第73話『出会いを祝して』
「へえ……ここが【虹の根元亭】なのね。初めて来たわ」
マナ、ミナを連れたアンリ達は根城である宿に二人を連れて来ていた。お互いに拠点を知っていた方が何かとやりやすい。つい先ほどアンリ達も双子がよく利用しているという宿に顔を出してきたところだった。
その時に聞いたのだが二人はこの街で生まれたらしく、家は別にあるらしい。宿はあくまで仲間集めなどの拠点として利用しているだけとのことだった。
「どうする? 少し休んでいく? なんならおごってあげるわよ?」
「ほんと!?」
「え? でもご迷惑なのでは?」
エレンの魅惑的な提案に子供相応の表情で目を輝かせたマナ。ミナは姉とは対照的に一旦は遠慮したものの、そのお腹が可愛らしくくうっと鳴いた。
顔を真っ赤にしたミナに、アンリは微笑を浮かべた。
「丁度夕食の時間だし、僕達もお腹ぺこぺこなんだ。だから遠慮しないで?」
「は、はい……で、ではありがたくいただきます……」
頬を林檎のように赤くしたまま、ミナは小さな声で答えた。
「んじゃ、二人との出会いに乾杯っ! なんてね」
片目をつぶり、かるくカップを突き出したエレン。アンリはそのカップに己の杯を軽く打ち合わせ、二人の姉妹もそれに倣う。アンリとエレンのカップにはワインが、双子の姉妹のカップには山羊のミルクがそれぞれ器を満たしている。
時刻はちょうど夕刻で客の入りも多く、顔なじみの執行者がアンリ達の連れた女の子に好奇の視線を寄越すものの、楽しげな雰囲気を邪魔しては悪いと思ったのか声をかけてくることはなかった。
四人は杯に口をつけ、乾いた喉を潤す。
「ん……なかなか美味しいわね。ここの山羊乳も」
「それは良かった」
アンリ、そしてエレンも【虹の根元亭】で山羊乳を頼んだことはなかった。それだけに味についてはちょっと不安だったのだが、満足げな姉妹の様子にアンリは微笑みを浮かべて己の酒盃をあおり、目の前の料理の皿に手を伸ばす。
円卓に載るのは味付けされた羊の肉料理に焼き魚。鳥肉のパイ、様々な具材の入ったオムレツ。うさぎのシチューに野菜サラダなどなど。依頼を解決した時に頼む、いつもの『豪勢な食事』だ。
二人……というかミナは続々と並べられる品々に最初は恐縮していたが、エレンから戦いを終えた後にはこうして贅沢をする習慣のことを聞かされ、今では姉と同じく楽しげな表情で料理に舌鼓を打っている。
「でも本当に最初二人を見た時は驚いたわ」
「ん?」
エレンの言葉にマナはスプーンを咥えたまま首を傾げた。
「蜥蜴精鋭を追いかけてたところよ」
「ああ、あれは僕もびっくりしたよ。最初は幻を見てるかと思った」
アンリもエレンに同調する。蜥蜴精鋭はほとんどの駆け出し執行者の前に壁として立ちふさがる強敵だ。そんな魔物が小さな二人の女の子から逃げ惑っていたのだから……しかも群れをなしていたにも関わらず。
「ふふん、蜥蜴精鋭なんかへっちゃらよ。いつかは重装蜥蜴にだって一対一で勝ってみせるわ」
「お姉ちゃん……私の【氷結の鎧】がなかったら蜥蜴剣士とだってぎりぎりの勝負になるくせに……」
「い、いいのよ! 戦術で勝てばいいのよ!! 戦術で!!」
慌てたようなマナにアンリも頷いた。
「確かに。僕も蜥蜴精鋭と初めて一対一で戦った時はカードの力を借りたからね」
かつてのダンジョンでの戦いを思い出し、アンリはしみじみと呟く。あの時は蜥蜴精鋭を強敵だと思っていたアンリだったが、今ではもはやそういった認識はない。今日も【打ち壊すもの】の一振りで蹴散らすことが出来たのだから。
「僕も重装蜥蜴に一人で勝ちたいな……いつの日か」
マナとの共闘で重装蜥蜴もあっさりと屠ったアンリだったが、あれは僥倖だっただけであろう。かつて片腕で己の剣を受けられたことを思い出し、瞳に強い意志を込めてアンリは呟いた。
「でも本当に強くなったわね、アンリ。もう蜥蜴精鋭を物ともしてなかったじゃない。きっといつかは重装蜥蜴だって一人で倒せるようになるわよ」
エレンはそんなアンリを見据え、微笑んだ。ワインのせいか、別の要因によるものか、その顔はほの赤い。
「そ、そう? あ、ありがとう」
照れくささに身をよじり、アンリはもごもごと答えた。そんな彼を見てマナが口元を吊り上げる。
「あらあ? 二人ってひょっとしていい関係なんだ? 帰りもバスケットを抱えてたし……デートしてたの?」
「なっなっなっ……何を言ってるのよ!? きょ、今日はただ単にたまにはアンリをねぎらってあげようと思っただけなんだから!! たまたまなんだからねっ!?」
エレンの反応で二人の関係性が分かったらしいマナはますます笑みを深くする。対してミナは複雑な表情で山羊乳のカップに口をつけ、エレンと同じように赤面しているアンリの顔をそっと見つめた。




