第36話『ナギラギアですら恐れるもの、それは』
「【火炎地獄】……久しぶりに見たけど、やっぱり威力は大したものね」
起き上がり、部屋の中央へと戻ってきたエレンが床や天井に残る焦げ跡を見、感嘆するように呟いた。先ほどの作戦はそれなりに場数を踏んだエレンがいたからこそ上手くいった戦法であった。魔術の効果を知らないアンリだけだったら、その灼熱の業火に巻き込まれる犠牲者が一人増えていただろう。
「まあ、重ね詠唱を最後まで行いましたし、私が着けている【燃え盛る赤】は魔力増幅に加えて火の魔術を強化する力も備えていますからね。あれに耐えられる連中はそうはいません」
辺りには消し炭になった蜥蜴達から落ちた輝石が数個散らばっている。ナギラギアはしゃがみ、その内の一つを手に取った。
「ところでお二人とも、怪我は問題ありませんか?」
「ええ、大丈夫。かすり傷だから」
「うん、僕も大したことない」
「それは幸いです。私の【魂の器】に光の魔術は刻印されていませんからね。傷の手当ては各々の回復アイテムで行ってもらうしかありませんので」
「大丈夫よ。一応あたしも【回復薬】は持ってるから。執行者の必需品だし」
ナギラギアがデルミットに対してやった所業を思い出したのか、皮肉げに一言付け加えたエレンだったが、鮫のごとき少女は気にもしていないようであった。
「うん。僕も持ってるよ。【爆裂治療薬】だけど」
「えっ!?」
その単語を聞いたナギラギアの顔が引きつった。恐ろしいものを見るかのような目でアンリを見る。
「……まさか、あの輝石を実際に使う執行者がいるとは。夢にも思いませんでした」
「いや、まあ……使ったというか、使われたというか……」
実際、まだアンリは自分の【爆裂治療薬】を使ったことはなかった。あの時の壮絶な痛みを思い出すと、多少の怪我くらいどうってことないと考えてしまうのだ。
「うん、あたしも一度指先を切った時に試してみたことがあるけど、確かにあの凄い痛みを体験すると二度と使おうって気にはならないわね」
「エレンはあの時、あっさりと僕に【爆裂治療薬】を使ったよね!?」
「ア、アンリの傷が深くて動転していたのよ。は、早く治してあげなきゃって思ったんだわ、きっと」
「僕の記憶と全然違うんだけど!?」
もちろんアンリの脳裏に焼き付いているのは、もう一方の手にあった【回復薬】をわざわざしまい、楽しげな笑みを浮かべたまま【爆裂治療薬】をアンリの患部へと垂らしたエレンの姿であった。言うまでもないが、正しいのはアンリの記憶の方である。
そんな二人を見やり、ナギラギアは手中の輝石を弄びながらにこりと呟いた。
「なるほど。中々いい組み合わせのようですね。貴方達は」




