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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第3章
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第59話『エレンの過去』

 依頼が無事に済んだことを天人に報告し、【虹の根元亭】に戻ってきた二人。時刻は丁度夕食時だ。宿の主に様々な料理を注文し――その量はいつも依頼達成時に頼む時よりも多かった――締めくくりにエレンは大声をあげる。


「酒!! とびきり強いやつね!!」


 直々に注文を取りに来ていた宿の主人は軽く頷くと去っていく。普段はたしなむ程度にしか飲まないエレンとアンリ。もの問いたげに向けられているアンリの視線に気付き、少女は笑みを浮かべた。その笑みはどちらかというとやけになった時に浮かべるような類のものであった。


「今日は飲むわよ……アンリも付き合いなさい」

「う、うん……」


 やがて二人が座る円卓にどんどんと載せられる料理の皿、お酒の入った器。エレンは酒盃を構えたアンリに己の杯を打ち合わせる。木と木がぶつかる音がし、杯から酒が少量こぼれたがエレンは気にした様子もなく一気に中身を呷った。


「はあ~っ!! もうやけよ! 全部話してやるわ!!」


 どん、と卓上に木の杯を叩き付け、料理の皿に手を伸ばして貪るように食べるとエレンは凄みのある笑みを顔に張り付けたままアンリを見た。アンリは恐々とそんな幼馴染を見つめるしかない。


「何から話そうかしらね……」


 もう酔いが回り始めているのか、頬を赤く染め、視線を宙でさまわせるエレンだったが、やがてその藍色の瞳をアンリへと向けなおした。


「執行者になる為に村を出たあたしは、このエターナルイリスに到着してすぐに神殿の扉を叩いたわ。そしてあの時アンリも体験したように、己の【魂の器ソウルフレーム】、そして武器や鎧を生み出す儀式を行った……その時、儀式を執り行ったのはあのリーマドータよ」

「エレンもリーマドータさんに?」


 エレンは軽く首肯して続ける。


「アンリにも分かるでしょうけど、あの時のあたしは期待に胸を躍らせていたわ……神々のように華麗に武器を操り、簒奪者を打ち倒す自分を夢想していたの」


 エレンの言葉にアンリは頷いた。その心の内は全く同じものであったからだ。


「そして白い輝石を手に乗せ、あたしはドキドキしながら神の言葉を口にしたの! 『我にその叡智を示せ』ってね!! そしたら……」


 ダン!! と杯が卓上へと叩きつけられ、アンリはびくりと身をすくませた。周りは夕食時の喧騒が包んでいるため、幸い人目が集まることはほとんどなかったが。


「現れたのは片手斧ハンドアックスよ片手斧!! 片手剣ソードでも両手剣ツーハンドソードでも片手鎚メイスでも両手鎚モールでも片手槍ジャベリンでも両手槍スピアでもボウでもなくね!!」


 当時を思い出したのか歯軋りするエレン。酒のつまみを口の中に放りこむとまるで仇のようにバリバリと噛み砕いた。


「しかも鎧に至ってはボーンアーマーよ、ボーンアーマー!! ツーヘッドリザードの骨から作られた!! 両肩にトカゲの頭蓋骨が付いたやつよっ!!」


 ツーヘッドリザードとは昔神々がいた時代に存在した、頭が二つある巨大なトカゲの名だ。神々と簒奪者達との戦いのせいなのか、それとも他の理由によるものなのかは分からないが、もはや伝説の中にしか存在しない幻獣の中の一体である。


 大抵の武具に関しては何を素に作られたのかは分からない。しかし、ボーンアーマーは何から作られたかが判明している武具の内の一つだ。伝えられる神話の中に、鎧の形状を指す一文が存在するからである。


 二つの頭を持つトカゲの骨を用いて鎧を作る。両の肩当ては対の頭骨を利用しよう……と。


 もはや今世の人達が目にすることの出来ない幻獣も、執行者達はその牙や骨、また皮などで作られた武器や鎧に触れ、遠い昔に彼らが存在していたという実感を得ることが出来る。ただ、とある一人の少女がトカゲの骨から作られた鎧を身に付けたいと思ったかというと……。


「右手に片手斧! 鎧はボーンアーマー!! あたしは十五歳の乙女だったのよっ!! 酷いと思わない!?」


 アンリの瞳を覗きこむエレン。アンリは何も言えずにこくこくと頷くしかなかった。


「パーティーを組もうとしても何だかひきつった顔をされて断られるし、いつの間にかエレン・ザ・バーバリアンなんてあだ名が広がってるし、散々だったわよ!!」


 すでに二杯目の酒を飲み干したエレンが店の奥に向かって飲み物の追加を呼びかける。すぐさま威勢のいい声が返ってきた。


「でもね……アンリにも分かるでしょうけど、執行者に成り立てだったあたしは別の武器に乗り換える余裕なんてなかったわ。手に入った片手斧と鎧でなんとかするしかなかったの」


 届いた三杯目の酒を半分ほど飲みほし、エレンは過去に思いを馳せる。


「そしていつしかあたしは武術ウェポンアーツを手に入れたわ。と言っても三角輝石トライだけどね。名は【岩石破砕撃ロッククラッシャー】」

「……えーっと。六角輝石ヘキサのは【岩石粉砕撃ロックディスラプション】だったっけ?」

「ええ。ザルツバーンが編み出した奥義。三角輝石トライから順に、【岩石破砕撃ロッククラッシャー】、【岩石破壊撃ロックブレイカー】、【岩石潰滅撃ロックバスター】、【岩石粉砕撃ロックディスラプション】、【岩石消滅撃ロックエクスティンクション】があるわ」

「岩に恨みでもあるの!? っていうか斧って切断する武器だよね!? 何でどれも切るっていう言葉が入ってないの!?」

「うふふ……ザルツバーンが編み出すことになったこれらの奥義についてのね、とある伝承があるの……片手剣の始祖神、ミストラルも出てくるわ」


 酔いが完全に回ったか、赤い顔にしまりの無い笑みを浮かべ、エレンは酒臭い息と共に昔語りを始めた。


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