第26話『幼馴染はライバル』
「そろそろ戻らないと。お母さんのお手伝いをしないといけませんから」
「うん。じゃあまたね、ミルティーユ」
「それじゃあね。今度はあたし達が美味しいものをごちそうしてあげるわ」
二人の言葉にミルティーユは笑顔を浮かべ、手を振ると名残惜しそうに去っていった。遠ざかっていく少女の影もいつの間にか長くなっており、空の色にも赤が混じり始めていた。
「あたし達はもう少しだけやっていきましょうか」
「うん。でもこの訓練のおかげでずいぶんこの【荒れ狂う暴風域】のことが分かったよ」
連日アーツを試すことによって分かったことがいくつかある。
まず威力増大には段階があること。
力を溜める時間が長ければ長いほど、振り回す剣の破壊力とそれと共に発生する衝撃波が被害をもたらす効果範囲が大きくなり、さらに回転する回数も増え、同時に進む距離も長くなる。最大限にまで力を溜めた時の回転数は五回。慣れない内は使った後に目をまわし、気分が悪くなってふらふらしていたアンリだったが、練習を重ねることでそれも克服できていた。
逆に力を溜めずに構えから即、動作に移行することも可能だった。その場合は普通に剣を振るより威力は上がるものの衝撃波は発生せず、剣を振り回すのも二回転どまりであった。
そしてアーツを放つたびにアンリは気力を消耗していたが、どうやら疲弊する精神力は力を溜めて使った時も溜めずに使った時も一緒であるらしかった。つまり、どうせ使うなら最大限にまで威力増大を行った方がお得だということだ。
「慣れない内は力を溜めずに使ったほうが良さそうねえ」
「うん……僕もそう思う」
しかしそんな事情があるにも関わらず、エレンの言葉にアンリは同意していた。
力を溜めている間、アンリはその構えからほとんど動けない。引き換えに得るその破壊力は特筆すべきものがあったが、実戦で上手く使うのは少々難易度が高そうであった。
やがてしばらくおさらいの訓練を行い、前日よりも早い時間に終了を告げるエレン。明日はいよいよダンジョンに挑む日だ。ほどほどにしておいて余力を残しておかなければならない。
最後に【荒れ狂う暴風域】を最大限の威力で放ち、こちらに戻ってきたアンリの姿をしばし見つめ、エレンはぽつりと呟いた。
「あたしはちょっと神殿に寄って行くわ。刻印を行いたいの」
先日一緒に刻印を済ませたはずのエレンの発言に、アンリはその真剣な表情をまじまじと見つめた。エレンは鋭い視線を崩さずに続ける。
「今回はあたしが持ってる輝石の中でも、最大の力を秘めた武術を持ち込むつもりよ」
「え?」
「名は【無限の斬輝】。あたしが使う武術の中で唯一の五角輝石よ。今まではアンリの実力に合わせた依頼を受けてたから使ってなかったんだけど、今回はどうなるか分からないし。念の為にね」
エレンのまなざしはアンリが持つ剣と地面に残る彼が暴れた痕跡を見つめていた。その言葉に嘘はなかったが理由はそれだけではない。新たな力を手にし、また剣の腕も上達しつつある幼馴染の成長に負けていられないと思ったのだ。
その表情をみてアンリも頷いた。しかし、数日前の出来事を思い出して彼は首を傾げる。その時に聞いたアーツの名前と違っているような……。
「それって昔手に入れたアーツとは違うの? たしか六角輝石で、ロックなんとかっていう……」
「忘れなさい。その名前も出来事も。今すぐ、ね?」
「はい! 今すぐ忘れます!! いや、もう忘れました!!」
背筋も凍るような笑みと共に喉元に突きつけられた剣先を見るやいなや、アンリは直立不動で宣言した。




