第95話『五人での初勝利』
「アンリ!! 大丈夫!?」
「うん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」
駆け寄るエレンにアンリは手を上げて答えた。大した外傷もなさそうな彼の姿を確認して、ようやくエレンは安堵の息をつく。
そんな二人を横目で見やりながらマナは手に持つ斧を空へと掲げた。辺りは密集しているというほどではないものの木々が立ち並んでおり、茂る葉っぱが作り出す木漏れ日が彼女の身体をまだらに照らす。
「あたし達ってやるじゃん! 最初こいつが出てきた時はすごくびびったけど」
「確かに双頭の蛇は大型の簒奪者の中に名を連ねているな。とはいえ尾長竜との実力は比べるべくもないが」
「そ、そうなんですか……尾長竜はもっと強いんですね?」
双子にとっても初めてとなる、大型の簒奪者に対する勝利。姉と同じように浮かれていたミナであったが、サイファの言葉にそうそう甘くはないかと気を引き締める。サイファはそんな少女を優しく見下ろした。とはいえ、その瞳は兜に覆い隠されて誰の目にも映ることはなかったが。
「まあな。ただ翼がないだけでサイズだけは尾長竜と遜色ない。むしろ全長だけならコイツの方が大きいだろう。それを無事に倒せたのだから自信を持つことだな」
傷の具合を確かめていたエレンとアンリも三人の元へと近づく。彼女達の会話を聞いていたアンリはそれに加わる形でサイファへと言葉を投げかけた。
「といってもさっきはサイファが助けてくれなかったら危なかったよ。ありがとう」
「なに、気にするな」
気安く片手を挙げて答えるサイファ。全身鎧の塊である彼女は一見笑いの種であるが、彼らは先ほどその強さを見せ付けられていた。
アンリ達一行は双頭の蛇の不意打ちを受けたのだが、簒奪者がまず狙った相手がサイファだったのが双頭の蛇の最初の不幸だった。サイファは藪を抜けて突っ込んできたその巨体の一撃を受けてもほとんど微動だにせず、『なんだ、双頭の蛇か』と猫にじゃれつかれているかのような態度でぽつりと呟いただけだったのだ。アンリ達は様々な意味で一瞬凍りつき、同じように動きを止めていた簒奪者の存在をようやく認識すると武器を構え、周りを埋め尽くしていた眷属達共々戦いの渦に引き込まれていったのだ。
エレンは今、サイファのことをじっと見つめている。この鎧を自分が纏ったらどうなるのかが気になっているのだ。【戦乙女の装束】で満足していたはずの彼女が、この【機動要塞】を購入しようかとこっそり算段を始めるくらいのインパクトであった。もちろんアンリがそれを知ったら反対するであろう。主に太ももが見えなくなるという理由で。
「そうだ、輝石を拾わなきゃ! 大型の奴を倒したんだし、何か凄いものが手に入るかも!?」
気色を浮かべながらはしゃぐマナ。飛び跳ねる彼女の動きでスカートから白いペチコートがちらちらと垣間見えた。アンリはそれに目を奪われそうになり、慌てて顔を逸らした。
「あっ、そうね。確か大型の簒奪者って複数の輝石を落とすことがあるんじゃなかったかしら?」
エレンはサイファに尋ねる。その疑問に大鎧の主は鷹揚に頷いた。このメンバーの中でかつて大型の簒奪者を倒したことがあるのはサイファだけである。
「うむ。質はともかく数が複数であることは多い。あまり期待しないようにな」
サイファの言葉に皆が口元にだけ笑みを浮かべながら頷いた。全員、輝石の形や量に期待しすぎて裏切られることが多々あったからである。
彼らは手っ取り早く散開すると輝石を拾い始める。サイファの言葉の通り、双頭の蛇が消えた場所には三つの輝石が落ちていた。しかしやはりというべきか、種類は四角輝石が一つに三角輝石が二つという、労力に見合うとは言い難いものであった。
他の眷属達から零れた輝石も可能な限り全て拾い集め、それぞれ懐にしまうと鑑定を後回しにして再び急ぎ足で歩き始めた。
エレンが知る、山中に湧く小さな神の息吹。その場所に日が暮れる前にたどり着きたかったからだ。




