいていく。
ミー子は明らかに動揺している。
一瞬、ミー子はこっちを見た。
「俺は今お前に話してんだよ鏡崎!!こっちを向け!!あ!?絢駒の方向向いて何があんだよ!?なんとか言えっつってんだろ答えろ!!」
先生は今にもミー子に手を出しそうな勢いだ。
「しゃべるのにこんなもんいらねえだろ!?」
そういって、先生はミー子のスケッチブックを奪い取った。
「ほらなんか言ったらどうだ!?」
先生がミー子に掴みかかった。
まずい!!
俺は先生に殴られるの覚悟で立ち上がり、先生の腕をつかんだ。
「何すんだ絢駒!」
「いってぇ!!」
先生が俺の脚を蹴ってきた。
それのおかげか、ミー子から先生を引きはがすことができた。
自由になったミー子は、
「・・・!」
教室から飛び出していった。
「ミー子!!」
俺もミー子を追いかけて、教室を飛び出した。
「アヤ!ちゃんとかがみんを捕まえておくんだよ!!」
後ろから祈木の声が聞こえた。
言われなくたって捕まえてやるよ!
ミー子はすでに靴をはきかえ、学校を出ていた。
あいつ・・・!雨の中外にでやがった!
「ミー子!!風邪引くぞ!!」
俺がそう叫んでも、ミー子は無視して走っていってしまう。
「仕方ねえ!!」
俺も靴をはきかえ、学校を飛び出した。
4月の雨はまだ冷たく、俺の体を急激に冷やす。
早く何とかしないと、俺もミー子も風邪を引いてしまう。
学校に連れ戻さなくてもいい。せめて、家にでも入れられれば・・・。
と思っていたが、一つ問題があった。
ミー子は足が速かった。
雨に濡れて制服が重くなっているというのに、一向に追いつけない。
というかむしろ引き離されてる気がする。
だけど、ここで見失ってしまったら、ミー子が何をするかわからない。
また、ミー子を守れなくなってしまう。
「諦めてたまっかよ!!」
強い雨の中、俺はミー子を必死に追いかけた。
どれくらい走っただろうか。
すでに体は限界を迎え、足が悲鳴を上げている。
ミー子は逃げ回っていたかと思ったが、目的地はあるようだった。
よく考えてみれば、それがどこだかすぐにわかった。
草之中学校の裏山にある高台公園だ。
前からあいつは何かあるとあそこに逃げ出していた。
最近ではそれもなくなっていたが。
息を切らしながら高台公園まで行くと、雨の中、ベンチに座ってうつむくミー子の姿があった。
「おいミー子、大丈夫か!?」
ミー子の肩をつかみ、呼びかけてみる。
すると、ミー子は俺の腰に手を回し、抱きついてきた。
「ぐすっ・・・。っ・・・。」
「・・・!」
ミー子は泣いていた。
泣いているのを見るのはいつぶりだろうか。
普段は表情を一切変えないミー子が、泣いている。
「ミー子・・・。」
どうしていいのかわからず、俺には頭を撫でることしかできなかった。
なんだよ・・・。いざこういう状況になってみたら、結局守れなかったじゃねえか・・・。
目の前でミー子が泣いてるじゃねえか。
なんもしてやれない自分が憎かった。
なんて声をかければいいんだ。
そうだ、今は雨が降っているんだ。このままだと二人とも風邪を引いてしまう。
「ミー子、とりあえず、家に戻ろう。」
「っ・・・(こくり)。」
ミー子は静かに俺についてきた。
ミー子の家に入り、濡れているミー子を着替えさせた。
「すまん、ちょっと俺も一回家に戻って着替えてくる。寒いわ。」
そういって、家に戻ろうとすると、
「・・・っ。」
ミー子は俺についてきた。
「ミー子?大丈夫、着替えたら戻ってくるから。」
「・・・(ふるふる)。」
ミー子は首を振って、ぴったりと俺にくっつく。
「俺も服濡れてるんだから、また濡れちゃうぞ。」
そういってもミー子は離れようとしない。
『こわかった。おねがい、そばにいて。』
後ろからぎゅっと抱きついてくる。
よほど怖かったんだろう。
ミー子の体はまだふるえていた。
「わかった。今日は一緒にいてやるから。その前に着替えさせてくれ。このままだと俺風邪引いちゃう。」
「・・・(こくり)。」
ミー子は納得して離れてくれたが、俺の家までついてきた。
「着替えたらすぐ出てくるから。ちょっとだけ部屋の外にいてくれ。」
「・・・(こくり)。」
濡れた制服を脱ぎ、部屋着に着替える。
床に置いとくとカビちゃうな。
洗濯機にでもぶち込んでおくか。
「お待たせ。」
『待った。すごく待った。』
1分も経ってないんだけど・・・。
「ミー子、寒くないか?」
『とっても寒い。』
そりゃあそうだ。さっきまでずっと雨の中走っていたんだから。
寒くないほうがおかしい。
「ミー子、シャワー浴びてこいよ。俺はリビングにいるから。」
「・・・(ふるふる)。」
ミー子は首を縦に振らなかった。
「風邪引くぞ?」
『寒い。でも一人は怖い。』
「ほう。一人は怖いっていっても寒いんだろ?」
『寒い。だから、一緒に入って。』
「・・・は?」
やっぱりシャワーだけでは温まれないかもしれないため、風呂を沸かし、一緒に入ることになった。
最初は気が引けたが、傷ついておびえているミー子を見ると、放っておけるわけがなかった。
そうだ。小さい時にあの子を守るって決めたじゃないか。
あの子が望むなら、何でもしてあげるって。
ただやっぱり裸は恥ずかしいのでタオルは巻かせてもらった。
ミー子も体にタオルを巻いている。
本当は体を見ないように背中合わせがよかったのだが、ミー子が嫌がったためにお互い向き合っている。
ミー子曰く、『体なんて見られたって今さら』だそうだ。
ミー子がいつもつけているヘアピンは外され、留められていたところがハネている。
「お湯、熱くないか?」
「・・・(こくり)。」
「狭くないか?」
「・・・(こくり)。」
「背中、向けてもいいか?」
「・・・(ふるふる)。」
やっぱり背中は向けられなかった。
いや、ミー子が見られて気にしなくても俺は気にするんだよ?
今はそんな場合じゃないんだけど。
『体洗う。』
ミー子がそう手話で話しかけてきた。
ケータイでの会話ができないので、ミー子が会話する手段は手話しかない。
「分かった。」
『背中洗って。』
「俺が?」
「・・・(こくり)。」
・・・俺がミー子の背中を流すのか。
いやいや、ミー子に頼まれているんだ、やるしかない。
「分かった。ミー子の背中、流してやる。」
「・・・(こくり)。」
俺とミー子は風呂を出た。
久しぶりに見るミー子の背中。
小さい時に見たものより大きくなっていたが、女性らしい綺麗さが表れていた。
なるべく鏡は見ないようにして、シャンプーを手に取る。
「まず髪洗うぞ。」
「・・・(こくり)。」
手で泡立て、できる限り優しく洗う。
『きもちいい。』
ミー子が手話でそう伝えてきた。
「それはよかった。」
髪が短いミー子だが、髪質は悪くない。
「髪、きれいだな。」
『一応、女ですから。』
一応ではないだろう。
シャワーで洗い流し、コンディショナーをつける。
なるべく丁寧に。
「よし、じゃあ、背中流すぞ。前は自分で洗えな。」
「・・・(こくり)。」
ボディースポンジを泡立て、ミー子の背中を洗う。
「・・・(びくっ)。」
突然、ミー子が体を震わせた。
「ど、どうした?痛かった?」
「・・・(ふるふる)。」
痛かったというわけではないらしい。
「大丈夫か?」
『優しすぎてくすぐったい。気遣いはうれしいけどもうちょっと強くお願いします。』
ミー子がこっちを向いた。
「か、体はこっち向けんな。」
再び、ミー子の背中をスポンジでこする。
少しだけ強く。
『いい感じ。』
ミー子は親指を立てた。
シャワーでミー子の体を流し、背中流しは終了・・・と、思っていたが。
『お背中、お流しいたします。』
ミー子がそんなことを言ってきた。
しゃべってないけど。
「い、いや、いいよ。自分の体くらい洗えるから。」
「・・・(ふるふる)。」
ミー子は引き下がらない。
「とりあえず、タオルを巻いてくれ。見えちゃうから。」
「・・・(こくり)。」
俺はミー子に背中を向けた。
「いいか、前は俺がやるから。いいな?」
「・・・(こくり)。」
ボディースポンジが俺の体に触れる。
力加減がちょうどよく、とても気持ちいい。
・・・が、あんまり気にしていられない。
早く体を洗っちまおう。
「げほっ・・・はい、すいません・・・。」
『うーん、風邪引いちゃったなら仕方ないねー。でも、社会人になったら体調管理も仕事のうちだからね?気を付けないとだめだよー?』
「はい・・・。」
『治ったら、明後日のバイトよろしくね。あ、明日はあれがメニュー入りするからね!』
「はい・・・、ありがとうございます。」
『お大事にねー。』
「はい・・・。」
風呂から上がった俺は、まずバイト先に電話をした。
本当はバイトに出なければいけないところだけど、こんな状態のミー子を放ってはおけない。
風邪を引いたということにしておいた。
まあさっきまで寒かったし。
「・・・くしゅんっ。」
ミー子がくしゃみをした。
「大丈夫か?風邪引いちゃった?」
「・・・(ふるふる)。」
本当に大丈夫だろうか。
とりあえず体温計を渡しておこう。
「一応、熱測っといて。」
「・・・(こくり)。」
ケータイを見ると、祈木からメッセージが入っていた。
『アヤ大丈夫!?ちゃんとかがみんは捕まえられた?吉田とかいうゴミにはちゃんと説明しておいたし、あいつも今度謝るって言ってたから大丈夫だよ!多分!』
多分って言われるとものすごく心配なんだが。
俺はもうあの先生は信じない。
まずミー子に向かってちゃんと謝ってほしい。
そしてもう乱暴なことは言わないと誓ってほしい。
ってか、学校やめてください。
今からでも遅くはないんで先生チェンジの方向で。
「・・・(くいくい)。」
ミー子の袖を引っ張られた。
「なんだ?」
「・・・(すっ)。」
ミー子が体温計を差し出す。
そこには、【36.8】と表示されていた。
「問題ないみたいだな、よかった。」
「・・・(こくり)。」
さて、ここからどうしようか。
学校を飛び出してきてしまったため、まだ午後3時だ。
やることないし、冷蔵庫には食材があるので買い物に行く必要がない。
というか、雨が降っているので外に出たくない。
実際高校生なんて学校がないとヒマなもんだ。
ソファーに座ると、ミー子が俺の腿の間に座ってきた。
「お、おい、ミー子?」
ミー子はそのまま、俺に体を預けてきた。
ミー子の体は暖かかった。
『お願いがある。』
「お、おう。なんだ。」
『ぎゅっとして。』
ミー子の体に腕を回し、抱きしめる。
「これでいいか?」
「・・・(こくり)。」
このままでいろということだろうか。
「・・・。」
そのまま、ミー子はケータイをいじり始めた。
何か言おうとしているんだろうか。
そのまま1分ぐらい待った。
ミー子が顔だけこっちを向き、ケータイを見せてきた。
『とっても怖かった。泣いちゃうくらい怖かった。喋れないことは甘えなの?私がいけないの?』
「ミー子は悪くないよ。人には理解が必要なんだ。あの人にはそれが足りないだけなんだよ。」
『あの人に言われて、ちょっと昔の事思い出しちゃった。やっぱり、嫌なことって忘れられないもんだね。』
「昔、か・・・。」
それを聞いた俺は、自然と抱きしめる力を強めていた。
『痛いよ、なっち。』
「ああ、ごめん・・・。」
俺も、ちょっと昔のことを思い出した。
忘れたことなんてないんだけど。