第一句
秋。
と言ってももう終わりがけの11月中頃。
突然未知の生命体から魔法少女になってよと言われることもなく、ツインテ美少女が空から降ってくることもない。ましてや廃校の危機に出くわしてアイドルになるわけでもなく……。
木葉真凛は今日も平凡な1日を過ごす予定だった。
そう、弁論大会に出場する以外は。
弁論大会:学園が創立されてから毎年欠かさず行われている行事の1つ。各学年代表1人。
私が弁論大会の出場者に選ばれた日から何度この項目を見ただろう。
私の通う葵学園は中高一貫で、入学するとタブレットが渡される。ASTと呼ばれるものだ。生徒証の代わりとなるそれは、学校行事の詳細を検索することができるのだ。
私はこの項目に何度も付け足したいと思った。
「毎年1位は後期3年、2位は後期2年、3位は後期1年。まれに前期3年の入賞もあるが、前期1・2年の入賞は過去にない。」
前期、後期というのは中学、高校と同じ意味を持つ。つまり入賞は毎年高校生ばかりということだ。
もちろん今年も例外ではない。
前期2年の私は予想通りの5位。眺めるだけの表彰式のあとに先生たちにつかまり、長々と話をしているとすっかり遅くなってしまった。
講堂から教室に戻ると、すでにクラスメイトの大半は帰ってしまっていた。
「お疲れ様。」
「ありがとう。」
実はこのやり取りが一番疲れる。早く帰ってしまおう。
そんなことを考えながら鞄に教科書を突っ込む。あ、国語はいいや。宿題ないし。
そのとき、机の奥の何かに手が当たった。嫌な予感がした。そしてそれは的中。
返却期限がとっくに過ぎた本だった。
図書室へ向かう過程で、本を延滞した回数を数えてみた。
何度数えても17
試しにもう一度。
1年生のときに11回
2年生になってから6回目
流石に……怒られるなー……はははー……
1人で笑っている変な人になりながら図書室の扉を開く。
図書室担当者である柊さんはとても優しい。
だからこそ、17回も延滞するのだろうが……。
「来たよ、延滞のお姫様が」
案の定、いつもの笑顔でそう言われた。
お姫様ってことは、女王がいるのか…………
「で、今回の言い訳は?」
「弁論大会の練習が……はははー……」
笑って済ませるもんだな。意外と。
「弁論大会、何喋ったの?」
あー、それは聞いちゃだめなんです、許してください。
「それはーまぁーはははー……」
「現代社会と俳句の結びつき、よね?木葉さん。」
はははーそうなんですよー
俳句なんか微塵も興味ないのに担任の趣味でこうなっちゃいましたーはははー……
「やっぱり木葉さん、いいと思ってたの。もしこのあと時間あるなら、文芸部見学してみない?」
文芸部ですかー、そうですね、時間ありますし。見てみます。
なーんてちょっとも思ってないけど断れないんだよねー、昔から。
仕方ないか、ははははー………
「って!文芸部!?」
「そうよ、文芸部。俳句について語ったくらいなんだから、俳句に興味あるでしょう?」
そこにいたのは、1年生の時の国語担当だった新原美歌先生。
年齢不詳の美人だ。ハスキーボイスなのがまたいいよね。
じゃなくって
俳句だと?
夏休みの俳句の課題はネットから引用してる私が?
いやだからあれは担任の趣味だって!
なーんて言ったって断れない性格なのは昔から。
「まぁ、ないことはないですが……」
と、どっちつかずの返事をする。
「そうよね!やっぱり木葉さんに目をつけてて正解だったわ!今からディベートするの!!さあ、こっちに来て!」
いつになく強引な先生に圧倒され、私は半分引きずられながら図書室の奥へ向かうのだった………