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わたしの愛しい幼馴染は

わたしの幼馴染はどうやら最近なにかがおかしい

作者: ゆん

わたしの幼馴染はどうやら最近なにかがおかしい。


と、わたしはこんなことになるまで全く気が付かなかった(泣きたい)。












やたら笑顔で驚きの宣言をした(他称)イケメンことわたしの幼馴染(バカ)は、最近なんだかどうにもおかしい。


「あかり!」


廊下の端から大声で呼ばれる。まじでやめて欲しい。まじでまじで、最近ヤツはやたらとわたしに構われたがる。超笑顔で。犬かっての。


「あかりあかり。今日の弁当の卵焼き、いつもと違った?あれ美味かった、明日もあれが良い」


そして内容すらもロクなことがない。

あり得ない。ぬおおおおおって感じ。

おかしいな、わたしこんなにアホっぽいキャラじゃないのに。この男とりあえず首締めたい。










「あかり。俺、好きな子できた」


あの日、そう、あの日。わたしは実はめちゃめちゃ驚いた。いや、猛烈に呆れたと言うべきか、だって散々、さんっざん悩んでたのが、そんなくだらないことだったなんて、大いに脱力ものだ。…いや、やつにそんな高度な悩み事なんて出来るはずないのだから、わたしが見誤ったというべきなのか。…そうなのか?


いやそれにしてもびっくりしたよね。まさかあんな告白されると思ってなかったしさ、大体あんなことわざわざ言う?幼馴染に?しかもやたら長らく考えてたけど、その子に対する気持ちが恋愛感情なのか悩んでた、とかって言いやがるから、マジで呆れてものが言えないってものだ。バカなの?あいつバカなの?……バカなんだった。



ってことでわたしは、奴の好きな女の子が最近わりとに気になっている。














世間はもうすぐ文化祭シーズン、うちの学校も例に漏れず、どこか浮き足立った空気で溢れていた。男女共にカップルへの第一歩を踏み出すためのいい機会だ。つまり別れたばかりのわたしの幼馴染(バカ)(まさ)に格好の餌食だった。


「あ、またフられた」


例のごとく窓際にぶら下がっていたのんちゃんが呟いた。そんなん見ててなにが楽しいのか、ほんとにちっとも分からない。


「最近ほんとすごいね、北原くん。毎日のように呼び出されてる気がする」


席に戻ってくるのんちゃんをぼけっと見つめていると、ユイちゃんがそう言った。文化祭マジックだよ、と何処か分かったように頷くのんちゃんに突っ込みたくなった。いや待てそうなのか?


「てゆうか奴は別に告白されまくってるわけじゃないらしいよ」


こないだの会話を思い出してポンっとそう言うと、ユイちゃんは目を輝かせながら、え、なになに、と聞いてくる。


「北原くんが告られまくってるの気になっちゃった〜?」


うわー、すごい嬉しそう。それにしてもこの子はどうしてわたしと奴にそういう状況(シチュエーション)を求めるかな。


「いや全然。なんか聞いてもいないのに奴の友達が教えてくれた」


ニヤニヤしながら。そう、さながら今の目の前のユイちゃんのように。


「じゃぁなんで呼び出されてるの?」


再びおべんとをもぐもぐしだしたのんちゃんが呑気にそう尋ねてきた。ユイちゃんのニヤニヤを視界に入れないように、取り敢えずわたしはのんちゃんへと視線を向ける。


「うん、なんか文化祭に一緒に回って欲しいらしいよ、みんな」


あーなるほど、とのんちゃんだけでなくユイちゃんも納得した様子で声を揃えた。

3対3で回ろうとかのお誘いもあるらしい、俺らも巻き添え喰らうんだわ、と笑ってた奴の友人の顔を思い出す。ちなみに嬉しそうな様子が隠せてなかった。まぁあんなカワイコちゃんたちに誘われたらな。


そんな感じに浮き足立った学校の空気に晒されて、わたしたちも普通に浮き足立っていた。たぶん。




ところで奴が呼び出されてるシチュエーションは最近見慣れたとばかりによくある光景になってしまっていたが、かく言うわたしにも最近、女の子が目の前にやって来てもじもじするシチュエーションが増えた。


「あ、あの…!朝比奈さん…!」


…例えば、ほら、噂をすれば、影である。


「…はぁ。なんでしょうか」


最早飽きたよこのシチュエーション。最初はね、わたしもね、ドキドキしたりしたわけ。何これこの子ちょうかわいいんだけど髪ふわっふわじゃん目ぇおっきいなていうか声…!なんであんなに可愛らしい声が出るのか…!


…って感じにさ。まぁそのカワイコちゃんたちの意図は分かってるし、わたしがときめいてもしょうがないんだけど。


「あ、ああああの、そのっ、…きっ、聞きたいことが、あ、るんですけど…」


最後は小さくなっていく声を聞きながら、わたしそんなに怖いかなってぼけっと考える。


「はぁ」


「あのっ、き、北原くんと、付き合ってるんですか?」


ふぅっと息を吐いて、不安そうな目でこちらを見つめてくる。か、かわいい。それを奴の前でやればいいのに。イチコロな気がする。


「いや全然。全く。少しも」


パッと顔色を変えて嬉しそうに「ありがとうございましたっ!」って。わたしたち同い年なのになーとか考えてると、あっという間に彼女は行ってしまわれた。ちなみに今の質問はわたしへの質問パターン3だった。


ーーー北原くんと、付き合ってるんですか?

ーーー北原くんって、好きな人いるんですか?

ーーー北原くんって、どんな人が好みなんですか?


頻度順にパターン1,2,3,…と整理できるくらい、わたしはこんな質問をされることが最近非常に増えたのだ。それこそ文化祭マジックを狙ってるんだろう。質問されたからって友達になれるわけでもなく、つまり聞かれたところで何の利益もなく、最近は只々面倒くさい気分でいる。なんでわたしがヤツのことを知っていなきゃいけないんだ、それもムカつく。










「朝比奈さんは、クラス参加だけ?」


のんびりと誰も貸し出しに来ない放課後の図書館でお喋りをするのは、最早わたしと小池くんにとって慣れたことになった。2学期もお互いの担当を変えなかったおかげで、わたしの図書委員としての模範生度はすこぶる快調だ、出席率パーフェクト。


「うん。小池くんは部活でなにかやるの?」


彼は、部に入っている。将棋とか囲碁とか、そう言うのを嗜む部だ。聞いたき、(うわ、なんか…ぽい、ぼいよ…!)と思ったことは秘密だ。ちなみにわたしは、将棋崩しと五目並べしかできない。…むしろできることがすげーだろ、とか思っててごめんなさい。教えてもらったけど、将棋も囲碁も全くできる気配がしなかった。棋士ってやつはすごいな全く!


「いや、今年は何も。クラスの方もそんなに拘束されないみたいだし、暇すぎないかの心配しかしてないよ」


笑いながら言われて、まぁわたしも似たようなもんだなぁとか思わず苦笑してしまった。


「まぁ、図書館に篭る選択肢も残ってるし」


「ええー、それは勿体無いよ」


そんな感じにつらつらと楽しい会話をしながら、着実に彼とは仲良しになって…っていうかもう仲良しなんだけど、これたぶん。いい加減それは恋じゃないって、って声が何処からか聞こえてくるけどさ、でも恋じゃなくてもさ、わたし小池くんに告白されたら1も2もなく頷くよ。しかもスキップするよ。これは恋じゃないのか?…分からない、けど、こう、なんて言うか、うん、恋じゃないかもしれないなぁとはわたしだって気付いてるんだ。だって別にこのままでも十分心地良いわけだし。あああ、恋愛って難しいな。




















「……」


「………」


「…………………」


「…携帯弄ってるだけなら家帰れば」


「んー…」


最近のヤツは、いつものように当然の顔して家に来るくせに、割と携帯と見つめ合ってる率が高い。今日も困った顔で、返事に迷ってる様子で、真横でうんうん唸っている。非常に迷惑。そして迷惑。遠慮もへったくれもなしに冷たく言い切るわたしに、奴は助けを求めるようにこちらを向いた。ああやだ、だからヤだったのに、ほんとに迷惑な奴だな。


「なんかさ、文化祭の前後だけでも良いから付き合わない?って、最近すごいんだ、この子」


昨日も困った顔をしていたヤツの携帯をチラッと覗いてみると、案の定昨日と同じ名前が画面の上部に記されていた。彼の言葉に続くのは、言われるまでもなく、うまい断り文句考えて、だろう。

ああやだ、近いうちにそんなことを聞かれる気はしてたんだ、だから追い返したかったのに。


ちなみにわたしはそういう駆け引きには全く慣れていない。幼馴染(バカ)並に躱し方を知らない自信がある。場数踏んでない分、幼馴染(バカ)以上かも。

だがしかし、この幼馴染(バカ)にそれを知られるのは何だか癪だった。ものすごい癪だ。だからそんな面倒ごとに巻き込まないで欲しかった。ちなみにそんなことを考えてる今も、すぐさま退去してくれればいいのに、と彼に対して思っている。


「な、あかり「ムリ」…」


パリッと間髪入れずに答えてやると、奴は何とも言えない微妙な顔になった。とりあえず、奴が何を頼もうとしていたのかは推測でしかないが、それでもその手のことに関しては常に拒否権を行使させて頂く。


それにしても、その何とかちゃんはすごいなぁ。本物の肉食系女子ってやつだ。わたし、高校入学当初はそんなものになりたいとか思っていませんでしたっけ?


諦めた様子で再び携帯と見つめ合い始めた奴の顔をぼんやりと眺めながら、わたしはつらつらと考えていた。

そう、そうだよ、わたしは肉食系女子を目指していたんだった。肉食系女子の見本がそこにあるのに、実行しないはずがない。そうだよね、実行…実行?だれに?


「………」


「…………」


「………………」


「……………」


返事に困る幼馴染(バカ)と真面目に実行を考えるわたししかいない室内は、あっという間に沈黙で満たされた。だがしかし、そんなことを気にする間柄ではない、色気的な意味は皆無だが。


そしてわたしは考えた。誰に?…って、そんなの一人しかいないじゃないか!


わたしがぐっと拳を握りしめたその時。沈黙を破るようにポツリと幼馴染(バカ)が聞いてきた。


「…あかりはさ、文化祭誰と回んの?」


気合を入れ直したちょうどその時って、タイミング良すぎだろ。


非常に気分を削がれた気になったわたしは、誠に勝手ながらヤツにイラっとした。だからそのままぶすっと応えた。


「誰でもいいでしょ」


答え方を間違ったと気づいた時にはすでに時遅し。無難にのんちゃんとかの名前出しとけばよかった!


案の定、ヤツはちょっぴり驚いたようだった。


「え、片瀬さんとかと回るんじゃないの」


…ほーらね、あああまじで失敗した、だいたい肉食女子目指して頑張ろうと決心した瞬間に聞いて来るなんてヤツもいい性格してるよね。…偶然だけど。まさか誘いたい人がいるなんて恥ずかしすぎて言えるわけもなく、わたしはだんまりを決め込むしかなくなった。

よく考えたらさ、普通にのんちゃん達って言っちゃえば良かったよね。後からいくらでもごまかし効くんだしさ。だけどその時のわたしには、そんな考え全く浮かばなかったのだ。…ああ、あの時のバカなわたしよ…。


黙り込んでいるわたしに、ヤツは何故だかとっても苛立たしげに顔を顰めた。付き合いが長いってのも考え物だよね、表情一つで相手の思ってることが何と無く分かってしまう。何かが気に入らないらしいことがわたしに分かってしまうように、わたしに回りたい相手がいて、しかも言いたくない相手らしいことも、きっと奴にはお見通しなのだろう。


「……誰と回る予定なわけ」


ほらやっぱり。詰問するような口調に、ついつい私の口調もきつくなる。


「誰でもいいじゃん。関係ないでしょ」


「関係ある」


「どこが」


しばらく見つめあってバチバチやっていると、やがて奴が諦めたように呆れたように、ふーーー、と長くため息をついた。


「………男?」


「え、」


そこでわたしは、またバカをやった。…らしい。目の前の男の顔つきを見るに。

ピキリと固まったわたしは、言い訳するとヤツにそう言った自分の恋愛的事情がバレるのが妙に恥ずかしかったのだ。

つまり何をやったかと言うと、わたしは何も考えずに、思いっきりヤツから目を背けたのだった。





……………そのときのことをなんと説明すればいいだろう。


いきなり周りの気温が急激に下がったような気がした。なんだか肌がぞわぞわっとした。




…なんか、これは、まずい。まずい気がする。

そう思ってヤツの方に慌てて視線を戻したら、奴はなんだか見たこともないような表情(かお)をしていた。


「…………」


なんか、まずい、…まずい、なんか、まずい…!


なんかよく分からないけど、頭の中はそればっかりだった。見たことない表情(かお)なはずがない、だってただ無表情なだけだ。だけど、その表情はどうしてもわたしを混乱させた。なんでだかドキドキと動悸が止まらない。血の巡りが盛んになっていることを感じて、わたしは折れた。負けた。動機と赤くなり始めた顔を誤魔化すように、ポロっと言ってしまった。


「…いや、わたしも小池くんに告白…とまではいかなくても文化祭誘うくらいはしてみようかなって…」


焦りに任せて言ってしまったが、やっぱり猛烈に恥ずかしい。またもや慌ててヤツから目を逸らす。ドキドキは相変わらず治まらないし、顔も普通に赤くなったきた。……いやこれは恥ずかしいからだけど。


でも、ポロっと言ってみたら、案外あっさりいいよって言ってくれそうな気がしてきた。なんだか急に。


開き直ったら、楽しい思い出ができそうな気がしてきた。妄想しかけて、にやにやしかけて、慌てて表情を引き締めて、気合を入れるためにぐっと手を握りこんだ。そうしてヤツに思わず言ってしまった羞恥から沸騰してしまった頭を、なんとかちょっとばかし抑えることに成功して気付く。心なしか、空気的に、隣が怒っている。気がする。


そろーっと隣をみると、なぜかなぜなのかぶっすーっとしたバカの顔が。…えーと、さっきからさ、わたしなんかしましたっけ?一体全体どうしたんだ我が愛すべき幼馴染(バカ)よ。


そんなことを思いながらそろそろとヤツの顔色を伺っていると、奴はなんだか難しげな妙な顔をした後に、ふうっとため息をつきやがった。…なんだか呆れられているような気がして、非常に心外である。


「…あのさ、あかりさ、お前、俺が誰が好きなのかほんとにわかんないわけ」


(…え、何故今その話題)


しかしわたしと小池君からだいぶ飛んだ話題だったことに安心したわたしは、大人しくその話に乗ることにした。気になるのは事実だしな、ヤツの好きな人。


「…え、なに、私が知ってる人なわけ」


「…そうだよ」


…あ、今すっごい呆れられてるのがわかる。いつもならキレてるところだが、今は我慢我慢。何せ小池君に話が戻ったら恥ずかしくて居た堪れないし、下手にやつの機嫌を損ねて兄貴にバラされたりとかされたら、わたしの人生は終わる。


だからわたしは、うーん?と考えを巡らせて見た。


えっ、まさかのユイちゃんかのんちゃん?うちのクラスの女の子?中学からの同級生?


(…って)


「ハル!ちょっと!」


気付いたら、いつのまにやらヤツが猛烈に近い場所にいた。

折角人が懸命に考えてるのになんだこいつは。


「いやちかいちかいちかい」


それにしても本当に近い。身体が思いっきりふれあっている。

わたしはソファの端っこに逃げた。つってももともとはじにいたから一生懸命ソファの縁に体を押し付けたってところだけど。


しかし奴は、そんなことも気にせずに近寄ってくる。


「…ねぇあかり、お前本当に、俺の好きな奴が誰かわかんないの?」


「いや意味わかんない!近い近い近いよ遥希くん…!」


そう言い合っている間に、ヤツはマジでわたしのテリトリーを侵略してきた。あと10cmで顔がくっつくって距離。マジ近い。


おそらくわたしの顔は真っ赤っかだった。

そんなわたしに、あろうことか奴はくすりと笑いやがった!


「あかり、顔真っ赤。かわいい」


ふ ざ け ん な !


こんな至近距離にイケメンいたらそりゃドキドキするよ!それが幼馴染(バカ)でもな!あほ!


と、非常に混乱したわたしは、混乱したままヤツを蹴っ飛ばし(混乱しすぎててどこを蹴ったかはわからない)、ドタドタと彼をおいて自分の部屋に駆け込んだ。


…なんなんだ、なんなんだあれはもう!


最近奴はホントにおかしい。

わたしは本気でどうにかしたい。




そんな訳で、逃げたわたしは奴の好きな子のことがそれからずっと気になっている。

だって最近奴が妙なのはきっとその子のせいだ。…いや違うかもしれないけど。でもだって、あの変な宣言からだからな、奴がおかしいのは。

だから奴が早くその子とどうにかなればいいんだ。


そんなことを悶々と考えていると、大抵だんだんイライラしてくる。

なんでわたしが奴の好きな子について悶々と気にし続けなければならないんだ!とそう思ってしまうわけだ。


しかし心のなかでそう憤慨してみても、どうしてか全く意味がない。

考えないようにしていても、なんでか頭を離れない。

ちょっと忘れている時だって、ふっと思い出してそのままもんもんとする。

それが最近の常だった。


もんもんもんもん。


ああもうむかつく!すべては奴が少しも教えてくれないせいだ。分かれば解消すると思うんだ。このもんもんはさぁ!













そんな感じで数日を過ごしたある日のこと。ようやくわたしに、あの日に決心を実行する日が巡ってきた。

いや今までチャンスがなかったと言えば嘘になるけどさ、なんだか妙に恥ずかしくなってしまったり周りに人が居たり、とにかくわたしの気持ちもいい感じで周りに人がいない今は、まさに神様がくれたチャンス!今やらなかったら、絶対後悔する!


よし、と意気込んだわたしは、さりげなく、あくまでさりげなーーーく、小池君に文化祭の話を振ってみた。


「文化祭?仲良い奴何人かで回ろうかって話してるよ」


予想通り…予想通りだよ小池くん…!

世間話くらいにしか思っていない彼の言葉に、わたしは心の中でガッツポーズだ。

何人かってことは、別に彼がいなくても大丈夫。最近の仲良し度的に、オーケーの予感しかしない…!


高まるテンションを必死に抑えつけて、わたしは自分の中の精一杯のさり気なさで小池くんを誘ってみた。


「あ、あああああのね、文化祭、の、ことなんだけど…!」


「うん?」


全然さり気なくないとか言うツッコミは要らない。これがわたしの精一杯のさり気なさである。


「そ、そのー、もしよければ、わたしと、一緒に、回らない、かな…?」


言った…!言ってやったぞ、さり気なく…!

緊張していたわたしは言えたことに猛烈にホッとして、気を抜いた末に小池君の表情を伺った。


そして後悔した。


まるで地獄に落とされたみたいだ。恥ずかしすぎて、今すぐ今までの出来事をなかったことにしてしまいたい。楽観的に考えていた自分を呪いたかった。恥ずかしすぎて、小池くんにしばらく無邪気に話しかけられないかもしれない。勢い余りすぎて告白、とかしなくて本当によかった。まだ誤魔化せる範囲内のお誘いで本当によかった。


困った顔をしていた小池くんは、わたしの酷い顔に気付いてしまったらしい。慌てたように、あっ、違くて、と言われるが、そんな困ってて何が違うんだ、もういいよ、小池くん。


「違う違う、ほんとに違くて、朝比奈さんからのお誘いは僕も嬉しいんだよ」


焦ったような小池くんなんて初めて見る。普段のテンションなら珍しい彼の姿にニヤニヤしてたかもしれない。けれども今は、到底そんな気持ちになれない。下手な言い訳ならいらないよ、ってそんな気分。


「いや、本当に、違うんだよ……」


大いに困ったような小池くんは、少しの間考えるように黙っていた。居た堪れない。帰っていいかな…。


そんなわたしのことはお構いなしに、小池くんは何かを言う決心をしたらしい。これは口止めされたわけじゃないから言ってもいいと思うんだけどね、と続く言葉を聞いたわたしの、それからの行動は非常に迅速だった。













ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。

廊下を走ってはいけません、なんて気にしない張りのダッシュの後で、わたしはようやくお目当ての人物を見つけた。


「遥希!!」


息切れも相俟って、予想以上に荒々しい声が出たが、気にしない。実際それくらい怒ってるし。

振り向いた遥希を問答無用で引っ張って、とにかく人気のない場所を目指す。こんなところで怒鳴らない分別はまだ持っているらしいと、どこか冷めた頭で考えた。




「ーーーーどういうことなの」


辿り着くまでに少しばかり落ち着いた頭で発した言葉は、人気がないことも相俟ってか酷く寒々しくそこに響いた。わたしが怒っている内容に気付いてるらしい遥希はしかし、しれっと何が?と聞き返してきた。


当然ながら、その態度はわたしの怒りの火に油を注いだ。


「…っ…。…小池くんに…っ、なんであんなこと、言ったの」


頭は沸騰しそうなくらいなのに、出てきた声は弱々しかった。実際涙腺が緩みそうで、震える唇を噛み締めて耐えた。今、こいつの前では泣きたくない。こいつは、自分がモテるから振られる人の気持ちなんて考えたこともないんだ。どんな気持ちになるか想像したこともないんだ。わたしが小池くんの困った顔を見た時の居た堪れなさが分からないんだ。いいじゃん、憧れてるひととちょっと思い出を作りたかっただけなのに、何で何も関係ないこいつが邪魔をしてくるんだろう…!


そう思ったのに、わたしの意思なんか無視して視界がぼやけてくる。仕方なく涙を拭って睨みつけると、同じように不機嫌面したバカが睨み返してきた。


「…小池に言ったのかよ」


不機嫌な奴のその顔を見て、ついにわたしは爆発した。


「ほんっとに信じらんない、人の邪魔して楽しいわけ⁉︎」


「…………」


遥希が何も言わないのをいいことに、わたしはどんどんヒートアップしていく。


「あんた本当にあり得ないからね、分かってんの!? 今までわたしがあんたの恋愛沙汰でこんな風に邪魔したことあった⁉︎ わたしがどんな気持ちになるか分かってて、よくこんなことできるね??! あんたが何でそんな不機嫌か知らないけどさ、こんなやり方で八つ当たりって、おかしいと思わないわけ⁉︎」


ヒステリックな私の怒りに、沈黙を続けていた奴は自嘲気味に笑った。


「…八つ当たりだと思うわけ?」


常にない奴の様子にも、怒り狂っていたわたしは全く気がつかなかった。


「それ以外に何か理由があんの?…いいや、いいよ、どうせくだらない理由なんでしょ」


「………」


切り捨てるようなわたしの言葉に、遥希の眉間に皺が寄る。そんなことにもわたしは頓着しなかった。ひたすらに怒りを吐き出したおかげでだんだん冷静になってきたわたしは、怒りすぎたせいで体力を消耗したのか、冷静になると同時に酷く投げやりな気分になってきていた。


(ああ、もう別にいいや、文化祭の誘い断られただけだし)


よくよく反芻すると、なんであんなにショックだったんだろう。仲のいい女友達に、忙しいからと断られるのと同じようなもんだと思えてきたのだ。わたしも漏れなく文化祭マジックに引っかかったと言うわけか。なんだか自分の中でものすごく盛り上がっていたことが恥ずかしくなってきた。


猛烈に疲れを感じてしまって、私は横にあった校舎の壁に思いっきり凭れかかった。さっきまで怒鳴り散らしていた遥希の顔を見るのが気まずくて、その壁に背を向けるようにして90度体の向きを変えてみる。


わたしの怒りが収まったのを正確に感じ取ったらしい奴からも、構えていた気配が消えた。それに触発されて、わたしは素直にごめん、と呟く。


暫く沈黙が続いて、わたしはふと思いついたままに遥希に尋ねてみた。


「ーーーねぇ、なんで小池くんにあんなこと言ったの?」


小池くんはあのとき、困り果てた顔でわたしに言ったのだ。


ーーーーー北原君に、朝比奈さんの誘いには絶対乗るなって怖い顔して言われちゃったんだ。


あの時はなんでそうやって人の邪魔をしてくるの…?!と猛烈な怒りが湧いてきたものだが、よくよく考えなくてもこいつはそうやって人を貶めて楽しむタイプではない。純粋に疑問に思い始めたわたしの様子に気付いて、彼は本当に信じらんねー、と呆れたように呟いた。


「本当にわかんないわけ?」


…なんだそのわからないわたしが悪いみたいな言い方は。最近わたしとヤツの立場が逆転してるような気しかしていなくて、わたしは甚だ不愉快だった。


「…もういいよ」


答えてくれなさそうな雰囲気を敏感に感じ取って、わたしは追求を諦めた。代わりに、最近やられっぱなしの奴に一矢報いたくて、ーーーー本当のところは二度とあんな思いをしたくないと思ったからだがーーーーわたしは諭すようにやつに釘をさした。


「…もう二度と、人の恋路を勝手に邪魔しちゃダメだからね」


「…は?」


突然の話の転換について来れなかったらしい遥希を置いて、なんだか恥ずかしくなってきたわたしは一気に言い切った。


「いやその、わたしを含め、人の恋路を邪魔するなんて、酷いでしょ、遥希は何にも関係ないんだし」


「…」


「……」


なぜか起こる沈黙に、なんとなくわたしはそわそわする。最近こいつといるとこんなことばっかだな。


「…関係ない?」


しばらくして、憮然とした声が聞こえてきた。ちらりと横目を向けると、遥希は本気で心外そうな顔をしている。訳がわからない、というわたしの顔を見て、ついに遥希の中で何かが切れたらしかった。


「ーーーーーー関係なくないって、言っただろ」






とんっと軽い音が両脇で響いた。


「え?」


やけに真剣な奴の顔が、目の前にある。


「まだ、気付かないの?」


吸い寄せられるように瞳を見て、後悔した。


「あ…、」


呆然としたわたしの間抜けな顔が、見える。以前のように近い近いなど思っていられるような、心理的余裕は皆無だった。


ばくばくという音が、体全体から聞こえる。体全体が沸騰したような気がした。まさか。いやでも、え?あり得ない、どうして?


何も言えずに固まるわたしは、しかしこんな顔をされて気付かないほど馬鹿ではなかった。それでもやはり、予想も想像もした事のない事実だけに受け入れ難い。


いやいや、まさか、まさか、…


「本当に、鈍いよね、あかり」


ぐるぐると混乱していると、それを見透かしたように遥希がにっこりと笑った。ただでさえばくばくと身体が熱いのに、更に心拍数が上がった気がした。いや、まさか、まさか…


「は…る…?」


「うん、あかり、」


呆然とするわたしににっこりと笑った彼は、急にその瞳に、ぐっと力を入れた。


「嫌なら、言って」


なにを、という暇もなかった。目の前にある遥希の顔が更に近付いた、と思ったら、熱があるかのような身体に、ふと、別のものの感触。


一瞬で離れた柔らかいそれは、間違いなく奴の唇だった。


「…あかり?」



なんだ、こいつは、な、ななな、なんだ、これは…!


呼びかけられて我に返って、めちゃくちゃな言葉が頭に浮かぶが、なに一つ外に出てくれなかった。多分わたしは、真っ赤っかな顔をして、口を半開きにして、呆然と遥希を見つめている。それが分かっていて居た堪れないから、すごく嫌だけど身体が動かない。頭も、何も考えられない。


「あかり?」


ぽっかーんとして更に数秒、心配そうな遥希と目があった。さっきまで知らないやつみたいだったのに、これは知っている遥希だ。混乱する。


「…嫌だった?」


その言い方が卑怯じゃないかと眉を寄せたくなるのはわたしだけだろうか。正直、別に嫌ではなかった。…ただ、特に嬉しくもなかった。なんとも言えなくて黙ったままでいると、どうやら遥希(バカ)は沈黙を肯定的な意味で取ったようだった。


「…あかり」


再び、知らない顔をする。この顔は…怖い。ぴくりと身じろぎしたわたしに向ける遥希の顔は、よく知っている幼馴染の顔なんかじゃなかった。


再び、奴の顔が近付いてくる。段々と焦点が合わなくなって逆にぼやけてくる。なんとなく、わたしは目を瞑ってしまった。


…それは、きっと大いなる間違いだった。


再び一瞬で終わるだろうという目論見は、全く外れた。わたしが目を瞑ったことに原因があったのかは分からない、けど、目を瞑ってしまったことを猛烈に後悔したのは事実だった。


キスは、長かった。奴に唇を舐められたわたしがびくっと反応したのに、奴は止める気配さえ感じさせなかった。それどころか、横にあったはずの手が頭を抱え込んでいる。わたしが引くのが分かったんだろうか、いつの間にか頭を動かせるような状況ではなくなっていた。


ぼーっとした頭でそれでもそんなことを考えていたわたしは、奴の舌が唇を割って入ってくるのに気付いてハッとした。


口の中で動き回る自分のものとは違うなにか。


ーーー慣れている、と感じたことが、契機だった。


そう考えるよりも早く、本能的に、わたしは奴の胸を思いっきり突き放していた。いきなり胸に感じた強い刺激に、今までのなすがまま状態からまさか突き放されると思っていなかったのだろう、意外にも奴はあっさりと離れてくれた。


驚いたようにわたしを見る遥希を、わたしは勝手に潤んでいた目で思いっきり睨み付ける。


そして言葉を発することもなく、逃げるようにそこから走り出した。




走りながら、キスよりも何よりもわたしの頭に強く残る、奴の顔を思い出した。見たことのない、強い光を宿す瞳。縫いつけられたようにわたしを動けなくさせた奴の顔は、間違いなく、男の顔、だった。















わたしの幼馴染は、最近なにやらどこかがおかしい。


(なに⁉︎ なになになになに⁉︎ あれはなに⁉︎ えっどうしよう、顔まっか…!)












たいっへんお待たせしました…

待っていてくださった方には心の底から感謝とお詫びを。

そして久しぶり過ぎて設定活かし切れてない気が…

更に一気に書き上げたので、後でちょろっと改稿するかもしれませんすみません。

相変わらずこんな駄文を最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

それにしても、自分の文章力のなさに落ち込んでいます。幼馴染シリーズの最初とか、酷いですね、少しでも改善していれば幸いですが、本当に、最初から読んでくださっている方々には、感謝が絶えませんです、感想や評価をくださる方なんてほんとにもう……!

皆様への感謝の形として、少しでも早くに続きをお届けできるように頑張ります(T_T)


後書きですら最後まで読んでくださってありがとうございました。感想評価その他諸々、頂ければ幸いです。それでは!

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― 新着の感想 ―
[良い点] マイリス整理してましたら更新されてて、しかも8月にっ!!また最初から読み返してきました。今回も面白かったです。 [気になる点] 悪い点ではないのですが更新されてるか分からないのでまとめて…
[一言] 楽しく読ませて頂いております! 今回私の中で幼馴染くんの株が一気に下がりました(笑) あかりちゃんの恋愛教育の内容から察するに、今まで幼馴染くんが付き合った女の子と早々に別れていたのは好き…
[良い点] 更新嬉しいです。 壁ドン好きです。 [一言] メチャメチャキュンとしました。
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