第79話『その時、脳裏をよぎったのは』
アンリを目掛けて飛来する敵の魔術。
それを目にしたアンリの脳裏に、過去の出来事が蘇った。
「減少ってなんですか」
執行者になってから数日が経ったある日、何気なく神殿のリーマドータの元を訪れていたアンリは彼女にそう尋ねていた。突然の質問だったが特に驚く様子もなく、リーマドータは先ほどまで行っていた世間話の延長のような態度で答える。
「ああ……特殊能力の一つじゃな。といっても無い方がいい能力じゃがの」
「えっ!?」
「【打ち壊すもの】やエレンの【刺し貫く白刃】の特殊能力は増強……つまりその者の能力を向上させる。おぬしの剣の場合は筋力じゃな」
天人の言葉の通り、アンリが持つ剣はそれを手にしている間中、常に本人の筋力を増加させている。
「逆に減少はその名の通り、その者の能力を低下させてしまう。例えば筋力減少と書かれておれば、その武器や防具はおぬしの筋力を弱くしてしまうのじゃ」
アンリが説明を飲み込むまでの時間をわずかに取り、リーマドータは再び口を開く。
「おぬしのつけておる【闇の帳】には増強と減少、両方の能力があったの」
「はい……だから凄く気になって」
【闇の帳】の特殊能力に記されている文字は、闇抵抗増強と光抵抗減少の二つであった。
「ふむ……一口に増強、減少といっても、それぞれの効果はそのアイテムによって千差万別じゃ。大した変化がないものもあれば、劇的に変化するものもある。まあ、同じ輝石をどれだけ入れているかによっても変わってくるがの」
アンリは何も言わずにただ聞き入っている。目の前の天人から得られる知識をすべて吸収せんが為に。
「【闇の帳】は変化が大きい方での。それをつけておる限り、おぬしは闇の属性を持つ攻撃で傷つけられることはほとんどないじゃろう」
己が手に入れた鎧の素晴らしい力に一瞬笑みを浮かべたアンリだったが、もう一つの件についてはまだ触れられていないことに気付き、おずおずと問いかけた。
「ええと……じゃあ、光の攻撃に対してはどうなるんですか」
「喰らうと死ぬ」
「マジですか!?」
「……ほど痛い」
「……」
アンリが初めて執行者となった日にも向けられた冷たい視線に、今度も同じようにたじろぐリーマドータ。
「こ、これは冗談ではないのじゃぞ? 実際、光属性の攻撃をおぬしが受けたら、それは尋常ではない威力となっておぬしの体を痛めつけるはずじゃ。相手の力量によっては一撃で命を落とすやもしれぬ」
あの時とは違い、天人の悪質な冗談では無いことに気付いたアンリは取り乱して天人に縋った。
「そ、それはちょっと……いや、凄く怖いんですけど! な、何とかなりませんか!?」
「そうは言うてものう……光属性に対する抵抗力をあげるのが一番じゃが。その手段はいろいろとあるがの、いずれの方法もまずは輝石を手に入れることから開始せねばならぬ……おぬし、まだまだ懐に余裕はないじゃろ?」
「うう、はい……」
「ちなみに、他にも火に弱い鎧、水に弱い鎧、いろいろとあるがの。それらは輝石の数を増やすことにより、その弱点をある程度緩和することが出来るのじゃ」
救いの言葉にアンリは目を輝かせてリーマドータを見た。しかしなぜか天人の顔は冴えない。
「ただ、なぜか【闇の帳】は輝石を増やすと光に対する抵抗力がさらに下がるのじゃ」
「何でですか!? 嫌がらせですか!?」
「さすがにわしも理由は分からぬ。とはいえ、例外は【闇の帳】だけではなく、他にもいくつかあるのでな。そういう鎧なんだとあきらめるしかあるまいて」
アンリはがっくりと頭を垂れた。そんな彼が気の毒になったのか、天人は他の執行者にはあまり勧めたことのない方法を口にする。
「まあ手っ取り早いのは【闇の帳】を売りさばき、他の鎧に換えることじゃな」
一着しかない己の鎧を売るというのはアンリの考えには無いものであった。彼は驚いたように天人を見返す。
「ただ、以前に言ったと思うがの、【闇の帳】は三角輝石の中ではかなり優れた鎧じゃ。防御力もそれなりに高く、光抵抗が低下すること以外に弱点もない。闇抵抗が上がるというおまけもつくしの。もっとも、身体能力を強化する力が一切ないゆえに、より上を目指す者達はいつか別の鎧に乗り換えてゆくが……じゃが、今はまだその時ではないと思う」
まだ執行者になって数日しか経ってないアンリにはその是非は分からなかった。しかし、おそらくこの天人の言葉が正しいのだろう。彼の人生よりも遥かに長い年月、彼女は数多の執行者達を見守ってきたはずだから。
「おぬしは光の抵抗力が減少していることを気にしているようじゃが、なあに、心配はいらぬ。簒奪者の中で光属性の攻撃を行ってくる者はわずかじゃし、仲間がおぬしを助ける為に使う光魔術は何の問題もなく効果をあげる」
リーマドータは最後ににこりと微笑むと付け加えた。
「それに光属性で攻撃してくるような連中はの、地下迷宮の奥深くにいるような、ある程度以上の力を持った者達ばかりじゃ。つまりエターナルイリスの側で活動している限り、そうそうそんな奴に出会うことはない。じゃから安心せい」
リーマドータがそう言ったのに。
言っていたのに……。
アンリは出会ってしまった。
光の魔術を使いこなす、恐るべき魔物に。
「ひいいいいいいいいいっ!?」
自分に向かって飛来する光輝く魔術の力を見たアンリは、かつて天人から伝えられた話を思い出し、悲鳴を上げながら大きくのけぞってその攻撃を回避した。
先日のトレードでアンリは【闇の帳】の輝石を一つ増やすことに成功している。つまり、元々低い光に対する抵抗力がさらに低下しているということだ。
「アンリ! 気をつけて!! こいつは……こいつは……コラプトよ!!」
商隊の護衛という依頼を無事に終えて街で一泊した後、エターナルイリスへと徒歩でのんびりと帰る途中だったアンリ達。しかし、その途上で彼らはとある異形に襲われた。まるで先日のエレンの願いを神様が間違って聞き届けてしまったかのように。
比較的安全な街道に本来は存在しないはずの魔物の名を、エレンは切迫した声で叫んでいた。
「コ、コラプト?」
「ええ。堕落した神……。かつては神の一員だったのに、いつしか敵へと周り、神々へと剣を向けるようになった者よ」




