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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第3章
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第61話『それぞれの帰還』

「やっぱり【闇の帳ダークフォール】は高いね」

「そうね……そして【岩石粉砕撃ロックディスラプション】は相変わらず……」

「エ、エレン、落ち着いて」


 依頼もなくのんびりと過ごした一日の夕暮れ時、アンリとエレンの二人は神殿の敷地内にあるオークション会場を歩いていた。エレンが懐から取り出した赤い六角形の石を握りつぶさんばかりに力を込めているのを見て、アンリは慌てて諌める言葉を発する。エレンはその言葉に多少感情が治まったのか、握り拳を解いた。その中にはルビーのように美しい石が明滅している。その輝きを見つめながら、エレンは暗い顔でぽつりと呟いた。


「そういえばさ……同じ六角輝石ヘキサなのにあの差はちょっと酷いわよね……」

「うん……武術ウェポンアーツ魔術マジックアーツの差はあるけどね」


 二人が引き合いに出しているのは以前ダンジョンの戦いで敵から転がり落ちた【穿つ蒼き流錐アクアドリル】のことだ。結局ナギラギアの手に渡ったこの輝石につけられていた本日の最高買値は8300だった。対して【岩石粉砕撃ロックディスラプション】に付けられていた値は570だったのである。先ほどアンリが高いと口にした三角輝石トライの【闇の帳】ですら、この日は1260の値がついていたというのに。


「でもどうする? 今日はやめとく?」

「そうだね……この間見かけた時は1050くらいだったのになあ……」


 二人は【闇の帳】の価格を見る為に神殿を訪れていたのだ。安ければ買うつもりであったアンリであったが、今日は出品数が一つしかなかった為か、いつもよりも高い買値が付けられていたのである。相場よりもかなり高めの値段を見た瞬間、アンリの中にあった鎧を強化しようという意思が揺らいでしまった。


 アンリはしばし考えていたものの、やがて冴えない表情を浮かべてエレンを見た。


「今回は買うのを見送るよ」

「そうね、まだもうしばらくは簡単な依頼を受けるつもりだし……今日はあきらめましょうか」

「うん、ごめんねエレン。わざわざ付き合ってもらったのにさ」


 アンリの謝罪に対し、エレンは気にしないでと言いたげに微笑んだ。





「よう、久しぶりだな。アンリ、エレン」

「デルミット!? どこに行ってたのさ!? 心配したんだよ?」

「まったくよ……あんな一枚の紙切れだけを置いてさ」


 【虹の根元亭】に戻ってきた二人を待っていたのは、あの日書置きを残して姿を消した執行者、デルミットだった。帰ってきたばかりなのか、赤と白の二色頭もぼさぼさで、円卓に置かれたバックパックとまだ身につけている旅装束も薄汚れ、ところどころ擦り切れている。しかし、その顔だけは場違いのように輝いていた。


「ふっふっふ……見ろ!! これが俺の新しい武器だ!!」


 デルミットは手をかざし、神々の武器を呼び出す為に意識を集中した。光の粒子が右手に集まり、やがて一本の小さな得物の姿を象る。握られた彼の拳二つ分ほどの反り返った刀身を持つその武器を掲げ、デルミットは高々と宣言した。


「【野獣の爪ビーストクロー】……そう!! 今日から俺は短剣の使い手ダガーマスターだ!!」


 デルミットがまた新たな武器に乗り換えたのは、両手槍スピアを見るたびにあの忌まわしい過去を思い出してしまうからだろう。さすがに今回はエレンも彼をたしなめるようなことはなかった。






「あら、早かったわねナギラギア。貴方が一番乗りだわ」

「そうですか……それは残念です。もう少し詳しいことが分かるかと期待していたのですが」


 エターナルイリスを出発して数日、ナギラギアは己が拠点としている街へと帰還した。先に報告をすませてしまおうと、青髪の執行者は休息もとらずに神殿を訪れる。そしてある一室へと踏み入れたナギラギアにかけられた第一声が先刻の言葉だった。


 ナギラギアはやや落胆の色を滲ませながらも部屋の中央へと進み、豪華な机の向こうに座る人物を見据える。その女性は銀色の髪、赤い瞳、褐色の肌の持ち主だった。ナギラギアに調査を依頼したのは天人だったのだ。


 ナギラギアをねぎらうかのように柔らかな笑みを浮かべ、天人は立ち上がって少女のそばへと歩み寄った。


「おかえりなさい、無事でよかったわ。と言っても貴方が危機に陥る姿なんて想像も出来ないのだけれど」

「ええ、実際ほとんどの調査は私が一人で片を付けれる程度のものでした。むしろ一番困ったのは仲間集めです。あのダンジョンの調査に関しては貴方のいたずらでしょう?」

「ばれちゃった? でも実際調査をして欲しいと思ったのは本当よ?」

「その調査を行う人間は私でなくても問題はなかったと思いますがね。まあそれはおいておいて、こちらが今回の報告をまとめたものになります」


 ナギラギアは背負う荷物から提出用として整理していた資料一式を取り出した。天人はそれを受け取ると自分の仕事机へと戻り、再び椅子へと腰掛ける。


「どうだった? あっち方面……特にエターナルイリスは?」

「そうですね……中々面白い街でした。とだけ言っておきましょう」


 ナギラギアの頭をよぎるのはあの街で知り合った執行者の顔だった。特に己の背丈ほどの大剣を持って戦う少年の姿はナギラギアの中に色濃く残っている。天人はそんなナギラギアの顔を見て意外だという表情を浮かべた。


「あら、珍しいわね。貴方からそんな感想を聞けるなんて。いつもは獲物カモの話くらいしかしてくれないのに」

獲物カモもいましたよ、もちろんね」


 ナギラギアはいつもの笑みを張り付けて天人を見返した。天人もその笑みを見つめて微笑み返す。


「良かった。いつもの貴方で。ひょっとしてどこか調子が悪いのかと心配しちゃったわ」

「体調の悪い鮫なんてこの世に存在しませんよ」

「そうね。貴方の言う通り」


 天人は頬を吊り上げたまま軽く頷いた。言葉通りに心配していたのかそうでないのか判別がつきにくい表情であった。


「それでは私はそろそろお暇しましょう」

「あら? もう? もう少しのんびりしていってくれてもいいのよ?」

「貴方にはさっさと仕事をして欲しいので。それに日が暮れる前に宿も確保しないといけませんから。以前の宿がまだ空いているといいのですがね」

「それは面倒ね。でもどうせ帰ってくる予定だったんだし、話を通しておけばよかったじゃない」

「一応宿の主人には帰還の時期を伝えていましたが。ただ、私がいなくなった方が客入りは良くなりそうですからね」

「そうね、私が宿の主だったらおそらく貴方を出入りさせないと思うわ」

「ええ、ですからあの宿を失いたくないのですよ……それではこれで失礼します。新たなことが分かったら知らせてください」


 一礼し、部屋の扉へと足を向けるナギラギア。


 そんな少女の後ろ姿に一瞥をくれながら、天人はナギラギアが提出した資料の内、一枚の紙に目を留めた。それはこの大陸の一部を記した地図で、エターナルイリスをはじめとする主要都市や道の連なりなどが俯瞰図によって描かれていた。ナギラギアが自分の足で調査を行った箇所が紙上にインクで書き込まれている。その書き込みと別紙の詳細な報告書をざっと眺め、一人だけとなった部屋の中で天人はぽつりと呟いた。


「何らかの大掛かりな儀式……かしら?」


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