Happen
恭子
AM6:24 枕元のスマートフォンの画面を見るとちょうど6:23から6:24になる瞬間。
もう朝か、と思ったと同時にカーテンの隙間から入る光が視界に入る。
起きようかなぁ。
起きるといっても今まで眠っていたわけではない。目を閉じていただけだ。
布団に入ったのは深夜3時頃だったと思う。
眠れなかった。
のろのろと体を起こすと、足元で寝ていた愛犬・メルも起きたようだ。
足が短く胴が長いメル。いつものようにぐぃーんと伸びをしている。そのポーズ、人間の女性がしたらとても卑猥なポーズだ、と私はいつも思う。
ベッドルームのドアを開け、キッチンへ向かう。
換気扇のスイッチを中にし、タバコに火をつける。スーっとした直後に頭がくらくらする。
タバコやめようかな。と瞬間的に思うがどうせやめないことは自分が一番知っている。
メルはまだベッドルームから出てこない。
さあ今日も仕事だ!!!!と言いたいところであるが
ああ今日も仕事か・・・こっちの方が正確だ。
もう夕方か、と気づくころに私は仕事に行く準備を始める。
シャワー、メイク、ブロー。めんどくさいことこの上ないがしょうがない。
仕事モードON!!!と心の中で唱え(一度口に出してみたらなんだか恥ずかしくなったので心の中だけにしようと決めた。)仕事へ向かう。
「おはようございます。」
おはようございますという言葉をなにかの呪文かのように口にすると、九官鳥が同じ言葉を繰り返し言うような口調でおはようございます。が返ってきた。
早足で自分のロッカーへむかい勢いよく開けると同時に「きょうこ~っ」と名前を呼ばれ更衣室の入り口に目を向ければ唯一の私の話し相手、佳織がいた。「おはよっ」と呪文を口にしてこちらに駆け寄ってくる。
「まじ聞いてよ!この間、彼氏できたって言ったじゃん?まじイケメンの!なんかさぁ、デートの時はぜんぜん普通、てかまじいい感じなんだけど、お泊りするといつもと違って変なんだよ。家行くじゃん?ご飯一緒に作ったりお風呂一緒入ったりエッチもまじラブラブなんだけど夜中あたしが寝た後ずっと携帯さわってあたしがちょっと動いたりするとすぐ携帯閉じるの。浮気?浮気だよね!?まじどう思う?まじ怪しすぎ~~~」
マシンガントークは佳織の特技だ。いや、マシンガントークを特技といっていいのだろうか。
悩み、と見せかけて惚気も入っているような佳織の話は「自虐風自慢」というやつだ。(これは二チャンネルで覚えた)
心底どうでもいいと思ったが、佳織が言ってほしそうな言葉を選んで適当に返事を返す。
「だよね!?やっぱりきょーこもそう思うよね!?でさぁ~、、、」
とすぐ次の話題へ。佳織の話はきりがないので「うん、そうだね、それで?、まじ?」のローテーションで聞き流そう。
いまさらだが私の仕事は世間一般で言う水商売、キャバ嬢だ。なんでこの仕事始めたの?とよく聞かれるが特にこれといった理由はない。なんとなく、なんとなくだ。
これがしたい!これが目標!というのはないし、普通に働くよりは給料もいいし、なんとなくキャバ嬢をしているのだが、お客様に聞かれたときに正直にこう言ってしまうと良くない気がするので「やりたいことがあって、お金貯めるためにこの仕事してます。」と答えることにしている。なんというか、なにごとにも興味が薄いのかもしれない。というなんの特徴もない普通の女だ。なにか特徴をあげろといわれたら、人よりもお金が好きだということぐらいだろうか。
AM1:00 閉店の時間。ほろ酔いなのか少し顔を赤らめた佳織がふらふらと近づいてきた。
「今日もまじ疲れたね~。てか、三番テーブルのおっさんまじきもかった~!まじむかつく~!まじありえな~い!まじ不愉快だからなんかもっと飲みたい気分なんだけど!明日店休だしきょーここの後飲みいこうよ~。」
佳織は「まじ」を付けないとしゃべれないのだろうか。まじがマジで多い。なんちゃって。
と、くだらないことを考えながら返事をする。
「あした朝から用事あるから無理なんだ。ごめんね。」
と言って帰り支度をすばやく済ませ更衣室をでる。
「お疲れ様でした。」
お疲れ様でした。これもも呪文みたいだ。
「恭子!?どうしよう!?助けて!!!」
突然の電話は智からだった。智が元々ホストクラブで働いていたときに佳織の幼馴染であったため店に飲みに来て、意気投合し(というかお互いに等しくお店に通い利益を持ちつ持たれつにしようという契約のようなものを交わした。)そのときからの付き合いだ。さっぱりした男で、頭も悪くない、実に利益上の付き合いがしやすい男だった。今はホストクラブを辞め、お昼の仕事を始め平穏に暮らしていると聞いていたが、どうやら違ったらしい。
智の話はこうだった。
「ホストクラブで働いていたときの未収が500万あるから今すぐ払え。払わなければどこまでも追い掛け回すぞ。お前の周りの奴も。命の保障はしない。」
と一週間前に電話がかかってきたそうだ。まずホストクラブには「売掛け」と呼ばれるシステムがあり、言い換えれば「ツケ」のことだ。お客の女の子がツケにした分を支払わなければ原則、そのツケを承諾した担当のホストがお店に支払わなければならない。未収金とはそのことだ。
だが智いわく、ツケは全部お客から回収したから、未収金なんてあるわけがない!でたらめだ。と腹をくくっていたが、翌日からしつこく電話がなり、それでも無視を決め込んでいたら家まで乗り込んできて、今は逃げ回っている状況らしい。
「頼む!知り合いのところ転々としてるんだけど、もう行くところがない。少しでいいからかくまってくれ!」
「気の毒なのはわかるけど、私も巻き込まれるじゃん。怖いからいやだよ。」
「そこをなんとか!」「無理だって」のやりとりをしばらく続けていたが、最後に折れたのは私のほうだった。
「わかったよ。少しの間だけだからね。あとは自分でちゃんと解決してよ。」
なんて迷惑なやつだ。嫌悪感を抱く。そう思いながらも承諾した自分にも嫌気がさした。
雄治
「ゆうじ~。今日はなに食べに行く?お腹すいてるから佳織はなんでもいいよ~。まじで。」
佳織はいつも通り「まじ」をつかっている。
「じゃあ今日はイタリアンはどう?佳織、パスタ好きだろ?」
「イタリアンかぁ、ん~なんかパスタって気分じゃないな~。違うのがいい。まじで。なんかもっとさっぱり系?」
またこれか。女ってこれだよな。なんでもいいっていうくせに提案すれば嫌だっていう。
さっぱり系?系ってなんだよ。そもそも?ついてて自分でもわかってないのかよ。あぶらっこくないってことか?と考えを巡らせイライラを顔に出さないように気をつけながらじゃあ寿司は?と聞く。
「それ!お寿司いいね~!うん!まじお寿司食べたいと思ってた!」
思ってたなら言えよ。てか、一文に絶対「まじ」入れないと気がすまないのかこの女は。と一人ツッコミをしていた雄治だがポケットの携帯が鳴る。
画面をチラ見して佳織に声をかける。
「ごめん、ちょっと電話でるわ。すぐ終わるから待ってて。」
佳織がなにか言おうとしているがきっとめんどくさいことに違いないと察した雄治は素早くその場を離れた。