ぼんやりとした世界の終わり
「私はね、この星に骨を埋めたいんだ。地球という、私の生まれ育っだった、私の家族が眠っているこの星にね。……君たちが新しい星に向かった先で、またきっと同じことは起こるよ。人間ってそういうものさ。どこまでも欲深い、理性があるって言われてる、本能に従う生き物。まあ、これは私の考えなんだけど。君みたいに科学的根拠があって言ってる訳じゃないから、本気にはしないでよ?……ほら、初めに会ったとき言ったでしょ?私は超能力者だって。それを今証明してあげる。何十億と経ったあと、君たちはまた失敗するよ。きっと、失敗する。そして、また別の星へ移り住むことになるんだ。そのときには、私と同じようにそこに残る子がいる。絶対にね。あぁ、そんな泣きそうな顔しないで!私はただの予言を言っただけ。科学主義の君にもこの未来は予想できるでしょ?今はただ逃げてるだけだって。だから、さ。今度は逃げないでよ。次の星は守ってよ。あなたがきちんと守ったか、この目で確かめられないのは、無責任だけど。あぁ、それから、ごめんね、一緒に生きてあげられなくて」
彼女はそういうと、くるりとスカートを翻して僕から背を向けた。
「……今日は珍しく星がきれいに見えるよ。ほら、月も綺麗。君と見る最期の月だからかな?ふふふっ、あなたと見る月は、綺麗ですね。だっけ?」
僕はなにも言えなかった。
「なにも言わないんだね。声くらい聞かせてほしかったな~」
おどけたように彼女はそう言う。
「あの、もう時間が……」
連れてきていた仲間の独りが彼女に気を使ってか、小さな声でそういってきた。
「もうそろそろ時間?」
彼女は地獄耳だ。どんな音でも聞き取ってしまう。僕はそれも超能力の一種ではないかって疑っていた。
それも、今日で終わりだ。
「うん。そうみたいだ」
言いたいことはたくさんあった。しかし口から出たのはたったそれだけだった。長年連れ添ってきた彼女にたいして、たったそれだけ。
「やっと喋ってくれたね。そっか、もう終わりか。永遠の別れっていうのは、存外あっけないものなんだね」
「そうだね。でもなんでだろう。僕は全く寂しくないんだ」
不思議だよね、そう告げると彼女はふわりと笑った。僕が大好きな彼女の笑顔だった。
「奇遇ね!私もよ。なんだか明日の朝にまた会えそうな気持ちなの」
「ははは、僕もそんな気持ちがしてきたよ」
そういって僕が笑うと、彼女もつられたのか笑う。このままだと本当に明日の朝にはまた会えそうだ。
「さよなら」
彼女は笑顔のままそう言った。
「さよならだ」
僕も笑顔のままそう言った。
僕と彼女の間には、なんの障害もなかった。あるのはたった一メートルほどの、一歩か二歩踏み出せば届くとても短い間だけだった。
それは、踏み出してしまえば真っ逆さまに落ちてしまう、穴だと僕は思っている。
別れを切り出したあとは早かった。元々時間も押していたから、素早く船に乗り込んだ。彼女の言った、空へ飛ぶための箱。僕とごく少数の仲間が乗るためのものだから、船はかなり小さめだ。
定員は十名。ついでに言えば、僕と仲間は九人。
彼女にも乗ってほしかった。それが僕の本音だった。でも彼女は乗らなかった。やっぱり、乗ってくれなかった。
僕は船に、一番最後に乗った。
少しでも、彼女の触れている空気に僕も触れていたかったからだ。
さらにいってしまえば、僕もここに残りたかった。次の星には僕の求める理想はない。ここで語られていた理想は、あの星についてしまえば潰えるだろう。彼女がそう言っていたように。
そもそも、僕は新しい星につくまで生きられない。この星の毒に何年生身でやって来たと思っているんだ。彼女の生きざまに何年付き合ってきたも思っているんだ。ただの綺麗な空気なんて、今の僕には毒でしかないのに。
無事八人めが船に乗り込んだ。次は僕の番だ。船のガラスの向こうで、専用の防護服からいつも来ている服に着替えようとしている様子が見えた。
このまま、乗らないでいようか。
彼女はまだ僕に背を向けたままだ。僕が乗らなくても気づきやしない。
「船長!」
「今行くよ」
それが無理なのは、僕が一番よく知っている。この船の長は僕だ。一番操縦にもなれていた。
僕がいないと彼らはここから脱出もままならないだろう。彼らが知っているのは簡単な操縦だけだ。それだけでここを飛び立ってほしいなんて。死んでくれといっているも同然である。
一歩一歩、短い階段を上っていく。後ろは見ないように。心がもう、揺れないように。
最期の階段を上りきったとき、僕はもう二度と会うことは叶わない恋人に最期の言葉をもう一度だけ呟いた。
「さよなら。美しい月が似合う君。君と見た月はすべて綺麗だったよ」
地獄耳の彼女ならきっと聞き取ってくれるだろう。さよなら。
船に乗り込んで、今日初めて空を見上げた。あぁ、月なんて見えないじゃないか。僕はまた彼女に騙されたみたいだった。
空はずいぶん昔から厚くどす黒い色をした雲が覆っていた。美しい青色空を見たのは、昔に一度見たきりだ。
両親が言うには、今になってその青のありがたみに気づいたらしい。また見たい。それが最期の言葉だった。両親ともに、それが。
ならば僕も最期には彼女と同じ言葉を言いたい。あぁ、でもそうしたら最期の言葉はさよならになるのか。
帰る星を捨て、新しい星も受け入れがたい僕はどこにさよならするんだろうか。そしてそのあとは、どこに行くんだろうか。
まだ分からない。しばらくはしぶとく生きてやろうかと思うからだ。
その内にあっけなく死んでしまいそうな気もするが。
彼らの恐れる故郷の毒を新鮮な空気で、僕にとっては毒そのものでふるい落とす。全身に強い風を当てられる度に体が軋む。
「船長!……本当によかったんですか?」
故郷の毒を落としたあと、船員である彼らの一人がそう僕に問いかけてきた。
「彼女がそう望んだからね。ほら、そんな顔するな。早いところ出発しないと母船に追い付けないよ」
なんとも言いがたい顔をした彼らをほらほらと操縦室へと急かす。本当に時間はギリギリなんだ。有限のものなんだ。
彼らを操縦室に向かわせている途中、なんとなく窓を見た。彼女はもうそこにはいなかった。
しかし、そこに直前まで彼女がいた痕跡があった。白旗がたっていた。彼女はいつも、僕が歯の浮く台詞をいうと勘弁!といって持ってもいない白旗をあげるフリをする。
やっぱり彼女の超能力は地獄耳だ。
操縦室に入り、それぞれ定位置につく。
出航だ。
メモ書きからちょっとしたお話に展開しちゃいました。
世界の終わり系統のお話がすごく好きです。もっと詰め込みたかったけど無理でした。無念。
こういうお話がどんなものに該当するか分からなくて一応宇宙に飛び出すし、ということでSFにしましたが該当してなかったら申し訳ないです。
こんなところまで読んでいただき、ありがとうございます。