第129話『ちらつく不安の影』
「リコラダ村と連絡がとれない?」
エレンの言葉にリーマドータがうなずいた。
「正確に言えば連絡がとれなくなり、さらに様子を見に行った執行者たちも戻ってこない、じゃな」
アンリ達との間に机を挟んで座るリーマドータが補足する。その顔には隠しきれない不安の影があった。
「リコラダ村とはどのようなところなのだ?」
エターナルイリスの周辺にはまだそこまで詳しくないサイファが問う。かつて別件で訪れたことのあるエレンが景色を思い出しながら答えた。
「村だけど結構大きめの神の息吹が湧いててね。なかなか活気があって良いところだったわ」
「ほう。それはせっかくだし見てみたいものだな!」
「村にしては、よ?」
エレンとサイファのやりとりに乗ってくることもなく、リーマドータは真剣な面持ちで続けた。
「村と村民の安否の確認を頼む。もちろん戻ってこない執行者たちについてもじゃ」
「分かりました。任せてください」
答えるアンリ。うなずく仲間達。
「また、帰りにはいくつかの場所を経由して戻ってきてほしい」
リーマドータは机の引き出しから取り出した一枚の紙を差し出す。アンリが受け取り、エレンたちもそれを覗き込む。マナがあたしにも見せてとせがみ、アンリは紙を持つ手を彼女が見える位置にまで下げてやる。
「丸で囲んでいるところがあるじゃろう? それらすべての現状を確認してきてくれ」
天人から渡されたものは簡略化された地図であった。エターナルイリスらしき場所の周辺に、いくつかの丸印が記されている。
エレンは首をひねる。このあたりの地理に詳しい彼女はその丸印の場所になにがあるかを知っているからだ。
「神の息吹があるところばっかりじゃない?」
「……まさかとは思うが、念のためじゃ」
エレンの疑問にリーマドータは歯切れ悪く答えた。
アンリたちは顔を見合わせる。神の息吹とその周辺は人間にとって聖域であり、簒奪者や眷属が近寄ってこない安全地帯。それもはるかな昔から、だ。一体何を確認するというのか。
「それらも含めてこの件をおぬし達に依頼する。可能な限り早く出発してくれ」
「わかったわ」
いつものつまらない冗談すら一言も口にしないリーマドータ。
五人の執行者は顔に緊張をはりつけたまま、神殿の一室を退去した。
いったん【虹の根本亭】に戻ったアンリたちは、ちょうど尋ねてきていたミルティーユと出会った。
普段なら笑顔で出迎え、楽しく軽食でもするところだが今のアンリたちにそんな余裕はなかった。あいさつもそこそこに彼らはあわただしく二階に上がり、冒険の準備を整える。
旅装束を整え終わった彼らがふたたび一階に姿をあらわすと、ミルティーユはもの問いたげにアンリの側にやってきた。
少女はアンリと言葉を交わし、しばらく街を離れることを伝えられる。
「気をつけてくださいね?」
アンリ達の様子が普段と違うことを感じ取っているのかもしれない、心配げなミルティーユの声。その言葉はもちろん全員にかけられたものであったが、視線はアンリに向けられていた。
アンリは不安がらせまいと意図して明るく笑う。
「ありがとう。大丈夫だよ。いつもみたいに帰ってくるさ」
「……はい」
アンリのその言葉にミルティーユもようやく少し微笑む。
手を振る少女にそれぞれ応え、彼らはやがてエターナルイリスを後にした。