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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第1章
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第5話『神々が生み出した奥義』

 街のはずれ……執行者達の間で訓練場と呼ばれている場所を訪れたアンリとエレン。地面には土が敷き詰められており、多少の無茶をしても街に被害が及ばないようになっている。幸い今は人の気配もなく、思い切り剣を振り回すことが出来そうだった。


「カルドラの名において、我、執行者とならん!」


 勇み、神の名を呼んで己の相棒となった剣を両手に生み出すアンリ。エレンも満足げに頷き、後に続いた。神々の武具を見に着けた男女がたちまち現れる。


「良かったわね、念願が叶って」

「えっ?」

「アンリって子供の頃からカルドラが好きだったでしょ? おばさまにもよく昔話をせがんだりしてさ」

「あ、う、うん。まあね」


 幼児期の頃を話題に出されると面映い。アンリは微かに頬を染めてあいまいに答える。そんなアンリを微笑みと共に見つめていたエレンだったが、やがて表情を引き締めた。


「じゃあちょっと訓練をしてみましょっか。村での練習はやっぱりあの大きな棒剣で?」

「うん。エレンが出て行く前と同じようなものさ。しばらく使って軽く感じ始めたらまた重いものを自作してね。少なくとも素振りだけは欠かしたことはなかったよ」

「ふふっ、偉い偉い。だからアンリは両手剣を手に入れたのかもしれないわね」

「……かもしれない」


 一瞬アンリの脳裏をよぎったのは昨日の魔物の姿だ。所詮自己流の訓練では手も足も出なかった……もちろん、あの練習用の木剣も。その口惜しさが彼の言葉を少ないものとした。


「その【打ち壊すものブロークン】はどう? 重くない?」


 言われ、アンリは素振りをしてみる。神殿で軽く振った時とは違い、本格的なものだ。縦に、横に。振るうたびに風を切るような頼もしい音が聞こえる。しばらく扱ってみた後、アンリは剣を地面に突きたて、一息をついた。


「そうだね。ちょっとふらつくけど、ぎりぎり扱えるくらいかな。この武器の能力のおかげかもしれない」

「でしょうね。見た目は凄く重そうだもん。とりあえずアンリはその武器に慣れること、あと鎧にもね」

「うん」


 アンリは己の全身を包む黒い鎧を見下ろした。武器もそうだが、この鎧もいかなる材質で作られているのか。


「ねえ、この武器や鎧って、やっぱり全部神様が実際に使ったものなの?」

「そうね。ミストラルやカルドラのような始祖神がそれぞれ己に合った武器を生み出し、そして始祖神以外の神様達もその武器を与えられ、彼ら彼女らと一緒に簒奪者との死闘を繰り広げたわ」


 エレンは己の剣を掲げた。とある文献にも載っている、片手剣の始祖と呼ばれているミストラルが使っていた【刺し貫く白刃】。アンリが持つ無骨な武器と違い、柄や鍔には精緻な意匠がほどこされ、両刃のついた刀身は先端に行くほどに細くなり、三角を描く剣先はその名に恥じない鋭さを持っている。いつの間にか中天にある陽の光を浴びて美しい刀身が輝いた。


「あたしの【戦乙女の装束】と【抗魔の盾】もおそらく神々のうちの誰かが作ったものだと思うわ。それが始祖神なのかどうかは分からないけどね。ちなみにこれらのアイテムは女神達の間で人気装備だったらしいわよ」

「あはは、女の子って人でも神様でも変わらないね」


 アンリも自分の背丈ほどもある武器を見た。かつてはカルドラもこの剣を手にして戦ったのだろうか?


「アンリが武器の扱いに慣れたら、早速執行者としての活動を開始するわよ。そうね、今から五日間だけ訓練の時間に当てていいわ」

「う、うん。でも執行者としての活動って、具体的にはどうするの?」

「リーマドータが言ってたじゃない。神殿で依頼を受けるのよ……安心しなさい。比較的簡単なものにしておくから」


 不安気な顔になったアンリを安心させようと、エレンは付け加えた。アンリはその言葉に安堵の息を吐く。子供の頃、エレンの先導で無茶な遊びをさせられた過去を思い出したのだ。


「でもそれはあたしがやっておくから、アンリは訓練に専念すること。戦力として期待してるんだから。いいわね?」

「うん。ありがとうエレン。早速今日から頑張るよ」

「ふふっ。その意気よ……。しばらくはあたしと二人で組みましょう」

「うん! よろしくね、エレン!」


 気迫たっぷりらしい幼馴染に、少女は満足気に頷いた。


「武器と鎧は問題ないみたいだし、あとはアーツが手に入れば……ってとこね」

「アーツ?」

「アーツっていうのはね、始祖神が編み出した奥義のことよ。武具を用いたそれを武術ウェポンアーツ。魔力を用いたそれを魔術マジックアーツっていうの」

「うわ、何だか強そうだね!?」


 顔を輝かせるアンリ。エレンは己の【魂の器ソウルフレーム】を呼び出した。


「あたしは見ての通り片手剣と盾を使って戦うわ。片手剣の神ミストラルと、盾の神ライナスの力を借りることが出来るの……この赤い輝石が武術よ」


 エレンが右から四番目の列にある赤い輝石の上に指を乗せ、口唇を小さく動かす。するとたちまち光が石の表面から発せられた。


 剣を持った神――ミストラルが鋭い突きを見舞うその一瞬を切り取ったかのような、そんな躍動感溢れる映像がアンリの目の前に浮かび上がる。その映像の大きさは全体的にかなり縮小されたものであったが、それでもその迫力はなんら損なわれてはいなかった。


「ふふっ、見ててね」


 エレンは言うと銀のプレートを消し去り、手にした剣を構える。


「行くわよ……。【閃光の一撃レイスティング】!!」


 空気を裂くような声。エレンは強烈な踏み込みと共に鮮やかな突きを前方へと見舞う。白刃は眩い光に覆われ、エレンの動きと共に剣閃は残像となって空中を彩った。全てが終わると刀身を纏っていた光の粒子が残滓となって虚空を彷徨い、それはやがて朝露のように消え去った。


 数瞬後、エレンはほっと息を吐き、再びアンリに向き直った。


「【閃光の一撃】……ミストラルが編み出した、目にも止まらぬ一撃を放つ奥義よ」


 しばらく何も言えずにぽかんとしていたアンリだったが、みるみる破顔し、その両手が勝手に拍手を打ち始めた。


「す、凄い!! 凄いよ!! エレン!!」

「ま、あたしの実力じゃまだまだ目にも止まらぬ、ってほどのものは出せないけどね」


 矢も盾もたまらないといったような賛辞に、エレンはさすがに恥ずかしくなったのか赤面して謙遜の言葉を述べた。それでもアンリの視線に籠もった熱は全く冷めることがない。エレンはたまらずそっぽを向き、早口でまくし立てた。


「ア、アーツの輝石を刻印しさえすれば、アンリも両手剣の神カルドラが編み出した技を使うことが出来るわ。べ、別にあたしが凄いわけじゃないわよ?」

「あはは、エレン、照れてる照れてる」

「う、うるさいわね、もう!!」


 しばらく頬が朱に染まったままのエレンだったが、やがて肝心なことを伝えるために幼馴染へと視線を戻す。


「でもね。これでもまだ神々が使っていたそれと比べると不完全なの。人間が神の技を完全に模倣することは不可能なのよ」

「ええ!? あれでまだ不十分なの!?」

「そう。さっきアンリはあたしの剣の動きを目で追うことが出来たでしょ? 実際は本当に見えないくらいの速度で放たれたと言われているからね」


 アンリは再び顔に驚愕を張り付かせるしかなかった。そんなアンリにエレンが銀色の台座を呼び出す。先ほどのアーツが込められた、縦に二つ嵌っている赤い輝石を指でなぞる。


「でもこの輝石の数が増えれば増えるほど、あたし達が放つ奥義もその神々が使っていた本来の力にどんどんと近付けることが出来るの。武器のようにあたし達の身体能力も増していくわ。もっとも、それとは別にあたし達自身の腕を磨くことも大事なんだけどね」


 言外に訓練を怠っちゃ駄目よ、と言われた気がしてアンリは深く頷いた。


「でも本当に凄いんだね、アーツって。それがあれば簒奪者だって怖くないんじゃ?」

「あ、言い忘れてたわ。あたし達人間がアーツを使うとね。精神力を消耗するの。だからあまり乱発は出来ないわ」

「そうなんだ……でもやっぱりいつかは使ってみたいな」

「ふふ、簒奪者を倒していけばきっとその内手に入るわ。依頼を受けて戦う日が決まったらちゃんと教えるから、訓練をしっかりお願いね?」

「うん!!」


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