第12話『【解毒の粉薬】の効果』
「アンリ、ほら見て見て!! 輝石が落ちてるわ!!」
エレンのはしゃぐ声が聞こえる中、アンリはまだ先ほどの壮絶な痛みによるショックでぐったりとしていた。傷は確かに塞がっている。しかし、その代償の痛みはあの怪我の何十倍も酷かった。
未だに横になっているアンリの側に、戦利品の捜索を終えたらしいエレンが草を踏みしめ、やって来る。
「もう……男の子なのにだらしないわね」
「誰のせいだよっ!?」
「あはは……ごめんね」
あまりの言い分にようやく半身を上げ、反論するアンリ。エレンも少しは反省しているのか、一瞬だけしおらしい顔を見せ、頭を下げた。もっとも、顔が元の位置に戻った時にはすでにいつもの笑顔に戻っていたが。
「それでほらほら。さっき倒した簒奪者と眷属から零れ落ちた輝石よ。どれも三角輝石だけどね」
エレンがしゃがんで差し出した掌中には三つの輝石があった。黄色と水色と白色の宝石を見てアンリが疑問を口にする。
「簒奪者って眷属よりもいいものを落としてくれるわけじゃないの?」
「う~ん。あたしの体感では、簒奪者の方が眷属よりも輝石を落とす確率が高いし、またより高位な石を落とす可能性も高いわね。ただ、簒奪者を倒しても輝石を落とさないことだってあったし、眷属が五角輝石を落としたこともあったわ」
「そうなんだ? 結構謎が多いんだね……でも簒奪者を倒したのに何も手に入らないってのはちょっとつらいなあ」
先ほどの戦いを思い出すアンリ。あんなに大変な目にあって敵を倒して、もし何も見返りがなかったらつらすぎるぞ、と胸中で呟く。
「ま、今回は手に入ったからいいじゃない。ちなみにその白いのが簒奪者が落としたものよ。じゃあ早速鑑定しよっ」
アンリに二つの輝石を渡すと、エレンはさっそく白の輝石をかざし、口を開いた。
「我にその叡智を示せ」
エレンが発した言葉に反応し、宝石から光が放たれた。現れたのは長い柄の先に大きな刃がついた巨大な棒状の武器だ。
「【真っ二つ】……両手斧ね。駆け出しの両手斧使いがよく使ってるわ」
「両手斧……強いの?」
「そうね。少なくとも破壊力はトップクラス。アーツも扱いにくいけど、高威力のものが多いわ」
「そうなんだ……。あれ? でもこれ攻撃力36しかないよ?」
「ああ、言うの忘れてたわ。アンリ、この攻撃力ってね。あくまで同じ系統の武器の中で強さを量る為のものさしだと思ったほうがいいわ」
「えっ? そうなの?」
「ええ。あたしの強化されている【刺し貫く白刃】は攻撃力43で、アンリの【打ち壊すもの】は攻撃力40よね? でも普通に正面から打ち合ったら、間違いなくアンリの剣の方が強いわよ」
「そ、そうなんだ……意外……」
「でも両手剣や両手斧は数値自体が他の武器より高めになってるけどね。初心者が使うような片手剣の攻撃力は大抵20くらいだもの」
「そんなに差があるんだ?」
エレンは頷き、未だ宙に画像を映したままの武器に話題を戻した。
「それでどうする? この両手斧、使う?」
「ん~、いや、僕はしばらく両手剣を使ってみるよ。少なくとも今はこの大きな剣をもっと使いこなしてみたい気持ちでいっぱいなんだ」
アンリは立ち上がると己の剣を呼び出し、天へと剣先を向けた。一歩踏み込み、刃を振るう。少年の動きはこの短時間で見違えるように様になっていた。エレンも微笑み、彼に続いて立ち上がる。
「ふふっ、アンリならそう言うんじゃないかと思ったわ。じゃあこれはオークションにかけましょう」
「オークション?」
「ええ、天人が取り仕切っている執行者達の取引の場でね。輝石を売りに出しておき、買い手がついたらお金を得ることが出来るの。いくらか手数料がかかるけどね」
「へえーっ!! そんな仕組みがあるんだ!!」
「ただ、時々オークションで全く買い手が付かない時もある。そんな時はオークションを諦めて天人に買い取ってもらうことも出来るわ。まあ捨て値でだけどね」
「あはは……ちゃっかりしてるね、天人は」
「でも天人って輝石を買ってはくれるけど、売ってはくれないのよね。結構余らせてると思うんだけどなあ」
「ところでオークションなんだけど、そこに【打ち壊すもの】は売りに出てたりするの? 値段次第だけど僕もエレンみたいに輝石を増やして強化したいな」
「……んーと、その、ね……」
「うん?」
「そもそも最近、両手剣という系統の輝石そのものがオークションにかけられたことが無いわ。買い手がつかないからか、みんな天人に直接売ってるみたい」
「どれだけ不人気なの!? 両手剣!!」
「い、いろいろと理由もあってね? ……ま、まあ気長にいきましょう……。ほらほら他の二つの輝石も鑑定しよ?」
「う、うん……」
ささいな夢を打ち砕かれたアンリは剣を輝石に戻し、先ほどエレンから渡された石の内の一つをつまみ上げた。
「水色って何の輝石だったっけ?」
「これよ」
エレンは己の輝石から一枚のカードを召還した。表面には鋭利な杭のように先の尖った、ほとばしる水流の絵が描かれている。先ほどの戦いで決め手になった水の槍を生み出す魔術。それはこの小さなものから生まれたのだ。
「ああ、そうだそうだ!! エレン、魔術も使えるんだね!! 僕びっくりしたよ!!」
「違うわ。魔術じゃないの。これはあくまでカードよ。魔術が封印された、ね」
「……えーっと。どう違うの?」
「うーん。簡単に言うと、合い言葉一つで使うことが出来る。しかも精神力も使わない」
エレンはカードを空に向ける。
「【水の槍】!!」
エレンの声に導かれ、そのカードから勢いよく水の塊が溢れ出した。それは瞬時に槍のような形となり、天に向かって飛び出していく。透明な槍は日光を浴びて煌き、やがて仮初の命を失い消え去った。
幻想的な光景に言葉を失って佇んでいるアンリの耳朶に、エレンのものさびしげな声が触れた。
「その代わりに本物の魔術で生み出されたものよりも少し弱くて、魔術と違って詠唱による威力の強化も出来ない……ってとこね」
「弱いの? あれで?」
一撃で眷属を始末し、簒奪者の炎の息を相殺したあの力を思い出し、アンリは首を傾げる。
「ええ。本物の魔術使いが生み出す、本物の【水の槍】ならば、きっとあの炎のブレスをも貫き、簒奪者をその穂先で抉ることも出来たはずよ」
エレンはアンリに先ほど魔術を放ったばかりのカードをかざす。アンリはあっと驚きの声を上げた。その表面に描かれていた美しい水の槍の姿は影も形もなくなり、ただの白紙と成り果てていたのだ。
「そしてカードは一度使うと輝石の力を回復させるまで二度と使えない。あたしは三つ刻印しているから三枚使えるわけね」
白いカードを食い入るように見つめているアンリにエレンは説明を続ける。
「威力に関しては武器と同じで本人の適正や身につけている物にもよるけどね。例えばあたしの武具に魔力増強の力があったら、このカードの威力だって上がるわ」
「……なるほどね」
アンリは水色の輝石をかざし、神の叡智を引き出す言葉を囁いた。
浮かんだ幻影は先ほどエレンが取り出したものと同じような一枚のカード。しかしその表には紅蓮色の、尾を引いて飛ぶかのような火の玉が描かれていた
「【炎の矢】……炎の魔術が込められてるのかな?」
「ええ、炎の魔術の一番初歩的なものね。それはアンリが持っておきなさい。何だかんだ言ってもカードはあると便利だからね」
「いいの? ありがとう!!」
「刻印したあとはその魔術の名がそのまま合言葉になるわ。カードを持ってる時にはうかつにその名を口にしちゃ駄目よ? 大惨事になるからね」
「うん! ……ひょっとして経験があるの?」
「な、なんのことかしらね?」
図星だった。
「い、いいから早く最後の輝石も鑑定しなさいっ!!」
「はいはい」
アンリは半笑いを浮かべながら残った輝石をつまみ上げる。
「黄色だから消費アイテムだね」
輝石の色彩の区別が段々ついてきたアンリ。そろそろ慣れてきた鑑定を手早く行う。今回現れたのはすでにアンリの【魂の器】に刻印されている物だった。
「緑色の紐で括られた薬袋……【解毒の粉薬】だね」
「なあんだ……ハズレね。天人に売っちゃいましょ」
「えっ!?」
「ん? ……あっ!!」
己の失言に気付いたエレンは慌て、取り繕うように早口でまくしたてた。
「う、うわー!! す、すっごーい!! 【解毒の粉薬】なんて、とってもいい物を手に入れたわね!!」
「エレン……」
もちろんそれでごまかせる訳もなく、アンリは半眼でエレンを見据えた。少女は気まずそうに目を逸らす。
「う、わ、分かったわよ……正直に言うわ。【解毒の粉薬】はもちろん、あの時あたしがあげた輝石は敵を倒すとほぼ毎回手に入るようなありふれた輝石ばかりよ」
「はあ……どうりであの時はずいぶん気前がいいと思ったよ」
「わ、悪かったわね!! でもあの時あげた輝石が役に立つことは本当なんだからねっ!? それに執行者の間では、【解毒の粉薬】は執行者のランクを測る為のアイテムである、と言われてるほど重要な物なんだからっ!!」
「何それどういう意味?」
「簡単よ。【解毒の粉薬】を喜んで刻印するのが初心者。【解毒の粉薬】を見るたびに捨て値に変換するのが初級者。【解毒の粉薬】を持ち帰らなくなるのが中級者。【解毒の粉薬】を初心者の為にわざわざ最低価格でオークションに流してくれるのが上級者よ」
「なるほど……なんとなく分かった気がする」
その指標によればアンリは初心者、エレンは初級者ということになる。その言い回しがいつごろから広まったのかは分からないが、執行者のことをある意味適切に区分けしているのは間違いなかった。
エレンの【魂の器】
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【刺し貫く白刃】×4
【戦乙女の装束】×2
【抗魔の盾】×1
【閃光の一撃】×2
【水の槍のカード】×3
【月形の斬撃】×1
【回復薬】×1
【爆裂治療薬】×1