第16話『少女からの贈り物』
「はあ……はあ……ご、ごめん!! 凄く待ったんじゃない!?」
「いえ、いいんです。それに、約束も無しに勝手に伝言を残したのは私の方ですから」
駆けつけてきたアンリに、疲れた顔も見せずにっこりと笑うミルティーユ。二人は空いている石の腰掛に近寄ると、神の息吹が見える街の中央を向いて座った。
「でも突然押しかけてごめんなさい……。その……、ク、クッキーを作ったので、どうしてもお渡ししたくなって……」
「ええ!? 僕に!?」
「は、はい……ご迷惑でしたか?」
「いやいや迷惑なんかじゃないよ僕クッキーとか大好きだし!! 本当にありがとう!!」
村にいた頃は滅多に食べることのできなかった魅惑のお菓子の名に、アンリの目が子供のように輝き始めた。それを見た少女も胸に手をあて、ほっとした顔を見せる。
「良かったです……もしお菓子の類があまり好きじゃなかったらどうしようって、ちょっと不安でした」
「あはは……僕、嫌いな食べ物って特にないんだ」
「そうなんですか。えへへ、良かったです」
並んではにかむ二人。その姿はまるで初々しい恋人同士のようであった。何やら周りの人達も気を使ったのか、いつの間にか二人の周辺から人が少なくなっていた。
「で、では受け取ってください」
「う、うん……ありがとう」
上質な布に包まれた焼き菓子を両手で渡し、アンリも両手でそっと受け取る。
「あ、空けていい?」
「は、はい。ちょっと緊張しますが」
なるべく丁寧に包みを解こうとするアンリ。開放された包みの中には丸いクッキーが所狭しと詰まっていた。
「うわ、凄くおいしそう!! 食べてもいい!?」
「は、はい。お口に合うと嬉しいのですけど」
アンリは早速手を伸ばし、香ばしいお菓子を一つ手に取る。我慢できずに一口齧ると、途端に甘美な味が舌の上に広がっていった。
「うわわ、とっても美味しいよ! ミルティーユはお菓子作りの天才だね!!」
「そ、そんなことないです! で、でも喜んでもらえて嬉しいです……」
アンリが駆けつけてきた時から朱に染まっていた頬をますます赤く染め、ミルティーユは恥ずかしさのあまりかうつむく。本当はもっと早くアンリに会いたかった少女だったのだが、クッキーを作るという行為は生まれて初めてだったので、ちゃんとした形のいいお菓子が作れるようになるまで何日もかかってしまったのだ。
少女がお菓子作りを頑張って良かったと心中で己を褒めている間に、たちまちアンリは一枚目のクッキーを全て胃袋に納めてしまった。
「でも本当に美味しいよ!! これ、エレンにも分けていいかな?」
「……そ、そうですね……も、もちろん構いません」
一瞬だけ奇妙な間が空いたものの、ミルティーユはその言葉に同意した。
「ミルティーユも食べよう? はい、どうぞ」
「え?」
何やら少し落ち込んでいたらしい少女が、アンリの発言に顔を上げ、目を丸くして彼を見返した。アンリは笑顔で続ける。
「だって僕だけじゃもったいないよ。それにミルティーユと一緒に食べたいし」
「一緒……私と一緒に……は、はい! 私もいただきます!!」
しばし呆然としていたらしきミルティーユだったが、アンリのその言葉と差し出されたクッキーにたちまち笑顔になり、彼の手から受け取った自作のお菓子をその小振りな唇に運ぶ。
アンリも微笑み、袋の中のクッキーに再び手を伸ばした。