第135話『中央広場にて』
多くの住人たちが街の中央広場、神の息吹がある場所に集まってきている。幸い、まだエターナルイリスの神の息吹は存在し、噴きあがるしぶきと共に神の加護を周囲に投げかけていた。しかしその大きさはかつての半分にも満たない。
不安と恐怖に包まれた人々がごった返す中、あれこれと指示を出している天人の姿を見つけてアンリは声を張り上げた。
「リーマドータさん!」
「アンリか!? 無事じゃったか!!」
リーマドータが神殿の外にいるのを見かけるのは初めてだ。アンリたちは息せききってリーマドータの側に駆け寄った。
「何が起きているんです!?」
「簒奪者どもがこのあたりの神の息吹をひとつひとつ潰していた。おぬしたちも帰ってくるまでに見たのではないかの?」
アンリはうなずき、リコラダ村での出来事、そして戻ってくるまでに自分たちが見たものを手早く説明する。話を聞いている間、リーマドータは悔しそうに唇を噛みしめていた。アンリが言葉を終えると、リーマドータは視線を広場の中央にちらりと向けたあとに口を開く。
「そして最後の仕上げがこのエターナルイリスということじゃ。神の息吹はまだ完全に消滅してはおらぬが時間の問題じゃろう。ここまでしてやられるとは。やれやれ、わしも耄碌してきたかの」
「打開策はあるの!? リーマドータ!」
エレンの悲鳴のような質問にリーマドータは首を縦にふる。
「ある。じゃが、それがいつまでかかるか分からぬ。わしらにできることは集まってくる簒奪者どもを撃退し続けることだけじゃ」
一旦言葉を切ると、リーマドータは自嘲気味の苦笑を浮かべた。
「情けないことじゃが、わしら天人は神の加護がなければ大したことはできぬ。神の息吹が消失すればもはや刻印もできなくなるであろう」
リーマドータはふたたび真剣な表情に戻り、自分の目の前にいるアンリたちを見つめた。
「じゃからおぬしたち執行者だけが頼りじゃ」
アンリ達は何も言わずにリーマドータを見返した。もちろん戦うことに異論はない。
しかし武具を含めた輝石の力も消耗が激しい。神の息吹が朽ちたら肝心の輝石の力を回復させることもできなくなる。もしそうなったら……もはや抗うすべはない。
そんな不安をみてとったのか、リーマドータの赤い瞳がふっと優しい光を帯びる。そして言い添えた。
「希望だけは捨ててくれるなよ?」
その言葉を残し、リーマドータはアンリたちの側から去っていった。たちまちその周囲に他の天人や執行者たちが集まってくる。神殿の責任者として対応しなければならないことが多いのだろう。
アンリはリーマドータを視線で追うのをやめ、広場の中央に目を向けて神の息吹を見た。かつての威容が幻であるかのように小さくなってしまった神の息吹。もちろんそのサイズはまだ凡百のそれより大きいものの、もはやその加護はエターナルイリスの半分にすら届かないかもしれない。たいまつの火がいつかは燃え尽きるように、このままあの噴水も消えてしまうのではないか? そしたらこの街はもう……。
――弱気になっちゃだめだ!
アンリは首を左右に振ってくじけそうな心を奮い立たせようと努めた。ここであきらめてどうするのだ? リーマドータも言っていたではないか、希望だけは捨てるな、と。
アンリは仲間の方に向き直った。皆、それぞれ思うところはあるようだがまだ闘志は失っていないようだ。
これからどう動くべきか、相談しようとアンリが口を開いたその時。
ひときわ大きな爆発音がひびく。中央広場とは離れた場所から聞こえたようだが、人々は恐怖にどよめいた。
アンリはあわてて爆発の音がした方向に体ごと向きを変えた。アンリの視界に入ってきたのは遠くからあがる巨大な噴煙だった。そしてアンリは気付く。今見ている方角には、ミルティーユの家があるということに。
――そういえばミルティーユの顔を一度も見かけていない。まだ避難できていないんじゃないのか?
アンリの脳裏にかつての記憶がよみがえった。まだ執行者になる前の、一体の怪物を前にして一人の少女を背にかばい、木剣を構えていた時のことを。
もしあの時エレンが駆けつけてくれてなかったら、きっと自分は今こうして生きていることもなかっただろう。もちろん、自分がかばっていたあの少女――ミルティーユも。
もし今、ふたたびあの時のようなことが起きていたら?
「行かなきゃ……!!」
アンリは駆け出した。仲間たちを振り返ることもなしに。
「ちょっと!? アンリ!?」
エレンがアンリの背に声をかけるがアンリの足は止まらない。
すぐさま追いかけようとしたエレンだったが、ここも避難してくる住民でいっぱいだ。それに先ほどの爆発が混乱に拍車をかけている。たちまち人の波に押されて彼女はアンリの姿を見失ってしまった。
「アンリーーーーーーーッ!!」
アンリを求めてエレンは声を限りに叫ぶ。
しかし幼馴染の声が聞こえているのかいないのか、アンリが戻ってくることはなかった。