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寒い国から来た暗殺者

作者: 八田理

 ロサンジェルスの下町にある安いバーで、中田はバーボンをあおっていた。

「ヘイ! イクオ。気分はどうだい?」

 店に入るなり陽気に声をかけてきたのはジャクソンだ。古ぼけた革ジャンに大きなサングラスという、いつもの出で立ちである。

「どうした、イクオ。今日はご機嫌斜めじゃないか」

「恋人を寝取られて冷静な男がいるかよ」

「おっと……。そりゃ、お気の毒だな」

 ジャクソンは肩をすくめるとジンを注文した。

「しかも金まで貸してやってんだぞ。あいつがこっちで店を始めるときに。くそ!」

 てんこ盛りになった灰皿にタバコを荒々しくねじ込む。

「……そりゃ、ひどいやつだな」

「他にもずいぶんと世話をしてやったんだ。部屋が見つからないと泣きついてきたんで、俺と同じマンションの部屋を紹介してやったし。そんな恩を、仇で返しやがって」

 とどめもなく愚痴をこぼしているとジャクソンが遮った。

「どれくらいその男を憎んでいる?」

「殺したいくらいにね」

 中田は即答する。酔った勢いではない。

「じゃあ、ここに電話してみろよ。ちょっと高くつくがな」

 ジャクソンは声を潜めてスマホを取り出し、両膝の間で電話番号を表示しようとした。

「おっと、その前に紹介料だ。イクオとは古い付き合いだから100ドルでいいぜ」

 それでまたヤクを買うつもりだろうと思いながら金を払い、店を出ると、中田は登録した番号に電話をした。

 

「ウキョー、ハカマ……。ターゲットは日本人か」

 ギャングのボスであるガルシアは葉巻をくゆらせながらメモに見入っていた。一時間ほど前に部下の一人が依頼者の中田と会い、ターゲットである袴右京の住所を記したメモを受け取ったのである。

「今、待機中なのは誰だ?」

 マホガニーの椅子を回転させて側近に尋ねた。

「シダロフが下の部屋で待機中です」

「あのロシア人か……」

 シダロフの冷酷な笑みを思い浮かべながらガルシアはつぶやいた。三日前にシベリアから到着したばかりで、言葉はほとんど通じないが、元狙撃兵だけに射撃の腕は抜群である。

「よし、すぐここに呼べ。あいつとは3年契約で百万ドルもしたんだ。お手並み拝見といこうじゃないか」


(高いビル。いい女。金ピカの車。何もかも俺の故郷とは大違いだ……)

 シダロフはベンツの後部座席からうつろな目を沿道のネオンに向けていた。ロングビーチへと続く州道47号線から外れると、目的地はすぐである。

(ただ、この街には何でもあるが、神だけが存在していない……)

 だから俺にはおあつらえ向きの街だとかすかに笑ったとき、車が止まった。運転席の男が前方の豪奢なビルへとあごをしゃくる。

「……ターゲットはあのマンションに住んでいる」

 シダロフは無言でうなずくと扉に手をかけた。

「おっと、名前はもう覚えただろ。そのメモをよこせ」

 ターゲットの名前が書かれたメモを男が指さすので、シダロフはペンライトを点した。

『Ukyo Hakama』

 名前を確認するとメモを渡し、ボスから用意された手提げ金庫を手にして外へ出た。

 

「そうなんだよ、急な投資話で今度はモスクワに出張でさ」

 中田は自室の書斎に貼られた世界地図を眺めながら日本の友人と電話をしていた。

「今年に入ってから忙しくてね。先月はニューデリーだっただろ。でもあそこは英語が通じるから困らなかったんだけど……」

(袴の野郎、この時間なら確実に部屋にいる……)

 中田は601号室で、袴は403号室だ。

「だから今、必死でロシア語を特訓中なんだ。ところが同じローマ字なのに、読み方が全然違っててね。Uをイと読んだり、Yをウと読んだりでさあ、ややこしいんだよ」

(決行は、今晩……、いや明日かも)

「そうそう、Haでナだし、筆記体でmaと書けばタだろ。もう頭がグルグル……」

 このときリビングのチャイムが鳴った。一階のコンシェルジュからである。

「あ、ちょっと待ってて」

 中田はインターホンの受話器を取った。

「ミスターナカタ。来客です。男は用件は言わず、手提げ金庫を開けて札束を見せるだけなのですが……)

「札束?」

 もう日付が変わる時間だ。大っぴらにできない投資話かと頭を巡らせ、来客だと伝えて友人との電話を切り、エレベーターに乗りこんだ。

 玄関に立つと、ロックされたガラス扉の向こうにいるのはロシア系の大柄な男だった。

「何の用事だ」

 扉を開けずにインターホンで尋ねる。

「イクオ、ナカタか?」

「そうだ……」

 と、中田がうなずいた瞬間、ガラスに小さな穴と蜂の巣状のヒビが入った。

 






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