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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第3章
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第81話『白対白、黒対黒』

 白磁のような色合いの左半身へ向かい、エレンは地を蹴った。遅れてアンリも続く。アンリが駆けるのはエレンとは逆の、深淵のように暗い右半身に向かってだ。


 白と黒の二色で構成された体を持つ【堕落した神コラプト】はそれぞれの腕を己の胸の前で交差させ、やがて左右へと振りぬいた。白の腕からは光の魔術が、黒の腕からは闇の魔術が放たれ、二人を襲う。


 エレンは軌道を見切るとそれを最小限の動きで避け、対象的にアンリはそれを左の手甲の部分で受けた。己が纏う鎧、【闇の帳ダークフォール】の闇抵抗増強ブーストを信じてのことだ。幸い、かつて天人がアンリに向けて言った言葉通りに闇の魔術はほとんど効果を上げることなく消失した。アンリもほんのわずかの痛みを感じただけで済み、自分の目論見が間違っていなかったことに唇を吊り上げた。


「はあああああああっ!! 【閃光の一撃レイスティング】!!」


 エレンが刻印している得意技、目にもとまらぬ高速の突きが繰り出される。光を帯びた【刺し貫く白刃シャープエッジ】は魔物の厚い胸を見事に貫いた。しかし、まだ致命傷には程遠い。


 そこに踏み込んだアンリだったが、敵の攻撃の方がわずかに早かった。長い腕がアンリの両手剣よりも早く彼に向かって突き出されたのだ。アンリは攻撃を諦め、何とか肉厚の刃でその一撃を受けることに成功する。繰り出された攻撃の重みはかつて戦った重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマンが振るう片刃刀のそれに匹敵していた。勢いが殺され、たたらを踏むアンリ。続いて闇の翼がアンリを襲う。闇属性に抵抗があるとはいえ、その物理的な衝撃が消せる訳ではない。鎧ごとしたたかに胸を打たれ、アンリは息を詰まらせ、よろめいた。


「【月形の斬撃ムーンスラッシュ】!!」


 エレンが放ったアーツは残念ながら敵の体の表面を掠めるだけに留まった。少女が帯びた闘志を察し、一瞬早く【堕落した神】は身を引いたのだ。中空を光の月が彩り、やがては消える。


 アーツを見事に避けられたエレンだったが、その口元には笑みが浮かんでいた。


武術ウェポンアーツを使えば、あたしでもあの固い皮膚を貫けるようね」


 先刻己の刺突で貫いた敵の胸を見、エレンは呟いた。腕により防がれた最初の斬撃はほとんど効果をあげることは出来なかったものの、【閃光の一撃】によって抉られた部位からは灰が虚空へと撒き散らされている。エレンは敵の姿から一瞬だけ視線をそらし、隣の幼馴染に目を向ける。


「でもとどめはアンリに期待することになりそうね」


 その言葉にアンリは己の巨大な剣を見た。アンリの得物とその筋力によって繰り出される一撃は、エレンが放つ必殺の突きよりも破壊力が高い。この厚い刃なら、その体を断つこともわけないだろう。もちろん命中すればの話ではあるが。


 期待のこもったエレンの瞳を見返し、アンリも最近さまになってきた戦士の顔で答える。


「が、頑張るよ……あの光の魔術だけはやっぱり怖いけど」


 とはいえ吐き出される言葉はやはり、いささか頼りないものではあった。エレンは軽く笑みを浮かべ、右手の【刺し貫く白刃】を握り直した。盾を持つ左腕の傷は痛むものの、戦いに支障が出るほどのものでもない。


 二色の体を持つ魔物は両足をたわめ、そんな男女に飛び掛る。翼を利用していないのが不思議なくらいの跳躍力だった。二人に向かって上空から同時に放たれた両腕の突きを、執行者達は後方にステップして回避する。鋭い爪は大地を抉り、土埃が舞った。


 一瞬動きを止めた敵に、幼馴染の二人は息のあった動きで反撃に出た。エレンは【閃光の一撃】の構えへと移行し、アンリは剣を高く振り上げる。しかし、そんな二人へと魔物は予想もしない行動を取った。【堕落した神】は土くれから引き抜いた両腕を体の前で交差させ、それぞれの執行者に光と闇の魔術を放った。そこまでは二人の読み通りだった。しかし今度は闇の魔術がエレンを、光の魔術がアンリを襲ったのだ。


「アンリッ!!」


 すでに武術ウェポンアーツを放つ体勢に入ってしまっているエレンは危険を知らせる悲鳴を上げるのが精一杯だった。アンリはなんとか体を逸らし、その光弾からぎりぎり身を避けることに成功する。しかしアンリの体勢は大きく崩れてしまった。そこに襲い掛かる白と黒の爪十本。エレンの【閃光の一撃】は敵の体に突き刺さったものの、その動きを止めるには至らない。魔物も今はエレンの攻撃で負傷することを気にしていない。今この瞬間が、巨大な剣を持つ戦士を葬る最大のチャンスであることを理解しているのだ。魔物の黒い半身についている口が醜悪な笑みを象った。残酷な結末を予想して。


「グギャアアアアアアアアッ!?」


 しかし、苦痛の絶叫を上げたのはアンリではなかった。【堕落した神】は顔を押さえ、大きくのけぞっている。その黒い顔には光輝く矢が突き刺さっていた。


「今だ!! とどめを刺せ!!」


 戦場に響いた凛々しい声の持ち主を探す間もなく、体勢を整えたアンリ、そしてエレンはそれぞれの剣を構え、最大の力を込めて降りぬいた。アンリは上段から。エレンは真横に向かって輝く月の軌跡を描きながら。


 美しい十字の剣閃が白黒の魔物の体を刻み、やがて【堕落した神】はその悲しい生命を終えた。



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