第44話『乗り越えるべき相手』
群がる蜥蜴剣士達との戦いを繰り広げるアンリ。彼が【打ち壊すもの】を振り回すたびに一体、また一体と直立する蜥蜴達は数を減らしていく。もちろん彼らも臆さずに曲刀を振るうのだが、アンリはきっちりと鎧の固い箇所で敵の刃を受けとめていた。敵の攻撃を完全に回避するのはまだまだ難しいアンリであったが、代わりにその鎧の防御力を利用した戦い方を身に付けつつあった。
黒い鎧を纏った両手剣の使い手にまったく手も足も出ない雑兵達に業を煮やしたか、一体の大柄な戦士が正面に立つ。蜥蜴剣士よりも優れた剣技と身体能力を持つ、蜥蜴精鋭だ。
アンリは慎重に剣を構え、眼前の敵を見据える。地下二階で戦った時はナギラギアの手助けがあった。しかし魔術を操る少女は今、複数の蜥蜴精鋭と渡り合うエレンの援護を行っている。今回は一人で戦わなければならない。
「今度は負けない……」
先ほどのエレンの叫びはアンリにも聞こえていた。彼女の言葉の通り、眷属に過ぎない蜥蜴精鋭に勝てないようではそのクイーンに挑む資格もないのだ。
「はっ!!」
アンリは気合の声と共にしかけた。もはや自分の腕のように扱えるようになった【打ち壊すもの】。その一撃は鋭く、また重い。しかし蜥蜴精鋭は上段から振り下ろされた剣の軌跡を見切り、わずかに体を捻って回避するとそのまま流れるような曲刀の一撃を返してきた。
「くうっ……」
このダンジョンに潜ったばかりのアンリだったらおそらくその攻撃をまともに食らっていただろう。しかし、まだ数刻しか経っていないこの地下迷宮での戦いが、アンリを飛躍的に成長させていた。蜥蜴剣士より強いとはいえ、その戦い方の癖は彼らの延長線上にある。何とか体をそらし、鎧の薄い部分を狙ってきた斬撃を無効化することに成功した。
自信を持って繰り出した剣技を防がれ、やや反応が遅れた精鋭の体を真っ二つにせんと、アンリは下段からすくい上げるような軌道で一撃を放つ。しかしそうやすやすと剣の餌食になるような相手ではなかった。円盾でその刃を受け流し、今度こそ体勢を崩した黒い鎧の剣士へ弧を描いた曲刀の閃きが襲い掛かる。さすがにアンリはそれに反応することはできず、鋭い刃先が彼の肉体を抉っていった。
悲鳴をかみ殺し、一度間合いを取るアンリ。そんな彼にまだ残っていた二体の蜥蜴剣士が襲いかかる。しかしその攻撃は精鋭のそれに比べると遅く、また力強さもない。アンリは両手剣を敵の三日月刀ごとその緑の鱗へと叩きつけた。蜥蜴達の腕はその力強さに耐えられず、無効化された己の武器ごと胴体を切り裂かれた。
灰となりつつある蜥蜴剣士の死骸を乗り越え、精鋭が踏み込みざま剣を振るう。アンリは分厚い刃でそれを受け止めた。力比べならアンリに分がある。アンリは一歩前に出ると刃を敵の腕に押し当て、曲刀ごと押さえ込もうとした。しかし膂力では太刀打ちできないとすぐに悟った相手は残る右腕の盾をアンリの顔へと振るう。不完全な体勢からの一撃はそこまで威力はなかったもののアンリの鼻面をしたたかに打ち、よろめかせることに成功した。たまらず距離を取った彼に再び精鋭が襲い掛かる。
しかしアンリは敵の動きを読んでいた。水色の輝石に込められたアイテムを左手に呼び出す。それは紅蓮の炎が描かれた一枚のカードだった。一直線にこちらへと向かってくる敵に、魔術が込められたその札をかざす。
「【炎の矢】!!」
アンリの魔力はナギラギアのそれに比べると山の頂と麓ほどの差がある。しかし剣での攻撃しか予測していなかった相手をたじろがせるには十分だった。双眸が驚きに見開かれ、咄嗟に盾をかざしてその灼熱の矢を受けようとする精鋭。
盾ごと敵に突き刺さった炎の矢ではあったがその威力は大したことはなく、無数の牙を生やした精鋭の口元が安堵と嘲笑に歪み、構えていた盾を下ろす。しかし、そのあぎとは一瞬で閉ざされる。露になった視界一杯に映ったのだ。彼へと駆けてくる黒い鎧の戦士が。
「はああああああああああっ!!」
アンリは全身全霊の力を込めて【打ち壊すもの】を振り下ろした。間合いも剣の軌道も完璧だ。逃がしはしない。
精鋭は迷った。体を捻るか、盾で受けるか、それとも……。そしてそれが彼の命取りとなった。一瞬の逡巡が蜥蜴精鋭を底の見えない奈落へと叩き落したのだ。
分厚い刃は角の生えた蜥蜴の顔へと吸い込まれる。アンリの筋力、遠心力、武器の重み、石の床を踏みぬかんばかりの踏み込み。全てを兼ね備えた巨大な剣は防護効果のある鱗などものともせず、美しい軌跡を描いて蜥蜴精鋭の体を両断した。
呆然とした表情のまま、精鋭の名を持つ蜥蜴はこの世を去った。灰になる二つの肢体の間で、アンリはまだ戸惑っていた。自分があの蜥蜴精鋭に打ち勝ったことがまだ信じられなかったのだ。しかしその口元も少しずつ歓喜の笑みが浮かび始める。
「やった……倒したんだ……僕一人の力で!」
――この勢いで重装蜥蜴だって!!
そう意気込んだ彼の耳に、ある少女の悲鳴が突き刺さった。




