第134話『迫る敵を食い止めよ』
「よう、アンリ。なかなか良いタイミングで戻ってきてくれたな」
「ギザルムさん!」
「俺もいるぜ!」
「デルミット!」
アンリたちが眷属の群れを蹴散らしてエターナルイリスへの強引な帰還を果たしたあと、すぐに出迎えたのは【虹の根本亭】の仲間たちだった。他にも見知った顔が何人かいる。彼らは建物や瓦礫を盾にし、敵を近づけまいと奮戦していた。
この場には彼ら執行者だけでなく、街の住民も大勢いた。彼らはもちろん非戦闘員であり、現在の状況に大混乱を起こしていた。人々は押し合いへし合い、我先に逃げようとしている。
建物は多数が崩れ落ち、かつての美しい街並みは混沌とした瓦礫の集合体へと変わりつつある。ここにたどり着くまでに地面に倒れてもの言わぬ人間たちと、石畳を真っ赤に染める血の海を見た。
新たな瓦礫の山を作り出そうと、新たな死体の山を生み出そうと、簒奪者と眷属たちは慈悲も容赦もなく押し寄せ続けている。アンリたちはギザルムのそばに駆け寄った。
「生き残っている住民を中央に避難させる時間をかせぐ。お前たちもちょっと付き合え」
ギザルムはアンリを含めた全員を見渡しながらそう言った。しかしギザルムの目から見て、アンリ達はまだ今の状況が信じられないのかどこか地に足がついていないように思われた。
ギザルムは彼らの不安を少しでも取り除こうと言葉を投げかける。
「驚いたか? 無理もない。こんなのは俺の人生でも初めてのことだからな」
喋りながらも、バリケードを突破してこようとした眷属数体を己の武器で撃破する。歴戦の勇士はまだ迫りくる敵を見据えながらアンリたちに言った。
「だが悩むと死ぬ。とりあえず今は目の前の敵を倒すことだけを考えろ」
「……そうだな」
答えたのはサイファ。重い鎧の音を響かせながら前へと出る。
「いろいろとショックだったが、簒奪者どもを倒すという目的はいつものことだ。ならばワタシは力の限りこの片手鎚を振るおう!!」
言葉とともに振るわれたサイファの【正六面体の鎚】が敵を粉砕する。
単身で前に出たサイファの側に悪鬼の集団が押し寄せ、寄ってたかって粗末な剣を叩きつけるが、重厚な鎧と盾で身を包むサイファには何の効果もあげられない。逆にサイファがふたたび動くとたちまち悪鬼たちは叩き伏せられ、あるいは吹き飛ばされた。まさに鎧袖一触という言葉がふさわしい光景であった。
その大岩のような存在感と安心感に、恐れ混乱するだけだった人々の心がわずかに落ち着いた。サイファの戦いぶりを初めて見た執行者たちも驚きの視線を向けている。
「……そうね。よく考えたら腕の見せ所じゃない」
サイファに続き、マナも敵陣に向かって歩を進めた。マナはその小柄の体に不釣り合いな武器【超重斧】を構え、殺到してくる眷属の群れに立ちはだかる。
眷属たちは小さな獲物に狙いを定めて加速するが、間合いに入ったところでマナは武術【刈り取られる麦穂】を用いて右から左へと薙ぎ払い、敵の一団をまとめて両断した。それをみていたデルミットも負けじと自分の両手斧で眼前の敵を叩き切る。そんなデルミットに向けてマナは八重歯を見せて笑った。
「私も皆さんをサポートします」
周囲に目を配り、【ごまかしのモール】を構えるミナ。さっそく仲間たちを援護しようと【氷結の鎧】の詠唱を開始する。
「あたしたちもやるわよ。アンリ!」
言葉と共に振り向いたエレンをアンリは見つめた。幼馴染の瞳にはいつの間にか力が戻っている。ならば自分もいつまでもうじうじ考えているわけにはいかない。できる限りのことをやって、救える限りの人を救うのだ。
「うん。わかった。やろうエレン!」
アンリは【打ち壊すもの】を、エレンは【最果ての氷結晶】を手にそれぞれ簒奪者と眷属の群れへと挑んでいった。アンリが剣を大振りして眷属を蹴散らすと、そのあいた空間にエレンが飛び込み、まごつく簒奪者を周囲の雑兵もろとも【月形の斬撃】で斬って捨てた。
彼ら五人はすでにこの街でもかなりの実力者である。先ほどまでは攻める一方だった簒奪者と眷属の群れは、うかつに攻め込んだ同族たちがあっさりと返り討ちにあっていることに気付き、恐れと保身から前に出る事を躊躇しはじめた。すかさず前線を押し上げる執行者たち。
その隙にまだ残っていた住民たちも、動ける人間はすべてがこの場を逃れることができた。
いつの間にか目の前の敵も半減し、一瞬優位になったかに思えた執行者たちだったが、遠くにまた新たな敵の軍勢が現れたのを目撃する。さすがにこのまま連戦を続けると危うい。この周囲一帯の避難が済んだことを確認したギザルムが叫ぶ。
「そろそろ俺たちも引くぞ!」
彼は言い終わるとすぐさま手に持つカードから魔術を発動させ、あたり一帯を爆炎で薙ぎ払った。力を持たない魔物はあっさりと火にまかれて灰となり、力あるものたちもその影響から逃れようと距離をとる。
その隙に他の執行者たちもやや余裕を持って持ち場を離れた。もちろんアンリたちもだ。走るアンリのもとにギザルムが駆け寄ってくる。
「リーマドータが中央広場にいる。あいつならもう少し詳しいことを教えてくれるだろう」