第120話『剣をかかげ、何を思う』
「うーん、どうしようかな……」
アンリは一人、訓練場で悩んでいた。深刻な顔で【打ち壊すもの】を構えてはぶつぶつと唸っている。いつもはこの身の丈ほどの長さを持つ剣を縦横無尽に振るうアンリであったが、今日の彼はなぜか突っ立ったまま、とある言葉を何度も繰り返すだけであった。
剣を垂直にかかげ、アンリは本日幾度目かの変身を行う。
「カルドラの名において執行者となり、我、簒奪者を討たん!!」
アンリの言葉と共に生まれた光が全身を包む。その輝きが薄れた時、アンリはいつものように鎧を身に着けていた。しかし、何か不満があるのかアンリの顔は冴えない。
「うーん、何か違うな……もっとこう、ぐっとくる言い方はないかな?」
アンリが先ほどから悩んでいるのは何のことはない。ほとんどの執行者が武具をその身に纏う時に叫ぶ、変身の口上についてである。
アンリは執行者になった日、エレンが口にした言葉と同じ言葉を変身時のそれとしていたが、最近自分と一緒に戦った仲間達に触発され、自分だけのオリジナルである言い回しはないだろうかとさっきから頭をひねっているのだ。年若い執行者がよくかかる症状であった。
さすがにこんなことを幼馴染であるエレンに相談は出来ない。アンリは訓練場の片隅で朝から一人、ずっとそんな試行錯誤を行っているのであった。
「アンリさんアンリさん」
「うん?」
地面に視線を向けていたアンリは己を呼ぶ声に頭をあげる。いつの間に現れたのか、目の前にはつぶらな赤紫の瞳があった。
「あ、ミルティーユ」
「おはようございますアンリさん」
ミルティーユは両腕をスカートの前に垂らしたまま微笑んだ。その手には草木で編まれたバスケットがさげられている。
「お昼、まだですよね? 良かったら一緒に食べませんか?」
ミルティーユは編み籠を掲げ、アンリの胃袋を魅惑する提案をした。