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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第3章
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第75話『打ち破れ! 小さな侵略者を!』

「ストップだ……そのままそのまま……ゴーッ!!」


 審判役となった執行者のかけ声と共に両者が腕に力を込める。とはいえデルミットもそこまで本気ではない。何しろ相手は年端もいかない少女なのだから。しかし……。


「あらあ……? どうしたの? ちゃんと力入れてる?」


 八重歯を見せつけ、嘲笑するマナにデルミットは真っ赤になった。


「なっ……こ、これでどうだ!?」


 今度こそ全力を出すデルミット。だが、少女の腕はぴくりとも動かない。


 アンリ達は気付いていたが、今のマナは武器と鎧を呼び出してこそいないものの、輝石の力を【魂の器ソウルフレーム】から引き出している。


 つまり【力の指環パワーリング】と【力のメダリオン】だけでなく、武術ウェポンアーツである【刈り取られる麦穂ハーベストタイム】、【巨木断裁撃ビッグツリーディバイダー】、【死を呼ぶ竜巻デッドリィトルネード】の恩恵を一身に受けているのだ。


 もちろんそれらの特殊能力スペシャルパワー筋力増強ストレングスブーストである。


「ふあ~……あくびが出るわね。じゃあこっちから行くわよ」

「何……うおおおおおっ!?」


 マナが動いた時、デルミットの悲鳴と共に試合は即座に終わった。腕どころか全身ごと彼は椅子から横に転げ落ちたのだ。


 一瞬静まり返る場。皆、デルミットが芝居をして少女といい勝負をしているように見せていると思っていたのだ。


「審判!」


 マナが言葉と共に審判役の執行者を見る。彼は慌てて自分の役割を思い出し、マナの腕を取って宣言した。


「ウィナー!! ……えーっと」

「マナよ」

「ウィナー!! マナちゃん!!」


 審判によって腕を掲げられ、マナは誇らしげに胸を張る。呆然としていた他の者達もやがて少女に向かって拍手を打ち始め、口笛を鳴らす。しかし、そんな中勢い良く立ち上がった一人の男がいた。


「ま、待てっ!!」

「あら、デルミットだったっけ? 何か用?」

「も、もう一度だ!! い、今のは本気じゃなかった!!」


 体についた埃を払うことも忘れ、デルミットは吠えた。そんな男を見てマナは白い歯を光らせる。


「ふふん、そこまで言うならいいわ。全力で来なさい!」

「後悔しても知らねえぞ……これが俺の本気だ!!」


 デルミットの言葉を意訳すると次のようになる。――俺は輝石の力を引き出すぞ!!


 デルミットは馬の背にまたがるかのように木の椅子に飛び乗ると、再度マナと手を組み合わせた。過去の経験から少女は目の前の男の魂胆に気付いている。しかしそれが上手くいった試しがないことも、過去の経験から知っていた。


 先ほどと同じ光景が繰り返され、デルミットはまたもや木の床へと投げ出された。





「次!!」


 【虹の根元亭】はいつの間にかアームレスリングの会場となっていた。挑戦者達はこの宿を根城にする執行者達。そしてチャンピオンはもちろん薄紅色の髪を持つ小さな女の子……マナだ。


「あなたも行きなさいよ、男でしょ!?」

「い、いやちょっと待ってくれ! 俺はどっちかと言うと素早さに定評があってえええええええっ!?」


 恋人に背を押され、無理やり椅子に着かされた執行者も。

 顔に傷を複数つけた熊のような大男も。

 なぜか飛び入り参加させられた宿の主人も。


 【虹の根元亭】の面々は小さな女の子の前に平伏そうとしていた。なお、アンリ、エレンの両人もすでに敗者の中にその名を連ねている。


 まだ少女に挑んでいないのはこの宿の常連で一、二を争う実力者と目されているギザルムただ一人。彼こそが最後に残った砦であり、希望の星であった。アンリを含めた執行者達は皆、一様に期待の光を瞳に宿して彼を見る。そんな中、ギザルムは軽く肩を馴らしながら席に着く。敗者達は全員、ギザルムの周りを半円となって取り囲んだ。


「やろうか、お嬢ちゃん?」


 余裕しゃくしゃく、といった風情で腕を差し出し、マナも笑顔でその手を組み合わせようとする。その時、ギザルムの手の平に小さな文字で何か書かれていることにマナは気付いた。


『今度【スイートシュガー】でスペシャルデザートをごちそうしよう。この意味は分かるね?』


 【スイートシュガー】は高級な菓子を食べさせてくれる店の名だ。マナは笑みを深くして手の平を組む。もちろんその意味が分かったからだ。





「ウィナーーーーーーー!! ギザルムーーーーーーー!!」


 審判役の男の言葉と共に、新たなチャンピオンとなった男の握り拳が天へと向かって突き上げられた。その名はギザルム。彼によって【虹の根元亭】の誇りは守られたのだ。執行者達は激しく手を叩き、口笛を鳴らし、足すら楽器のように打ち鳴らして勝者を祝福した。


「ああ~ん、負けちゃったあ~」

「残念だったね! お姉ちゃん!!」


 負けた姉とその妹の顔は太陽のように輝いていた。ただ一人マナの後ろで見守っていたミナだけは姉が敗北した理由が分かっていたのだ。勝負そのものは不自然さを一切感じさせない、白熱したものであった。


「なかなかいい勝負だったぜ、お嬢ちゃん」

「あんたもね。やるじゃない、【虹の根元亭】の執行者も!!」


 ギザルムは円卓を周ってマナの側に近寄ると手を差し出した。マナもそれに答え、がっしりと手を握る。ギザルムは片目をつぶり、マナもにこやかに頷いてそれに答えた。


 興奮冷めやらぬ中、宿の主人が皆に酒をおごると言い出し、彼ら彼女らの喝采はますます激しくなっていく。


 こうして、【虹の根元亭】の長い夜は熱気に包まれたまま終わったのだった。


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