第38話『未知の輝石』
「さて、それではいよいよこの輝石の鑑定に移りましょうか」
ナギラギアがお楽しみと言って後に回した一つの輝石を取り出す。とはいえ、その輝石に期待感を抱いているのはナギラギアだけではなく、アンリとエレンもだ。何しろ執行者になって一年が経つエレンですら、実物を見るのは初めてなのだから。
真上から見た形は正方形。先ほどの【ささやかな癒し】と同じ四角輝石だ。しかしその色は今までアンリが見てきたどの輝石とも違い――白でも黒でも赤でも青でも水色でも黄色でもなく――紫であった。
「うう、あたしもドキドキしてきたわ。こうして実際に手に入れたのは初めてだもん。……指環の輝石を」
「そんなに凄いんだ? 指環の輝石って」
「そうですね。かなり珍しいのは確かです。私も自分で鑑定した回数はおそらく五指に満たないでしょう」
指環。かつて神々がその指に嵌めていたものだ。彼らが作りし武具と同様に様々な種類があり、着用者の身体能力を増加させたり、ある属性に対する抵抗力を上げたりできるという。
三人はそれぞれわくわくとした顔でお互いの顔を見回し、同時に六つの目をその輝石へと向けた。紫水晶のように美しいそれは、何も言わずにただ燭台のゆらめく炎にその身を輝かせるのみである。
「それではいきますよ……我にその叡智を示せ」
いつになく厳かな調子で囁いたナギラギアの言葉に反応し、紫の宝石は内部に宿る神々の産物を幻影として空中に解き放つ。いつもよりもゆっくりに感じる速度で光の中にシルエットが浮かび上がり……。
「わあ……」
「へえ……」
「ああ……」
全貌を現した指環の姿に三者三様の言葉が漏れた。
エレンは年頃の女の子として指環というものに対する憧れが感嘆の声となって零れ。アンリはカルドラもこういったものを付けていたのかな、と過去に思いを馳せて。そしてナギラギアが洩らしたのは……。
「残念……です……」
悲しみの溜め息であった。
「何で盛り下がってるのよ!?」
かつてアンリが両手剣を手に入れた日のような光景が、簒奪者が作り出したダンジョンの中で再び起きていた。もっともあの日と違い、声を荒げたのはエレンであったが。
微かな光の中に浮かぶ小さな円環は宝石などで飾られてはいないものの、複雑な模様が掘り込まれた美しい一品であった。台座などはついておらず、一つの素材からそのまま造り出されたかのようなその指環の色は銀。例え執行者でなくとも好事家達が高値をつけそうな代物である。しかし、ナギラギアは浮かない顔のまま首を左右に振った。
「ああ、すみません。私はまず鑑定したものを相場の値段に換算して見てしまう性分なものでね……なんと言いましょうか……指環という当たりの輝石の中の外れというか……」
それぞれの反応をする三人の前で、指環は物も言わずに宙にたゆたうのみ。その幻影に光る文字で添えられている指環の名は。
「この指環は【鉄の指環】……。といっても別に鉄から作られているわけではありませんが。名前の由来はその効果にあります。これを身につけることで体を鉄のように固くする、つまり防御力を増やすことが出来るのですよ」
アンリは首を傾げる。彼女の言葉が本当なら、この指環は随分と有用な道具に思えるからだ。
「……凄いアイテムのような気がするんだけど。何で外れなんだい?」
「それはですね。防御力を上げる効果は全ての指環に備わっているからですよ」
「えっ?」
「例えば【炎の指環】という指環があります。これはまず付けることによって指環の効果で防御力が1増えます。そして【炎の指環】の特殊能力により、火属性に対する抵抗力を上げることが出来ます。この輝石を二つ刻印した場合、その防御力は2になり、さらに火抵抗も上がります。このあたりは鎧と同じですね」
ナギラギアの言葉に耳を傾けているアンリ、そしてエレン。
「そして【鉄の指環】はこれをつけることによって防御力が2増えます。この輝石を二つ刻印した場合、その防御力は3になります。他には何の能力もありません」
ナギラギアが説明を続けるうちに、二人――特にエレン――の顔はみるみる沈んでいく。二人にも分かったのである。同じ指環の輝石を刻印すればするほど【鉄の指環】の優位性は失われていくということに。
「……ひ、一つしか輝石がないなら他の指環の二倍強いわ……」
エレンが震えながら搾り出した声は負け惜しみにしか聞こえなかった。
「私が当たりの中の外れと言ったのはそういった理由です。御分かりいただけましたね?」
二人の執行者は素直にこくんと頷いた。ただ、ナギラギアと違って二人の顔にそこまで大きな落胆の色はない。指環という未知の輝石が手に入ったことが素直に嬉しいのだ。残念ながら、ナギラギアはもうその時期を通り過ぎてしまっていたが。
「この指環の名誉の為に補足しておきますが、あくまで他の指環と比較した場合に総合的な評価では劣るというだけであって、防御力を上げるという効果は十分なものですよ。もちろん刻印するかどうかは【魂の器】の枠との相談になりますが、ね。実際、余った一つだけの枠にこれを入れる執行者もそれなりにはいますよ。他の指環に比べて安価ですからね」
先ほどのエレンの強がりもそこまで的外れではなかったらしい。
「というか【鉄の指環】ってナギにぴったりなんじゃないか? そのローブは確か防御力が低いんだよね?」
「そうですね。私の【燃え盛る赤】は五角輝石の一品ですが、輝石一つでの防御力は18です」
「そんなに低いんだ!?」
アンリの【闇の帳】は輝石一つで防御力35、エレンの【戦乙女の装束】は輝石一つで防御力28である。
「そして私はこれを三つ刻印していますが、それでも防御力は20しかありません」
つまり同じ輝石を増やすことによる上昇値が1しかないということになる。かつて少女が大した価値もないと切り捨てた【硬革鎧】でも、その上昇値は2あるというのに。
鎧の防御力に身を任せて戦っているアンリからすると信じられない話であった。
「魔術の使い手を名乗る連中が身につける鎧は大抵こんなものですよ。魔力を高めようとするとどうしてもね」
ナギラギアの言葉にエレンも頷いた。【戦乙女の装束】も前線で戦う者の鎧としてはやや防御力が低い。それは特殊能力の敏捷性増強や、比較的高めを誇る属性抵抗力と引き換えに失われているものだ。
「何かを得る為には何かを犠牲にしなくてはならないのですよ。【鉄の指環】の効果は魅力的ですが、それを刻印するくらいなら下位の魔術が描かれたカードの輝石を刻印することを選びますね、私は」
そう言って微笑むナギラギア。恐ろしいメガロドントレーダーとしてしか少女を認識していなかったアンリ達であったが、執行者として高みを目指すその姿勢は二人の目から見ても本物であるように思えた。




