第131話『光る目』
「目を見るなって言われても……どうすればいいのよ!」
エレンは自分の盾に隠れながら剣を振る。しかし、まともに相手を見据えずに放った攻撃はさすがに空を切った。
「ワタシも話に聞いたことがあるだけで戦うのはこれが初めてだが……目が光るときがコイツらの魔力が発揮される時だ。その時に視線を合わせてしまうと石化してしまうらしい!!」
サイファも己の盾【不可侵防壁】をかざして、自分の視線を敵のそれと絡めないようにしながら、ひたすらに片手鎚を振るっている。しかしその攻撃もいつもの彼女と違って腰が引けていた。
「ということは目が光ってない時は見てもいいってことよね……それなら……いやいやでもいつ光るのか分からないじゃない!」
さきほど動かなくなったマナの姿が恐怖として彼女にこびりついている。やはり盾をかざしたまま、今回持ち込んでいた武術の【盾による強打】を放つエレンだったが、残念ながらそこにコカトリスは一体もいなかった。獲物をおちょくるように二本の足でちょこまかと走り回っているのだ。
「痛、痛た!」
アンリも視線をよそに向けながら適当に剣を振り下ろしているものの、大した戦果はあがらない。さらにその代償として、自分を囲むコカトリスの集団にひたすらつつかれている。
幸い、大した攻撃力は持っていないようで怪我にはほど遠いが気分の良いものではない。
「っ……! 【隕石落とし】!」
ミナが得意の武術を放った。軽く跳躍したミナが手に持つ【ごまかしのモール】は大きく振り上げられ、一瞬ののち思い切り地面に叩きつけられる。たちまち先端の錘が大地をえぐり、衝撃が土くれを吹き飛ばした。
しかし、その攻撃に巻き込まれた魔物はいなかった。敵の姿を見ないよう目をつぶって武術を使ったこともあり、彼女の両手鎚は大して効果を発揮できない場所に落ちたのである。巻き込まれそうだったコカトリスたちも翼で宙を舞い、あっさりとその攻撃範囲から離れていた。
「くっ……どうする!?」
サイファは兜の奥で必死に打開策を考えた。
石化したマナに関しては、心配性のサイファが常に刻印している【軟化の粉薬】を使えば治すことはできる。
もちろんサイファが先日手に入れた【万能薬】も同様に治療可能だ。
しかしどちらもひとつずつしかない。ひとつをマナに使うことを考えると、余裕はまったくないと言っていい。
「……そうよ! 【邪眼潰し】!」
サイファが思考をめぐらせているとき、エレンが叫んだ。アンリもその言葉にはっとする。
「アンリの鎧よ! この前言ってたじゃないアンリ。邪眼を持つ簒奪者や眷属に対抗するために作られた鎧だって。こいつらがその邪眼の持ち主じゃないの!?」
「たしかに! ……でもどうすればいいの?」
アンリの鎧の左肩についているこぶのような部分には、かつて存在していた幻獣である【一つ目の獣】の瞳がはめ込まれているのだ。きっとこれが邪眼に対抗する切り札のはず。しかし、以前輝石からのイメージで見たあの不気味な瞳はまぶたの奥に隠れたままだ。
三人の仲間はアンリの背後に隠れるように集まってきた。そして口々に叫ぶ。
「がんばってアンリ!」
「お願いしますアンリさん!」
「カルドラのご加護を信じろ!」
「いやいやそんなこと言われても!?」
たしかにこの状況を打開するためには【邪眼潰し】の力というものを発揮させるしかない。しかしその方法まではちゃんと確認していなかった。そもそも【邪眼潰し】の由来となったその能力に関する知識も、リーマドータとの会話中にさらりと聞いたから知っているだけだ。
ちゃんと調べておけばよかったと後悔するアンリだったが、もう遅い。
ちらりと自分の左肩に目を向けるものの、やはり何の変化もないようだ。視線を前に戻すアンリだったが、うかつにもそれを無警戒でやってしまった。そう、アンリが向けた視線の先にこちらを凝視するコカトリスがいたのだ。
一人と一匹の視線が絡み合い、コカトリスの瞳が怪しく光る。
――ああ、綺麗だ……。
アンリはなにかに魅せられたかのように、視線をそらすことも出来ずにぼうっとその光を見つめ……。
突如、アンリの左肩のこぶがうごめいた。まぶたのような覆いが開き、中から巨大な眼球が現れたのだ。その魔眼は怪しく輝き、あたりを睥睨する。
伝承では【一つ目の獣】の瞳と視線を交わした者は恐怖で身がすくみ、場合によっては即座に命を落としたという。
さすがにただの動物でないコカトリスは死ぬことはなかったものの、恐怖に囚われた。その瞳から光が失われ、身はすくみあがり、さらにその恐怖から逃れようと視線を逸らした。そう、邪眼の力を使うのをやめただけでなく、顔をそむけて敵から視線を外したのである。
もちろんそんな隙を見逃すアンリではなかった。一瞬で間合いを詰めると剣を振り下ろし、一刀で異形のニワトリを叩き潰した。
幸いアンリの体はなんともない。石化の力は効果が発揮される前に【邪眼潰し】のおかげで中断されたようだ。
他のコカトリスたちも明らかにおびえていた。自分が魔眼の餌食とならないよう、アンリを直視しないようにしている。
「みんな! 僕が前に立って戦うからサポートして!」
「わかったわ!」
エレンが答え、サイファとミナも力強くうなずく。
アンリが前に出ると逃げるように後ずさるコカトリスたち。アンリが剣を大きく振ると、異形のニワトリたちは空を舞い、その刃をからくもかわす。しかしそれを待ち受けていたかのようにエレンが連続で突きを放った。エレンの剣、【最果ての氷結晶】は空中に浮かぶ一体一体を次々と刺し貫いていく。無防備に宙に浮かぶそれらはエレンにとって動かない的と同義であった。たちまち眷属たちは灰となって消滅する。
「なんだ、こいつら視線がつかえないなら大した事ないじゃない!!」
先ほどまでのうっぷんを晴らせたこともあり、エレンの口元には笑みが浮かんでいた。
「うおおおおおおお!! 【頭骨砕き】!!」
サイファもいつもの掛け声とともに得意技を振るい、片手鎚一振りで複数の眷属をまとめて叩きのめした。ミナも今度は敵の姿から目をそらさずに武術を放ち、衝撃でコカトリスたちを文字通り粉砕する。
視線の力を自由に使えないコカトリスは、エレンが言った通り彼らの敵ではなかった。異形のニワトリは一体、また一体と撃破されていく。コカトリスを生み出した簒奪者らしき大物もいたが、戦闘力は眷属のコカトリスと大差なかった。
アンリたちは間もなく周囲の魔物をせん滅することができたのだった。