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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第4章
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第127話『一対一』

 刃が盾を正面から打ち据え、火花が散る。


 【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】は牙を剥き、その重い一撃を耐える。この簒奪者にとって滅多にないことだ。自慢の膂力で軽々と押し返せないほどの斬撃を受けるのは。


 しかし、それもこの蜥蜴の戦士を後退させるには至らない。【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】は冷静に盾の角度をずらし、アンリの剣を受け流そうと心みる。


 昔のアンリだったら、そのまま体勢を崩され、致命的な反撃をその身に受けていただろう。しかしアンリも【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】の反応に合わせて巧みに自ら動き、よろめくことなく間合いを取り直した。


 【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】は不満を表す声音を小さく漏らし、一歩を踏み込むとそのまま左手の剣を振り下ろした。鉄の塊をも一撃で真っ二つにするかのような斬撃がアンリを襲う。


 アンリはからくもそれをかわす。目標を失った刃は迷宮の床を破壊するに留まった。しかし、【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】の動きは止まらない。


 そのまま身体を反転させ、尻から生えている大きな尻尾を逃れた敵へと叩きつける。鎧に覆われているそれは、蜥蜴の戦士達にとって剣に劣らないおそるべき武器だ。アンリもこれは避けられず、咄嗟に【打ち壊すものブロークン】の刀身をかざして受ける。


 衝撃に歯を食いしばるアンリ。数歩たたらを踏んで後ずさる。だがそれだけだった。


 【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】はアンリをじっと見つめる。その瞳に、もはや相手をあなどる様子は欠片もない。


 【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】が今まで接してきた相手は、先ほどの斬撃により大抵はその命を絶たれていた。刃を逃れた相手もまれにいたが、鞭のようにうなる尻尾を避けられず、手ひどい傷を負っていたものだ。


 だが、今目の前にいる相手は……。


 アンリは息を吐いて踏み込み、剣を上段から振り下ろす。半ば我流とはいえ、実戦で鍛え上げられた剣閃は美しい半円を描いて蜥蜴の戦士を強襲する。【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】は右手の盾で受け、返す刀でアンリの頭部を狙う。


 振るわれた刃はアンリの頬をかすめたが、それだけだった。間近を通過した刃先に怖気つくこともなく、若き両手剣の使い手ツーハンドソードマスターは横薙ぎに次の攻撃を繰り出す。それは【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】の体術を上回り、簒奪者の重厚な鎧を傷つけさらに肉体をもえぐった。


 【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】には分かった。先程の一撃が相手を掠めたのは決して自分の剣技が見事だったからではない。


 目の前の敵は唸りをあげて迫る肉厚の刃を冷静に見切り、最小限の動きで避けたのだ。反撃の機会を逃さぬために。


 【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】は軽く跳躍して間合いを取る。アンリも深追いせずに体勢を立て直し、剣を再び構えた。


 しばしの沈黙が辺りを支配する。


 先程までは己の眷属と共に死闘を繰り広げ、剣戟と雄たけびが埋め尽くしていた地下迷宮。眷属はどうなったのか。敵の数も一人ではなかったはずだ。


 しかし、今はもうそんなことはどうでもいい。この戦士に勝たなければならぬ。


 【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】の中がそんな気持ちで埋め尽くされた。


 やがて静寂を破り、激しい衝撃音が石の迷宮に響き渡る。【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】が右手の盾を捨てたのだ。迷宮の深部を震わせるような轟音が、蜥蜴の戦士がどれほど身軽になったかを示していた。


 【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】にとって、その盾はまさしく生まれた時から側にあったものであり、それを用いた堅固な守りは重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマンの名前の由来ともいえるほどのもの。

 盾と剣とを操る姿こそが、簒奪者として与えられた彼の存在意義と言い換えてもいいだろう。しかし、彼はそれを捨てた。

 防御を捨て、一撃に賭ける。そうしなければ勝機はないと悟ったのだ。


 アンリとて無傷ではない。大きな怪我がないだけで、鎧は各所がえぐれ、裂傷からは血が滴っている。【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】が防御をかなぐり捨てて繰り出してくる剣技。それは今までアンリが経験したことのない速さと力強さを持っているだろう。


 しかしその挑戦を受けて立とうというのか、アンリの口元には小さな笑みが浮かんでいた。






「あわわ、やばいよ。助けにいかなきゃ!!」


 アンリの危機に慌てるマナ。


 すでに蜥蜴の眷属達は壊滅し、この場に残る敵は【重装蜥蜴ヘヴィガードリザードマン】のみであった。五人で囲めば、いかな凶悪な簒奪者といえどひとたまりもあるまい。


 しかし、駆け寄ろうとする小さな肩に手を載せる者がいた。


 振り向いたマナの瞳に映るのは、金色の髪を持つ少女。不思議そうに見上げるマナに答えているのか、エレンは小さく、しかし力強く頷いた。


「アンリは勝つわ」


 エレンの双眸は蜥蜴の戦士と対峙する幼馴染へと向けられ、外れることはない。


 アンリを見据えたまま呟いたエレンの藍色の瞳にあるのは、信頼か、憧憬か、それとも。


 慌てて左右を見渡すマナ。

 大きな鎧の主、サイファは鷹揚に頷き、マナとそっくりの妹、ミナも口元に笑みを浮かべる。


 もう一度マナはエレンを振り仰ぎ、一言だけ尋ねた。


「ほんと?」

「ええ、必ず」


 自信に満ち満ちたエレンの声。

 やがて、マナは構えていた己の武器を下ろした。


 エレンの予言がその言葉の通りとなったのは、それから間もなくのことであった。


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