第15話『無茶な行い』
神殿を後にし、【虹の根元亭】へと戻ってきた二人。扉を開けて入ってきたアンリ達を見て椅子から立ち上がった者がいた。
「お、やっと帰ってきたな。エレン、アンリ」
「あら、デルミットじゃない。もう戻ってきてたんだ?」
二人に声をかけてきたのは同じ宿で寝泊りしている執行者の一人、デルミットだった。この宿ではアンリの次に新米である。同年代ということもあってエレン、そして新しく入ってきたアンリによく絡んでくることが多かった。
染めているのか赤と白の二色で構成された短めの髪の持ち主で背はアンリより少しだけ高い。多少目付きの悪い両の瞳と口元はなにやら楽しげな笑みを象っている。
数日前から出かけていたのだが、どうやら今日戻ってきたらしい。なにやら言いたげな彼に対し、エレンが思い出したように問いかけた。
「あ、そういえばあんた、両手斧を使ってたんだっけ。【真っ二つ】をあんたとトレードした方がよかったかな?」
執行者の間で使われるトレードという言葉は、両者が同意の下でお互いの輝石を交換することを指す。しかしその言葉にデルミットは首を振った。
「両手斧? おいおい、何を言ってるんだ? 俺が今使っている武器は……」
そこで言葉を切り、デルミットは両手を正面にかざす。そこに一筋の光が集まり、それはたちまち長い柄の先端に鋭角の刃物が取り付けられた武器となった。
「両手槍だぜ」
「あんたね……また使う武器を換えたの?」
「くっくっく……お前らこそいつまで片手剣や両手剣なんて時代遅れなものを使ってるんだ? これからは両手槍の時代が来る! そう! そして俺がその時代の最先端を行くんだ!」
迷惑にも食堂の中で槍を振り回し、デルミットは吠えた。同時に宿の主人から怒声が飛んできて慌てて武器を輝石に戻し、謝るデルミット。
ちょうど七日前の歓迎会の時、アンリの前で同じような台詞と共に武器を振り回し、そしてやはり店の主に怒られていたことをアンリは思い出した。もっともその時のアンリの記憶に間違いがなければ、デルミットが振り回したその武器は槍ではなく、巨大な斧だったはずなのだが。
「ああもう……武器を転向するの何度目よ? 半年前にあんたがここにやって来てから、あたしが知ってるだけでも六回は行ってるわよね?」
エレンは呆れ顔でデルミットに苦言を述べた。執行者がいくら神々の武器、そして神々が編み出した術を扱えるとはいえ、それを使いこなすのに経験が必要なのは当然のことだからだ。
「へっへっへ……神が囁いたのさ! 俺に両手槍を使えと! 両手槍こそが俺が手にすべき武器だったのだと!」
「どうせまた新しいアーツが発見されてそれに飛びついたんでしょ?」
「……ああ。まあ、実はな」
デルミットは頭をかいて素直に認めた。溜め息と共にテーブルの椅子を引いて腰掛けるエレン。それに続くアンリ。なぜかデルミットまでが同じ席についた。
「新しいアーツが発見されたってどういうことなんだい?」
軽い食事と飲み物を注文した後、アンリが二人の先輩執行者に疑問の言葉を発した。
「えっとね。武器やアイテムなんかにも言えることなんだけどね。今まで誰も見たことのなかった輝石が発見されることがあるの。大抵その情報は街から街へと広まり、ちょっとしたお祭り騒ぎになるわね」
「そして! 今回発見されたのが新しい両手槍の武術って訳だ!」
「結構いるのよ。デルミットみたいに新しいアーツや武器に目がない執行者がね……」
半笑いしながら行われたエレンの説明にアンリは得心した。
「じゃあデルミットはそのアーツの輝石を手に入れたのかい?」
デルミットはここ数日、他の街に滞在していたようだ。おそらくその間に新しいアーツの情報を入手したのだろう。
アンリの当然の質問に、デルミットは誇らしさと無念さが混じりあった顔をする。
「あー、その、な……。手に入れることは出来たんだが……」
なぜか歯切れの悪いデルミット。かつての経験からその理由を知っているエレンは店主が持ってきた飲み物のカップに口をつけながら意地の悪い笑みを浮かべる。
「こいつの【魂の器】を見せてもらえば全てが分かるわよ、アンリ」
「うぐ……」
「?」
二人のやりとりに首を傾げるアンリ。やがてデルミットは苦悶の表情を浮かべながら己の【魂の器】を呼び出し、円卓の上に置いた。
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「えっ!? たったのこれだけ!? 前は全部に輝石が埋まってたよね!?」
アンリとそう形の変わらない【魂の器】に嵌められていた輝石はたったの六つだった。白の輝石が二つ。黒の輝石が二つ。赤の輝石が一つ。黄の輝石が一つである。先日デルミットがアンリに【魂の器】を見せ付けた時には、アンリがうらやむほど全面を輝石が覆っていたのだが。
「新しく発見された輝石はね。大抵が高い値段で取引されるのよ。大方、その一つだけ嵌った武術の赤い輝石、加えてアーツを使うのに必要な安い両手槍を手に入れる為に手持ちの輝石を処分したんでしょ」
先ほどデルミットが呼び出した武器のことを思い出すエレン。それは【歩哨の槍】という名の、両手槍の中で一番安く取引されているものだった。デルミットが新しい武器に手を出すと大抵こうなるということを、アンリを除くこの宿の執行者は皆知っていた。
しかも話題の赤い輝石は五角輝石。売買された値段も相当なものだったはずだ。
「で、でもアーツは凄いんだぜ? その名も【心臓盗み】! 長柄を生かした長距離からの狙い済ました突きで相手の心臓を抉るってわけだ! しかも相手は己の胸に大穴が空いたことにもしばらく気付かないって話だ! 格好よすぎだろ!?」
「それは確かに凄そうだけど……あんた、ちゃんと全ての簒奪者の心臓の場所を知ってるの?」
「……に、人間型の奴なら大抵同じ場所だろ?」
急に語勢が衰えるデルミット。なお、彼はまだ知らなかったが、心臓を持たない簒奪者も存在する。
「……アンリはあまり向こう見ずなことしちゃ駄目よ? これを反面教師にしなさい」
「あはは……気をつける」
「ふ、ふん! 見てろよ! 俺は必ずこの両手槍とアーツで名を上げてやるからな!!」
アンリとエレンを前に、デルミットは荒々しく料理を口で噛みながらまくし立てる。ちなみに、彼が注文した食べ物も店で一番安いものだった。
「でも新しいアーツか……両手剣のそれも発見されたりするの?」
二人の執行者はなぜか急に無口になり、各々の料理と飲み物に専念し始めた。
「えーっと……何だか嫌な予感がするんだけど……」
「うん……それも両手剣の人気が低い理由よ。少なくとも、あたしが執行者になってから両手剣の新しいアーツが発見されたという話は聞かないわ……」
「マジで!?」
「うん……マジよ、大マジ。もし新しいアーツが発見されたら、多分また両手剣の人気もある程度は元に戻るとは思うんだけどね……。で、でもすでに発見されているアーツ自体はもちろんちゃんとあるし、値段が上がらないなら武器もアーツも安く買えるんだし、いいこともあるんじゃないかな!? ……売りに出てればだけど」
言葉の途中で落ち込み始めたアンリを力づけようとし、結局最後にはそれに失敗してしまうエレン。
「だ、だからお前も俺みたいに両手槍を使おうぜ……これからはきっと両手槍の時代が来るからよ」
あまりの落ち込みようにデルミットですら慰めらしき言葉をかけてくる始末だった。多少の気を取り直したアンリはよろよろと顔をあげ、自分も料理に手を伸ばし始める。
「あ、そういや伝言を頼まれてたんだった。アンリ、お前にだ。中央広場で待ってるってよ」
「え、伝言? 誰から?」
「えっとな。髪をこう、頭から二つ……」
「何でもっと早く教えてくれないの!? ごめん、僕ちょっと行ってくる!!」
誰のことを指しているのか分かったアンリは慌てて料理を喉に押し込むと、席を立ち疾風のように宿を出て行った。