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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第3章
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第80話『堕ちたる者』

「【堕落した神コラプト】……そんな……昔は神様だったなんて……」


 アンリは先ほど光の魔術を放ってきた敵へ呆然とした瞳を向ける。


「ええ……でもね、結局【堕落した神コラプト】は神としての地位を失ったけど、だからといって簒奪者の一員として迎えられた訳でもないわ。今では人間にも簒奪者にも無差別に襲いかかる、哀れな存在でしかないの」


 アンリ、そして悲しげなエレンのそれぞれの視線の先にある異形の姿。


 左半身は大理石のように白く、その瞳は穏やかに閉じられ、口元にも小さな笑みが浮かんでいる。しかし丁度体の中心からラインが引かれたように、残りの右半身は真っ黒で目は大きく見開かれ、白い眼球には赤黒い血管が何本も走っている。口も大きく開けられ、上あごには巨大な牙が一本生えていた。衣服と呼べるようなものはまとっておらず、しかし性別を示すようなものはその体のどこにもない。


 厚い胸板から左右に伸びている両手は地面に着くかというほど長く、白と黒の十指は短剣のように尖っている。両足もそれぞれ太く、かぎ爪のように曲がった足先で地面を踏みしめていた。


 なお、左右対称のその体に一箇所だけ違う部分があった。黒い背中からは同系色の翼が生えているのだ。しかし、一つだけのそれでは空を飛ぶことなど出来るはずもない。もしその翼が神々を見捨てたことへと報酬だというのなら、エレンの言葉通り哀れとしか言い様の無い存在であった。


「アンリ……こいつは黒い体から闇属性の力を、白い体から光属性の力を放つことが出来るわ。白い腕の動きに気をつけて」


 アンリは敵の挙動から目を離さず、軽く頷くだけで返した。光属性は今のアンリにとって最大の弱点である。エレンもその事はすでに熟知していた。


「今回はあたしが前に立つわ」


 言葉の通りに一歩前へ踏み出すエレン。アンリも続こうかと考えたが、彼女の負担になることを恐れてそのまま動かずに剣を構える。以前までのアンリならば後方からでもカードによる援護などを行うことが出来たのだが……。やはりアンリの新しい【魂の器ソウルフレーム】は少々使いづらいものであった。


 エレンは【堕落した神】の真正面に立って武器を構え……唐突に手でも足でもなく、唇を動かした。


「【水の槍ウォータースピア】!!」


 エレンが剣の持ち手にこっそりと呼び出していたカードから水の槍が迸る。予想外の攻撃だったのか、それは魔物の白い左太ももに突き刺さった。小さく呻き声を上げる異形の姿。


「はっ!!」


 水の魔術の後を追い、間合いを詰めたエレンは気合の声と共に剣を上段から振り下ろす。しかしエレンの魔力ウィッチクラフトはお世辞にも高いとは言えない。水の穂先は大した効果を上げることなく飛沫となって消滅する。痛みから立ち直った【堕落した神】は黒い腕をかざしてその刃を受け止めた。硬質な音と共に、まるで岩に向かって切りつけたかのような衝撃がエレンを襲う。エレンの剣は魔物の体の表面に少しだけ傷をつけるのが限界であった。


 歯を食いしばったエレンに怪物が空いた白い腕を振りかざした。慌てて左腕の【抗魔の盾レジストエレメンタル・スクエア】で受けるエレン。しかしよろめいた少女に、背中の黒い翼が刃となって風を切り、襲い来る。空を舞うことは叶わなかったが、魔物は一枚だけの翼を有効に利用する術を身につけていたのだ。菱形の盾を迂回したそれは片手剣の使い手ソードマスターの左腕に突き刺さる。エレンは苦悶の声をあげた。


「エレンッ!!」


 たまらずアンリは先ほどのエレンの言葉を忘れて駆け出し、剣を振りかぶった。しかし、【堕落した神】は後方に向かって大きく跳び、それを安々と回避する。だがアンリのその攻撃はエレンに対する追撃を断念させることが出来た。隣でほっと一息つくアンリにエレンは激しく言い立てた。


「アンリ! 来ちゃ駄目だってば!! ここはあたしに任せて!!」


 痛みに顔をしかめながらそう口にするエレンだったが、アンリは首を横に振った。


「やっぱり駄目だよ。エレンが危ないのに一人で後ろに待機なんて出来るわけないだろ?」

「……」


 嬉しさ半分、不安半分の複雑な表情で助けにきた幼馴染を見返すエレン。そんな少女を安心させようとアンリは笑みを浮かべた。もちろん光属性に対する恐怖はそのままなので、多少ひきつっていたのは否めない。


「それによく考えてみるとさ。僕は黒い体から放たれる攻撃には強いってことだよね? この【闇の帳ダークフォール】のおかげでさ」


 かつてリーマドータが言っていた。この鎧を纏う者は、闇の属性を持つ攻撃に傷つくことはほとんどない、と。


 【堕落した神】は白い腕を振る時に光の魔術を、黒い腕を振る時に闇の魔術を放ってくる。しかし天人が言ったことが本当ならば、アンリはその闇の魔術による攻撃を無視してもいいということになる。


 アンリの言いたいことが飲み込めたのか、ようやくエレンも小さく微笑んだ。


「分かったわ。あたしが白い体の方を相手する。アンリは黒い体の方をお願いね」

「うん!」


 二人はいつものように並び立ち、悲しみを帯びた敵をこの世界から解放せんとそれぞれ武器を構えた。



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