第140話『永遠の虹』
戦いはさらに続いた。
執行者たちの武器も防具も、無傷なものは何一つなかった。もちろん武具を身にまとう肉体も同様である。
四肢に傷を刻み付け、多くの血を流し、もちろん命を落とす者もいた。それでも執行者たちは戦い続けた。
最初は守られるだけだった住民たちも、簒奪者と戦う以外の方法で役に立とうと負傷者の手当を行なったり、バリケードを作ったりと積極的に動いた。その中にはミルティーユとナターシャの姿もあった。
リーマドータたち天人も残る力をふり絞り、可能な限り刻印などを行なって執行者の力になった。
全ての人が一丸となってこの戦いに臨んだのである。誰かが言った、もうすぐエターナルイリスが救われるという言葉をただ信じて。
アンリは両手剣で簒奪者を両断し、その側ではエレンが取り巻きの眷属を美しい剣さばきで殲滅する。
マナとミナが力任せに敵を吹き飛ばせば、デルミットもそれに負けるものかと両手斧を振りまわした。
サイファは重厚な鎧を活かして敵の前に立ちふさがり、攻守サポートすべてを担った。近くで戦っていた名も知らぬ執行者が敵の魔術によって石化した時には、とっておきの【万能薬】を惜しむことなくふりかけた。
ナギラギアは【穿つ蒼き流錐】を含む強力な魔術を連発し、敵の集団を散々に屠る。
ギザルムは歴戦の勇士らしく戦いながら仲間を激励することも忘れない。
果たしてどれくらいの時間が経ったのか。
ついにその時。
彼らは天に響き渡るかのような音を聞いた。
その音を聞いたものは皆、中央を振り仰ぐ。今ではなつかしくすら思えるその正体を求めて。
はたしてそこには、彼らがずっと待ち望んでいたものの姿があった。
エターナルイリスの神の息吹。
美しく噴きあがる、天をつくかのように雄大な水の柱。
神話の時代から当然のように存在していたが、つい先ほどまで失われかけていた神々の大いなる力。
それが以前の姿でふたたびこの街すべてに加護の傘を広げていた。
そのことを理解しはじめた人々の顔に少しずつ希望の光が灯っていく。
反対に不快な声を上げ始めたのが簒奪者と眷属だ。
彼らにとって神の息吹はまさに自分たちの存在そのものを許さない強力な障壁であり、言うならば猛毒である。
力ない眷属はたちまちその場に倒れ伏す。そのまま絶命し、彼らは揃って灰となった。名のある簒奪者もなんとか動く体を引きずり、あわてて神々の力の影響下から逃れようとした。
もちろんそんな猶予を与える執行者は一人もいなかった。今までの苦戦が嘘のように彼ら彼女らは逃げる簒奪者を追いかけ、そのほとんどを撃ち滅ぼしたのである。
目の前の敵がいなくなっても、住民の多くはまだ自分たちの勝利が信じられなかった。神々が最後の慈悲で見せている幻かなにかではないかと。
恐る恐る辺りを見まわす人々。いずこの方角にももはや簒奪者、眷属は一体もいない。
やがて誰かが勝利の雄たけびをあげた。それはさざ波のように街の住民の間に広がっていく。
助かったことをようやく実感した人々は歓声をあげ、抱き合って笑いあい、あるいは涙を流し、生きている者はお互いの無事を喜びあった。
そんな全ての住民をねぎらうように、七色の虹がきらめいた。
神の息吹の復活とともに、街の名前の由来となった永遠の虹もその頂きに戻ってきたのだ。
「アンリ!!」
「えっ……うわ!?」
エレンが急にアンリを抱き寄せ、そのまま地にぺたんと座った。もはや武器も鎧も全てが輝石に戻り、今のエレンはただの旅姿をした街娘のようだ。全身についている傷と汚れだけが先ほどまでの激戦を物語っている。
とはいえアンリの姿も似たようなものだった。すべての力を使い果たしたアンリの武具も同様に彼の輝石へと帰っていった。
「もうっ……あの時一人で駆けだして……心配したんだからね!!」
ミルティーユを助けるために単独で動いてしまった時のことを言っているのだろう。そういえばお説教は後だと言っていた。アンリは衝撃にそなえてまぶたを閉じる。
でも予想に反して降ってきたのは拳ではなく、雫だった。アンリは顔をこわごわ上に向けた。
アンリの頭を胸に抱いたまま、エレンは泣きじゃくっている。
喜びも怒りも悲しみも、すべてが混ざり合ったような顔と声だった。
「うん……ごめんねエレン……」
アンリは体の力を抜き、エレンの抱擁にその身をあずける。
アンリも自分の無茶な行為を思い出したこと、そして戦いに勝利して生き残ることができたこと、様々な感情が頭の中でぐちゃぐちゃになって、抱きしめられたままエレンと同じように泣き出した。
二人の側にいた他の執行者たちもようやく、何もかもが終わったのだと心の底から感じることができた。
マナはミナと抱き合い、そしてデルミットと手を打ち合った。
サイファは兜を脱いで長い銀髪を風になびかせ、もう二度と見れないのではないかと覚悟していた大きな神の息吹を改めて見つめた。
ナギラギアは、なんとか終わりましたか……と一人ごちる。彼女の杖についている青い宝石が光を受けて誇らしげに輝いた。
ギザルムは解放感に大きく伸びをしたあと首をめぐらせ、周りにいる仲間たちとお互いの健闘を称えあう。
そんな執行者たちから少し離れたところで、アンリとエレンを見つめている者が二人いた。
一人はミルティーユ、そしてもう一人は母親のナターシャである。
「お母さん」
「ん?」
「私、執行者にはなれないけど、それ以外のことでいつかアンリさんたちの力になりたいな」
アンリを見据えたままそっとつぶやくミルティーユ。自分の娘の気持ちに気付いているナターシャは微笑み、優しく頭を撫でた。
「がんばりなさい……色々とね」
「うん!」