第124話『もう駆け出しじゃない』
「言っておくがわしは止めたぞ?」
神殿の一室で。
非難がましい目つきで入ってきたエレンを見るやいなや、リーマドータは言い訳をするように早口でまくしたてた。機先を制されたエレンは言葉につまり、一瞬口ごもる。
エレンが訪れた理由を、サイファの一件で文句を言いに来たとリーマドータは見てとったからである。実際、エレンの中にそんな気持ちがなかったとは言い切れないが。
「じゃがの? 初めて執行者になった時のおぬしらのような輝く目で、刻印をしてくれと頼まれたら断れるわけなかろう?」
リーマドータの困ったような弁解を聞き、エレンは俯くと盛大にため息をついた。彼女の視線が外れている間に、リーマドータは刻印の際に払われた銀貨200枚の袋をそそくさと机の内部にしまいこむ。
そんな天人の仕草に気付かなかったエレンは、顔を上げて気まずげに目を逸らした。
「うー、そうね。別にあたしも責めに来たわけじゃないのよ。ただ文句を言いたかっただけで」
同じことじゃろう……という呆れたような呟きがリーマドータの唇から漏れ、エレンと一緒に入室したアンリが申し訳なさそうに天人へと頭を下げた。
「で、わざわざそれだけの為にここにやってきたのかの?」
「いえ、何かお役に立てることはないかなと思いまして」
「依頼よ依頼。何かない?」
美貌の天人はあごに手を当て、同じような意味合いの言葉を全く違う言い様で伝えてきた二人を見やる。
「ふぅむ。そういえばおぬしらは、結局あの五人でチームを組んでいる、と考えていいのかの?」
「はい」
幼馴染のエレンだけでなく、ひょんなことから知り合ったマナとミナ、そしてサイファ。今では全員かけがえのない仲間だ。人の縁というのは奇妙なものだと、やや年寄りめいた考えを抱きながらアンリは頷いた。
なお、アンリはデルミットにも仲間にならないかと誘ったのだが、その際デルミットは高速で首を横に振った。【尾長竜】と戦うようなことになってはたまらないと、彼が考えたかどうかは定かではない。
リーマドータはアンリの答えに満足気な笑みを浮かべる。
「そうかそうか。しかしいつの間にかアンリもしっかりしてきたの」
「そ、そうですか?」
「うむ。難度の高い依頼を振ってもどうにかしてくれる、という安心感がでてきたの。なにしろあの【尾長竜】をも倒したのじゃからな。これからは大型の簒奪者は全ておぬしらにまわしてもいいかもしれぬな」
「ちゃんと吟味はしてよね?」
さらりと恐ろしいことを口にした天人に対し顔をひきつらせるアンリ。代わりにエレンが釘をさす。
リーマドータは軽く笑いながら手を振った。
「冗談じゃ冗談。さすがに力量に合わない依頼を押し付けたりはせぬよ。ただ、ここを訪れたばかりのおぬしと比較すると、見違えたのは事実じゃぞ?」
リーマドータは赤い瞳をアンリのそれに合わせた。彼は意気込んで尋ね返す。
「ほ、本当ですか?」
「うむうむ。わしも頼りにしておるぞ」
美しい年嵩の――実際アンリとは天と地ほども差があるが――女性に妖艶な笑みを向けられ、顔を赤らめるアンリ。エレンは面白くなさげに頬を膨らませる。
「それで依頼よ依頼! 何かあるんでしょ!?」
分かりやすい反応のエレンにリーマドータは口元を吊り上げながら、先刻届けられた依頼に関しての説明を始めた。