第60話『神話はかく語りき』
「むかしむかし、片手斧の始祖神であるザルツバーンは、片手剣の始祖神であるミストラルと事ある毎に張り合っていました。戦いの腕においては互角な二神でしたが、いつも女神から愛を告白されるのは決まってミストラルの方ばかりだったのです。それがザルツバーンには気に入らなかったのでした」
「そんな二神はある日、そびえるように立つ二つの大きな岩を見つけました。もはや山と言ってもいいそれはわずかな間隔を開けて、まるで双子のように並び立っています。それを見たザルツバーンはミストラルの方を振り向き、こう言いました。『なあ、この岩に俺達が通れるくらいのトンネルを掘ろうぜ。どっちが早く掘れるか競争な!!』」
「ミストラルは正直乗り気ではありませんでしたが、彼に背を向け、大岩を前に斧を手にしたザルツバーンを見てあきらめの溜め息をつきました。やがてミストラルもザルツバーンと背中をあわせ、もう一つの大きな岩を見上げます」
「ザルツバーンは手に持つ斧を振り上げ、その巨大な岩肌へと叩きつけます。しかし神が作ったとはいえ斧は斧。やはりその刃は岩を掘るには不向きです。ザルツバーンは刃が欠けた得物を見て舌打ちすると、次の斧を取り出し、もう一度振りおろします。もちろん、結果は同じでした」
「そこでザルツバーンは思いました。自分が生みだした斧に、巨大な岩石をも打ち壊せるような力を与えたいと。そこからザルツバーンの試行錯誤の日々が始まったのです」
「最初の日々は失敗の連続でした。刃は零れ、柄は折れて使い物にならなくなった斧は数知れません。しかしザルツバーンは諦めず、何度も何度もその武器を固い岩盤へと叩きつけ続けました」
「そしてある日、ついにザルツバーンは気付きました。固い岩にももろい部分があることに。全身の筋肉を用いて勢い良く踏み込み、その場所に向かって適正な角度で、思い切り斧を叩きつけます。するとどうでしょう、あんなに強固だった岩の一部が砕けたのです。ザルツバーンは喜び、斧を掲げました。そしてその技にとある名をつけました。そう、【岩石破砕撃】の誕生です」
「それからはこれまでの日々が嘘のようにトンネル掘りが順調に進みます。ザルツバーンは先刻編み出した技を次々と改良していきました。新しく生まれる技の数々……【岩石破壊撃】、【岩石潰滅撃】、【岩石粉砕撃】……。そして最後の日、とうとう一撃で大岩を消滅させるかのような強大な威力を持つ奥義を編み出したのでした。その打撃によってついに巨大な岩はその最後の岩盤を砕かれ、外からの光がザルツバーンを照らします。長い長いトンネルから抜け出たザルツバーンは天に向かって雄たけびを上げました。その顔はずっと剃っていない髭にまみれて野獣のようでしたが、その笑顔は頭上の太陽のように輝いています。ザルツバーンは手にした斧を見据え、彼はその最終奥義にも名前もつけるのでした……【岩石消滅撃】と」
「満面に笑みをたたえ、トンネルの中を駆け戻るザルツバーン。今回は俺の勝ちだな、という喜びで彼の胸は一杯です。なぜならミストラルは片手剣の始祖神。彼が操る剣が岩を破壊するのに向いてないのは明らかでした。そして膂力だけならザルツバーンはミストラルに勝っていたからです」
「二神が背を向けあった場所へと戻ってきたザルツバーン。そこで彼を待っていたのは……。ザルツバーンが掘った穴のように、向こう側にまで空けられたトンネルと、とっくの昔に岩を掘り終えていたのか、地面に座ってのんびりと酒を飲むミストラルの姿でした。彼の側には使い込まれたつるはし、鎚とのみが転がっていました……」
「ミストラル酷いな!?」
長い長いエレンの昔話が終わるとアンリは悲鳴をあげていた。語り終えたエレンは一息つくかのように酒を一杯呷る。カップを下ろすとエレンは口元に笑みを浮かべた。それは嘲笑といってもいいものだったが、その嘲りが誰に向けられているのか、アンリに判別するのは難しかった。
「これがザルツバーンが編み出した奥義にまつわるお話しよ。面白いでしょ?」
「いやその……面白いといえば面白いんだけど……なんというか、あまりに悲しすぎるような……」
「ちなみにこの時ザルツバーンが編み出した武術はね、高位になるにつれて威力は上がっていくけどそれにつれて隙が大きくなっていくの。当然よね、大岩は反撃してこないんですもの。でもあたし達執行者が実戦で使うには、正直言ってかなり厳しいわ」
その言葉で【岩石粉砕撃】の価値が低いことを理解するアンリ。かつて組んだことのある青髪の少女によるとこの六角輝石は比較的手に入りやすいとのことだが、それに加えて扱いづらいとなると取引価格が安いのも当然のことだろう。
すでに何杯目になるか分からない酒盃を傾け、エレンははあっと息を吐いた。すでに目はとろんとし、上体もふらついている。
「エ、エレン……そ、そろそろお酒はやめた方が……」
「あ~? 何言ってるのよ……あたしはまだまだ大丈夫……だも……ん……」
その言葉を最後にエレンはまだ料理が残る円卓の上へとつっぷし、寝息を立て始めた。アンリは困ったように周りへと助けを求める。いつのまにか夕食時が終わっていた食堂は、人影も減り、幾人かの執行者のグループが酒を酌み交わすのみとなっていた。その中の一人が立ち上がり、アンリの側へとやってくる。いつも彼らに気さくに声を掛けてくれる常連執行者の一人だった。
「やれやれ、完全に酔いつぶれてやがるな。アンリ、部屋に連れてってやれ。介抱の仕方は分かるな?」
「は、はい……一応は」
アンリはエレンの状態を確かめ、問題なさそうであることを確認すると彼女をそっとおんぶし、二階への階段へと向かおうとした。そんなアンリにその執行者は冗談めかした顔で忠告する。
「念のために言っておくが、この機に手を出そうとか考えるなよ」
「考えませんよっ!!」
顔を真っ赤にして答えたアンリはそそくさと階段を登り始めた。
なお……エレンの部屋に入って彼女を背から下ろし、ベッドに寝かせようとしたアンリだったが、一瞬だけ目が覚めたのか泥酔状態のエレンがアンリへと急に抱きつき、そのまま離れなかったので、結局そのまま夜中を過ごすことになる。寝息を立てる幼馴染に対し、何か行動を起こすという度胸は持ち合わせていないアンリであった。
そして夜半に目覚めたエレンは顔を真っ赤にし、宿中に響くような悲鳴をあげてアンリを部屋から叩きだした。




