第42話『玉座の間』
石で作られた大きな階段を一つ一つ降りていく三人の執行者。各々は一言も喋ることなく緊張した面持ちで――なぜか最後尾を歩くエレンは時折その暗い瞳をナギラギアの後頭部へと向けていたが――足を進めていた。
やがて段差がなくなり、石の床は直線に向かって伸びる通路となる。そしてその先にはダンジョンの入り口にあったような大きな扉があった。
「あの扉の先が玉座の間です。なお、足を踏み入れると扉は自動的に閉ざされ、簒奪者を倒さない限りは開かない仕組みとなっています」
ナギラギアの囁きにアンリは重々しく頷いた。中でおそらく待ちうけているのは今まで戦った数々の敵よりも数段は強いという、恐るべき蜥蜴達のリーダーだ。
「大丈夫よ。あたし達は負けないわ」
彼の気負いを軽くしようと、エレンは小さく微笑みながら語りかける。しかし、やはり彼女も緊張しているのかその声はややかすれ気味だった。そんな少女の気遣いに感謝し、アンリも何とか口元に笑みを浮かべることが出来た。
「ありがとう。それじゃあ、行くよ?」
エレン、ナギラギアがそれぞれ首肯する。先頭を歩くアンリは慎重に歩をすすめ、やがて扉の前に立った。複雑な紋様の描かれた金属製のそれは訪れた執行者を冷たく見下ろしている。アンリは大きく息を吸い込むと、やがて両開きとなっている扉の中央へと手を伸ばした。
アンリの手がその取っ手に触れるか触れないかというところまで近付いた時、唐突に、しかしゆっくりと扉は二つに分かれ、両側の壁の内部へとスライドしていく。中は通路と違って明かりもなく、真っ暗だ。三人はそれぞれの足取りで歩を進め、部屋の中央へと向かう。
そんな執行者達を出迎えるかのごとく、途端に部屋の中に光が溢れた。大きな円形となっているこの舞台の壁にも多数の燭台がかけられており、それらに一斉に火が灯されたのだ。それと同時に大きな音を立てて入り口の扉が閉ざされた。
そして揺らぐ炎に照らされて石の床に伸びる数多の影。最初からそこにいたのか、それとも灯火が点くと同時に現れたのか、二列になってずらりと並ぶ蜥蜴精鋭と蜥蜴剣士。まるで王に仕える近衛兵か何かのように、全ての者が曲刀と盾を持って片膝をついている。そして蜥蜴の兵士達が作る列と列の間、その通路の先にいるのは……彼らがひざまづくのに相応しい、巨大な体躯を持った一体の蜥蜴の戦士だった。
大柄な蜥蜴精鋭よりもさらに高い位置にある頭は派手な飾りのついた兜で覆われている。尻尾を含む全身はきらびやかな鎧に包まれ、左の手に持つのは蜥蜴の眷属達とは違い、片刃の直刀。アンリが持つ【打ち壊すもの】よりも大きなその剣をこの蜥蜴の戦士は片手で構えていた。そして右の手に持つのも円形の盾ではなく、その体を内側に隠せてしまえそうな長方形の巨大な盾。
名は重装蜥蜴。下位の蜥蜴剣士や蜥蜴精鋭達を支配する、蜥蜴の名を冠する簒奪者。
アンリは剣を正面へと構え、気迫の籠もった視線で遥か遠くのクイーンを見据えた。重装蜥蜴はアンリの眼差しを見返し、楽しそうに口元を歪めた。
アンリと同様、それぞれ構えを取るエレンとナギラギア。それが合図だったかのように、整列していた蜥蜴の兵士達が武具の音を鳴らしながら立ち上がる。玉座の女王の手を煩わせるまでもないと思ったのだろう、彼らが一斉に上げた鬨の声が戦いの始まりを告げる角笛となった。




