第3話『武具生成』-初めての変身-
第3話が少々長すぎたため、2021/03/12に分割しました。
アンリが自分の方に向き直るのを確認するとエレンは胸に手を当て、目を閉じる。薄紅色の唇がやがて言葉を紡ぐ。
「ミストラルの名において、我、執行者とならん」
エレンの胸の辺りから光が満ち、室内へと溢れる。眩しさに逸らした目線をエレンに向けなおした時、そこにはいつしか見た、純白の鎧と、異なる色の宝石が四つ中央に嵌められた菱形の盾を身に付け、白銀の剣をかざした金髪の少女が立っていた。
胸当てや篭手、ブーツなどで体の要所が守られているが、金属部分はそれほど多くなく、防御力よりも機動性を追及したかのような、動きやすそうな鎧であった。また、下地も一緒についてくるのか先ほどまで少女が見につけていた衣服は影も形もなくなり、長めの袖がついた白の衣装が胸当ての肩口から伸び、下半身は短めでひだのついたスカートに、膝下までのソックスが覆っていた。それらの部位にはところどころに鮮やかな青色で綺麗なラインが描かれており、白と青のコントラストが実に美しい。
「どう……? って、どこ見てんのよ!!」
「ご、ごめん!!」
男の性か、短いスカートからむきだしになっていた太ももをついガン見していたアンリ。エレンは慌てて盾で太ももの部分を隠し、顔を真っ赤にして睨みつけた。揺れる髪には鳥の翼を象っているらしい鋭角なデザインの髪飾りがついている。ちりばめられている小さな宝石が金色の髪の上で虹色に煌いていた。
「【刺し貫く白刃】と【戦乙女の装束】……そして【抗魔の盾】……全て女の執行者に人気のある装備じゃの。まったく、見た目で装備を選びおって。これだから若い者は」
何やら呆れたかのような声を洩らすリーマドータ。対してエレンは太ももを押さえるのをやめるとごまかし笑いで返した。
「とはいえ、四角輝石や五角輝石の中では優秀な装備であることは間違いないのじゃがの」
「テトラ? ペンタ?」
聞きなれない単語が連続し、アンリは疑問の声を上げる。先ほど天人が口にした単語の内の三つはエレンが見につけている物の固有名詞だろうということは分かる。しかしその後の言葉の意味は?
「おお、そういえばまだその辺りの説明もしてなかったのう」
「そうね。でもそれも後でまとめてやっちゃいましょ」
「ふむ、それもそうかの」
エレンがアンリに向き直る。
「さっきあたしがやったのが輝石に込められた装備を纏うための儀式よ。この剣と鎧と盾、全てあたしの【魂の器】に収められているものなの。アンリと同じように刻印を行って、ね」
エレンは己が身につけている物を誇示しながら説明を続ける。
「じゃあアンリ。さっきあたしがやったみたいに神々の武具と叡智をその身に纏うの。言葉と共に強く念じて!」
「わ、わかった。やってみる!」
先ほどエレンが口にしたミストラルとは、片手に持った剣で数多の戦いを行ったと言われる神の名だ。【刺し貫く白刃】の名も物語の中で見たことがある。
アンリが手に入れた武器は両手剣。偶然か否か、子供の頃から憧れていた女神が振るっていたという、あの。
アンリは目を閉じ、声を大にして叫んだ。先刻エレンが見せてくれた見事な変身を思い出しながら。
「カルドラの名において、我、執行者とならん!」
意識を集中し、言葉を発した瞬間。アンリは自分の内側から途方もない力と熱があふれ出すのを感じた。同時に胸の辺りから光の粒子がいくつも飛び出し、やがてその光はすぐさま二つの塊となって、一つはアンリの肢体を包みこむ。もう一つの輝きはアンリの両手に纏わりついた。アンリは慌てて両手を体の前に差し出し、剣を持つ体勢を取る。するとその光の集合体は一本の棒状の形を取り、やがて。
いつしかアンリはかざしていた。かつて絵姿で見たカルドラが携えていた武器のように、全てを粉砕してしまえそうな大振りの剣を。
いつしかアンリは纏っていた。盾を持つことの出来ないこの武器の欠点を補ってくれるような、全身をすっぽりと覆った重厚な金属製らしき闇色の鎧を。
呆然としているアンリの耳に、軽く手を叩く音が飛び込んできた。弾かれたように振り向くアンリの目の前には拍手をしているエレンが。彼女は夏に咲き誇る黄金色の花のような笑顔でアンリを見ていた。
「おめでとうアンリ。これで貴方も執行者の一員よ」
「エレン……あ、ありがとう……」
心ここにあらずといった感じだったアンリの顔に、少しずつ現実を理解できた笑みが浮かんでくる。顔を正面に構える剣に戻し、はしゃぐようにその得物を天井へと掲げた。
「すごい、すごいよ! 僕もこれで簒奪者と戦えるようになったんだ!」
やがてその剣を正面へと振り下ろす。多少はよろめいたものの、扱えないというほどではない。剣の力によって筋力が増強されているからか、アンリの背丈と同じくらいの長さを誇るその剣も、思ったよりは重量を感じさせなかった。もちろん、アンリが今まで我流で行ってきた修行の成果もあるだろうが。
リーマドータは銀髪を揺らしながら首を軽く振り、半笑いを浮べた。
「やれやれ、一年前のエレンと一緒じゃのう」
呟きを聞いたアンリは体を反転させた。エレンを見つめて嬉しそうに一人ごちる。
「そっか。エレンも僕と同じだったんだね」
「まあの。といってもあの時のエレンは……」
「わーっ!! その話は無しよ!! リーマドータ!!」
「おっと、そうじゃったな。すまんすまん」
「? どうかしたの?」
なぜか慌てるエレンと意地悪そうに口角を上げるリーマドータ。意味が分からず首を傾げるアンリに、天人は咳払いして先ほどとは別種の笑みを浮かべた。
「いやなに、あの日のエレンといい、今のおぬしといい、初々しいと思っての。慣れてくると人間どもは、神への言葉を捧げるのも忘れて念じるだけで武具を呼び出すようになるからの」
「えっ!? 念じるだけで呼び出せるんですか!?」
アンリはまじまじと自分が呼び出した剣を見つめ、やがて身を守る鎧にも視線を落とした。
「うん。でもあたし、あの名乗りが好きだから緊急時以外は言うようにしてるんだ。アンリも慣れない内は言葉と共に念じた方が呼び出しやすいわよ。名乗りの内容はアンリが決めたものでいいから」
「うん、分かった」
「しかし黒の輝石……鎧は【闇の帳】であったか。三角輝石にしては当たりといったところじゃの」
「トライ?」
リーマドータの呟きにまたアンリが疑問の声を上げた。
「おお、すまんすまん。後まわしにしていたが説明しようかの」
言うとリーマドータはローブのポケットに手を入れ、中から取り出したものをアンリに見せた。その手の平には輝石らしきものが五つ乗っているが、それぞれの形が少しずつ違っていた。
「全て角の数が違っておろう? 三角形のものが三角輝石。四角形が四角輝石。五角形が五角輝石。六角形が六角輝石。七角形が七角輝石じゃ。輝石にはこの五種類が存在する」
「アンリが先ほど手に入れたのはどちらも三角形よね? だから三角輝石」
「へえ……なるほど……」
「でじゃ、ここからが肝心なのじゃが……」
リーマドータはなぜかそこで一旦言葉を切り、少々気まずそうに続けた。
「基本的に、角の数が多いものが希少性が高いとされておる」
「えっ!?」
軽いショックを受けたらしいアンリに、リーマドータは慌てて付け加えた。
「とはいえ、あくまで基本的な話じゃ。例外もある。例えば今お主が着けておる【闇の帳】のようにな。まあ、その辺のことは経験を積めばおいおい分かるじゃろう」
「そうね、じゃあ次の説明にいきましょうか」
エレンも急かすように話題の方向転換を図った。アンリもしぶしぶ頷く。エレンは再び己の【魂の器】を呼び出すとアンリの隣に立ち、彼の眼前に銀盤を差し出した。
「アンリ、あたしの【魂の器】を見て。一列目に白の輝石が入ってるわね?」
「うん。数も多いし、形も違う。これは四角輝石なんだね?」
「その通り。でも本題は形じゃないわ。数の方よ。四つ並んでるけど、これは全部【刺し貫く白刃】の輝石なの」
「えっ?」
驚きの声をあげて幼馴染の方に顔を向けるアンリ。エレンは説明を続ける。
「同じ輝石を複数刻印すると色々と恩恵があるの。それが武器の場合はほとんどの場合において攻撃力が増えるわ」
「ええっ? それすごいじゃないか!」
「ふふっ。【刺し貫く白刃】は輝石一つだけでは攻撃力は37しかない。けど、四つの輝石の力が合わさったあたしの【刺し貫く白刃】は攻撃力43よ。ちなみに特殊能力の効果も増しているわ。ちなみに、ほとんどの種類の輝石がこれと同じような特性を持っているの」
「じゃ、じゃあ【刺し貫く白刃】や【戦乙女の装束】を二十個とか三十個とか手にいれたら凄く強いんじゃ!?」
すごい発見をした子供のように顔を輝かせるアンリだったが、二人の女性はそんな子供を前にした母親のような顔になる。
「? え、えーと、僕何か変なこと言ったかな?」
「いやなに……昔のエレンと同じことを言うと思ってな……まあ全ての執行者が一度は夢見ることじゃな」
「残念だけどね。それは不可能なのよ。同じ輝石は縦一列分にしか入れることは出来ないの」
「なんだ……そうなのか……」
リーマドータはうむ、と頷く。
「じゃから自分の【魂の器】を成長させることも執行者に取って大事なことになる。そう、おぬしも今のつまらん魂からもっとマシな魂の持ち主になるのじゃ」
「つまらんは余計ですよ、つまらんは!!」
「おお、すまんすまん。まあ大抵の執行者は皆、おぬしと大同小異の魂の持ち主であった。もちろんそこのエレンもな。じゃから気にするな」
あまり慰めになってないことを口走り、リーマドータはアンリの肩をぽんぽんと叩く。エレンもアンリを労わろうというのか、彼にそっと腕を差し伸べた。
「ほら、手をだしなさい」
「うん?」
アンリが差し出した手の平に、エレンはレモンのように鮮やかな色合いの宝石を載せた。
「黄色の輝石……? これは?」
「黄色の輝石はね。消費アイテムが入ってるの。簡単に言えば使い捨ての道具ね。一度使うとなくなっちゃうの。でも神の息吹を浴びることで再びその力を使うことが出来るようになるわ」
「ええっ!? すごいね、それ!! さすがに神様の力だ!!」
「ふふ、とりあえず鑑定してみなさい」
「うん」
アンリが口ずさむと、空間に小さな袋の幻影が浮かび上がった。輝石の乗った手の平の位置を動かし、袋の画像をためつすがめつして分かったことは、紐によって口を縛られたその中身に、何かがつまっているということだけだった。
「【解毒の粉薬】よ。それを振り掛けることで体内から毒素を取り除くことが出来るの。三角輝石だけど、執行者の必需品と言ってもいいわ」
「うわ、確かに便利そうだね!!」
「あとこれとこれもあげる。【解毒の粉薬】をさらにひとつと、体が痺れた時に使う【麻痺解除の粉薬】、それと眠らされた人を起こす【覚醒の粉薬】よ。どれもアンリにプレゼントする為にとっておいたんだ」
「うわわ、ありがとうエレン!! 嬉しいよ!!」
「どういたしまして。その感謝の気持ちをずっと忘れないようにね?」
「うん!! そりゃもう!!」
「それじゃあ【魂の器】に嵌めちゃいなさい。そして刻印も忘れずにしてもらうのよ?」
「うん!! 分かった!!」
いそいそと銀盤に黄色の輝石をはめ込んでいくアンリ。
三角輝石の中でも一番安いものばかりじゃのう……、というリーマドータの呟きは上気しているアンリの耳には届かず、また、その言葉に舌を出して応えたエレンの悪戯っぽい表情も、顔を伏せていた為に見ることは出来なかった。