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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第1章
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第3話『武具生成』-天人-

第3話が少々長すぎたため、2021/03/12に分割しました。

「こんにちは。リーマドータ」

「おお、エレンか……おや、そちらの男の子は?」

「は、はじめまして。アンリって言います」

「ほう、おぬしがか。なるほど。話はエレンから聞いておるよ」

「は、はいっ!! 執行者エクスキューターになる為にやって来ました。よ、よろしくお願いします」

「ほっほ、そう気負わずとも良い。わしの名はリーマドータ。すでに聞いておるじゃろうが、天人てんじんの一人じゃよ」


 天人。かつて神々と共にその従者となって戦ったと言われる者達だ。神々はこの世界から姿を消したものの、彼らは世界に残り、この世の行く様を神々に報告する役目を負っていると言われている。


 アンリはエレンに導かれ、彼ら天人達が管理する大きな建物へとやってきていた。石造りの内部は無数の大きな柱が高い天井を支えていた。この離れの一室にやって来る途中には神を象っている石像が立ち並んでおり、その中にはアンリの好きな女神であるカルドラらしき姿もあった。


 自己紹介が終わったリーマドータはにっこりと微笑んだ。鮮やかな銀色の髪は室内の明かりを受けて煌いており、肌の色は褐色だ。瞳はワインのように赤く、目尻はややつりあがっていて鋭い。眉間には何やら時折輝く宝石が埋め込まれており、その神秘性をいや増していた。


 アンリはリーマドータと名乗った美貌の女性を食い入るように見つめた。伝承によれば彼ら彼女ら天人はみな神代の世界からの生き残りであり、年老いて死ぬことがないという。


「なんじゃ? わしの顔に何かついておるか?」

「い、いえっ!! 失礼しましたっ!!」

「ほっほ、とはいえ初めてわしらを見たものは大抵の者がそういう反応をする。小じわひとつないじゃろ?」

「は、はいっ」

「ほっほ、今の内に目に焼くつけておくといい。と言ってもわしらは皆同じような姿をしておるがな。他の者もそうであったじゃろ?」

「はい……」


 アンリはこの部屋に辿り着く前に見てきた、数人の天人らしき者達のことを思い出した。皆、リーマドータとお揃いのローブを纏い、その見目形は褐色の肌と銀の髪、赤い瞳。


「この肌の色、銀色の髪、そして赤の双眸こそが我ら天人の証じゃ。ま、おぬしら人間の中にもどれか一つはこれを満たした者もおるじゃろうがの」


 言葉を切り、リーマドータは己の額の宝石を指差した。


「そして最後にこの石。わしらはこれを用いて他の天人達と意思を通じ合わせる事が出来る。やろうと思えばこの街にいる全ての天人とのやりとりも可能じゃ。さすがに遠すぎる相手とは無理じゃがの」


 言葉に反応するかのように、その丸い宝石がちかちかと明滅した。不思議な光景に目を奪われているアンリに片頬笑むと、リーマドータはエレンへと顔を向けた。


「それでエレンよ。詳しい話は済ましたのかの?」

「ううん、まだよ。ここでやった方が多分分かりやすいと思って」

「確かにの。ふむ、では早速……と言いたいところじゃが」


 リーマドータはアンリに向き直る。赤い虹彩がアンリを正面から捉えた。


「アンリよ。執行者になると簡単に言うが、おぬしが挑む相手は神々との戦いの中でその力を奪って我がものにした簒奪者ユーザーバー。簒奪者との戦いは英雄譚が語るほど優雅なものではないぞ」


 アンリは真剣な天人の顔を何も言わず見つめ返した。彼女は言葉を続ける。


「やつらの凶器によって血に塗れることもあろう。毒にもがき苦しむこともあろう。そしてむごたらしく死ぬことも」


 リーマドータはローブの懐から小さな石を取り出した。先ほどエレンが神の息吹の前でアンリに見せた宝石と同じような物に見える。


「そして執行者が持つ輝石フレアストーンという物はの、簒奪者にとっても力となる大事な物でな。輝石の匂いを嗅ぎ取った簒奪者どもに狙われることも多くなる……それでもいいのかの?」

「は、はいっ!! 構いません!! い、いえ、もちろん死ぬつもりなわけじゃないですけど!!」

「ふむ……まあ、ここを訪れるような者はこんな問いかけで意思を翻すことは滅多に無いのじゃが、な。やはりおぬしもそうか」


 小さく微笑むと、やがて厳しい面構えになる。


「ではやるかの。まずは武具生成からじゃ」

「武具生成?」


 聞き返したアンリにリーマドータが頷く。


「かつて神々が用いておった武具……それをおぬしの中から取り出す。神々の力を奪った簒奪者と戦うには、神々が作りだした武具を身に纏うことが肝要じゃ……それはおぬしが昨日、身を持って知ったじゃろ?」

「う……聞いてたんですか」

「まあの……人間の武具では奴らには手も足も出ぬ。おぬしが無事じゃったのは僥倖以外の何物でもない」

「……」


 責めているような声音にアンリは何も反論できなかった。後ろから己の背に突き刺さっている、エレンの視線に対しても。


「そこで我ら天人は人の子に神々の力を使う術を与えた。その力を操れるのが執行者エクスキューターじゃ。神々の武具を用い、神々に成り代わって簒奪者を討つ……執行者と呼ばれる所以じゃな」


 そこでリーマドータは言葉を切り、エレンの方へと顔を向けた。


「エレン、輝石の力を見せてやるのじゃ」

「分かったわ。アンリ、これを見てくれる?」


 先ほど噴水の前でしたように、エレンはアンリの正面へと回りこむと手の中の宝石をアンリへと見せた。一つだけ乗っている宝石は雪のように白い。


「驚かないでね?」


 エレンはアンリに軽く微笑むと、視線を宝石へと向け、小さく囁いた。


 すると突然その石の表面から円錐状の淡い光が上空へと放たれた。呆然としているアンリの目の前で、光の中に一つのシルエットが浮かび上がってくる。やがて全身を現したそれは、アンリの手の平よりも少し長い刀身を持った小振りの短剣だった。


「これは……?」

「さっき言ったわよね? 輝石の中には神々が生み出した様々なものが込められているって。これはとある神がかつて使っていた武器。アンリは今から儀式によって、これと同じような武器や鎧を生み出す輝石を手に入れる」


 言い終わると同時に、宝石から放たれていた光もその短剣の姿も消えた。


「でもどんな武器や防具が与えられるか分からないわ……アンリにも、あたしにも、リーマドータにもね。ただ、その時に生まれる輝石はあたし達の意思を象ったものだという説もあるわ」


 リーマドータは頷き、説明を引き継いだ。


「こちらに両手を差し出すがよい。わしがおぬしの中にかすかに存在する神の力を具現化しよう。その時生まれるであろう輝石はきっと、今のおぬしにふさわしいものであるはずじゃ」


 アンリは頷くと、おずおずと両手を差し出した。それをリーマドータがさらに両手でもって包む。実年齢はともかく、年上で美しい女性に手を握られ、アンリは内心どぎまぎしてしまう。


「よいな? ではゆくぞ……」


 そんなアンリの内心を知ってか知らずかリーマドータが何やら呟き始める。しかし、その言葉はアンリには理解の出来ないものだった。いや、もしかすると知っている言語かもしれないが、言葉を紡ぐ速度があまりに速いのだ。


 アンリは先ほどのエレンの言葉を思い出し、目を閉じて己の心に問いかける。


 意思により生まれるという輝石。

 自分は漠然と執行者になりたいとしか思ってなかった。

 しかし昨日のあの絶望的な戦い。先ほどリーマドータがたしなめたように、それは無謀以外の何物でもなかったろう。しかしあの時はそうするしかなかった。あの少女を助ける為に飛び込んだこと、それに対する後悔は全くない。


 後悔しているとしたらそれは別のことに対してだ。それは無力であったこと。あの時、己に力があればあの少女を怪物の魔手からいとも簡単に助け出せただろう。そうすればエレンにだって心配をかけることもなかったはずだ。あの時エレンはおそらく泣いていた。知らせにより駆けつけたというエレンは、万が一の事態を覚悟していたのではないか。


 力……力が欲しい。自分の前に立ちふさがる大きな魔物を粉砕出来るような力が!!


「終わったぞ……」


 どれくらいの時間が経ったのだろう。突然リーマドータの声が耳に入り、アンリはハッと目を見開いた。いつの間にかリーマドータはアンリの手に被せていた手の平を離している。慌てて見返すアンリに天人はそっと頷いた。アンリは視線をゆっくりと己の両手に下ろす。そして閉じていた指を恐る恐る開いた。中に存在するらしい、硬質なものの存在を確かめたくて。


 開いた十指の中にあったのは輝く二つの輝石。どちらも形は同じで平たい三角形の石であったが、色に違いがあった。


 一つの輝石の色は白。汚れというものを何も知らずに産まれ落ちたかのような、一点の染みも濁りもない純白。


 もう一つの輝石の色はそれと正反対の、世界に存在する全ての色を混ぜ合わせたかのような暗黒だった。


 それぞれ、アンリの掌の中で生きているかのようにかすかな光を放っている……。

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