第13話『生計を立てるには?』
「ただいま! リーマドータ」
「おお、お帰り。二人とも。どうやら無事に依頼を果たしたようじゃの」
天人の部屋に入るなり発せられたエレンの快活な声にリーマドータもつられて微笑む。やがてその穏やかな瞳はアンリの方にも向けられた。
「アンリよ。どうであった? 執行者としての初陣は?」
「はい……やはり怖くなかったと言えば嘘になります」
「そうじゃの。それが当然じゃ。何しろ相手は遥か昔に神々と熾烈な戦いを繰り広げた者達の末裔じゃからの」
アンリはしばし沈黙し、やがてリーマドータを真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「でも、執行者になったことに後悔はありません。まだまだ未熟ですけど、もっと強くなっていろんな人を守れるようになりたいです」
かつて己の故郷を訪れた四人組の執行者のように。そして、あの時エレンの助けがなければ守ることが出来なかった少女を、今度こそは守れるように。
アンリの言葉に含まれるいろいろなものを察してか、リーマドータはただ頷くだけだった。
「さて、それじゃ報酬ちょうだい! 報酬!!」
何やらしんみりとした雰囲気を吹き飛ばそうとしてか、エレンの元気な声がリーマドータの部屋に響き渡る。
「おぬしはいつもそれじゃのう……たまにはアンリのように執行者の使命とかを考えたりはせぬのか?」
「何言ってるのよリーマドータ。執行者の使命を果たすのに必要なものでしょ? お金は!」
「即物的じゃのう……」
リーマドータの呆れ声に、アンリは乾いた笑いを返すしかなかった。リーマドータは己の机の引き出しを開け、中身がぎっしりと詰まった袋をその卓上に置いた。
「ほれ。受け取るがよい。銀貨1000枚じゃ」
「1000枚!?」
アンリが今までに一括で手にしたことのない大金である。ちなみに村を出てきた時のアンリの所持金は銀貨300枚とちょっとであった。
「ん? 聞いておらなかったのか?」
「ああ、そういえば言ってなかったわね。もちろん二人で山分けだから500ずつになるけど」
「い、いいの!? 僕がそんなに貰って!?」
興奮のあまり、やや裏返った声で尋ねるアンリ。
「もちろんよ。一緒に頑張って倒したじゃない。あの【炎の猟犬】をさ」
「エレン……ありがとう」
己の戦果を鑑みるに、半分も貰うのは気が引けると考えていたアンリだったが、エレンの笑顔を見ただけでそんな気遣いをする必要はないのだと理解できた。
「それに執行者をやっていくならお金はいくらあっても足りないわよ。アンリの場合、まず宿代を払うだけでも結構大変でしょ?」
「う……確かに」
アンリとエレンが寝泊りしている宿、【虹の根元亭】は一日の宿泊費が三食付きで銀貨30枚である。実際、エレンが仕事を見つけてこなかったらアンリは十日で住む場所すら失う運命であった。
「輝石だっていろいろと揃えなきゃいけないし、500なんてあっという間になくなるわ。二、三日ゆっくりしたら、またすぐに次の依頼を受けなきゃね」
「け、結構シビアなんだね……執行者って……」
「依頼の報酬額や、戦いの結果次第ね。いい輝石が手に入ったら、それを売れば潤うんだし」
「なるほどね」
「そういえば、新たな輝石は手に入ったのかの?」
エレンの言葉が呼び水となったのか、戦利品について尋ねるリーマドータ。エレンはまんざらでもない顔で答える。
「ええ、【真っ二つ】と【炎の矢のカード】、【解毒の粉薬】が一つずつよ。【真っ二つ】はオークションにかけようと思ってるんだけど」
「【真っ二つ】か。両手斧の下位ランクに位置する武器じゃな。ふむ、少し待っておれ」
リーマドータの眉間の宝石がしばし明滅する。
「【真っ二つ】に最近付けられておる買値は大体450前後じゃな。手っ取り早く売りたいなら、それを下回るくらいで出しておいたらどうじゃ?」
「そうね……ありがとうリーマドータ。帰り際にでも登録しておくわ」
「うむ」
二人の会話についていけず、傍観者となるしかないアンリ。
「うわ……何だかエレンがすごいベテランの執行者に見えるよ……」
「ふふ、慣れれば簡単よ。後でアンリにも教えるわ。アンリも武器や鎧を買いたい時に利用することになるからね。もちろんアーツやカードの輝石だってオークションで買えるのよ。当然、売りに出てたらの話だけどね」
「う、うん……。あ、そうだ! リーマドータさん!! 両手剣は……」
「残念じゃが両手剣は今日も売りには出ておらぬのう……」
「う……そうですか……」
「まあ仮に出ておったとしても、今のおぬしの所持金ではそうそう手も出まい。参考までに伝えておくがの。両手剣を使う者がまだまだ健在だった頃、【打ち壊すもの】は500くらいで取引されておったよ」
「う……500……」
今回の報酬の、アンリの取り分丸々である。
「だからさっきあたしが言ったでしょ? お金は使命を果たす為に必要なものだって」
「確かに……一流の執行者になれるのはまだまだ先みたいだ」
「ふふ、そうね、あとでオークションの場をのぞいて見ましょうか。両手剣はなくても、他に何かいいものが出てるかもしれないし」
アンリはエレンの言葉に軽く首肯した。
「あと【炎の矢のカード】と【解毒の粉薬】を手に入れたんじゃったかの? そちらはどうするのじゃ?」
「そうね……」
なぜか首を傾げて考え込むエレン。
「僕の魂の器に刻印するんじゃないの? 輝石がまだ入ってない縦列が残ってるし、【解毒の粉薬】ももう一つは嵌められるんだよね?」
「う~ん。そうしたいのはやまやまなんだけどね……」
「ああ、そうじゃそうじゃ。言っておくが、刻印にはお金を取るぞ」
「ええっ!? そうなんですか!?」
驚くアンリに当然といった顔をするリーマドータ。
「当たり前じゃ。ただ、新米の執行者に配慮して最初の三回までは無料で行っておる。前回は二回に分けて刻印を行ったがの、あれはサービスで一回分にしておこう。つまり、おぬしはあと二回だけ無償で刻印を行う権利があるのじゃ」
黙して説明を聞いているアンリに天人は流暢に続ける。
「輝石を一つだけ刻印するのも、今ある全ての輝石を外して新たな輝石に入れ替えるのも、どちらも同じ一回としてカウントする」
しばし考え、アンリはおずおずと尋ねた。
「……つまり、刻印をするならまとめて行ったほうが得、ということですか?」
「そうじゃ」
「……ちなみに、無料じゃなくなったら一回の刻印料はいくらになるんです?」
「200じゃ」
「高っ!?」
【解毒の粉薬】はともかく、【炎の矢のカード】は使ってみたい。しかしそれだけの為にせっかくの無料権を行使してしまっていいのかどうか?
その時アンリは、この戦利品を得た時にエレンが言っていた事を思い出した。いらない輝石は天人が買い取ってくれる、と。
頻繁に手に入るという【解毒の粉薬】を売って将来の足しにするという手もあるのではないか?
「そういえばいらない輝石は買い取ってもらえるって聞いたんですけど、そちらはいくらになるんですか?」
「10じゃ」
「安っ!?」
美貌の天人は邪悪な含み笑いをしながら続ける。
「三角輝石であれ、七角輝石であれ、な」
「な、なんというか、結構あこぎな気がするんですが……」
「嫌なら他所に行ってくれてもいいんじゃよ?」
煙管を吸って煙を吐き出すジェスチャーをしながら、上から目線でのたまうリーマドータ。
「ちなみに他の街の神殿に行っても値段は変わらないわよ? 刻印料も、輝石の買取料も」
過去にアンリと同じようなことを考え、他の街にわざわざ行ったこともあるエレンが半笑いまじりに口を挟む。
「少なくとも後者は執行者達の為じゃ。わしらが高値で買い取ると、皆が輝石を売るだけになっておぬし達の間に流通しなくなるじゃろ?」
「じゃあ前者については?」
「……天人も霞を食って生きておる訳ではないのじゃ」
生きていくのにお金がかかるのは執行者も天人も一緒なんだ。それが理解できたアンリであった。