第119話『あの子に勝つ方法は?』
「んだとお!? 【力のメダリオン】に加えて【力の指環】まで持ってやがんのか!?」
アンリによってついに種明かしされたあの少女の秘密に、デルミットが目を大きく開いた。中途半端な時間が幸いしてか【虹の根元亭】の一階は閑散としており、デルミットの大声に眉をしかめる者は周りにいない。デルミットは歯軋りせんばかりに悪態をつく。
「くそ……なんてやつらだ!! そんな卑怯な手を使っていやがったのか!!」
「あんたも人のこと言えないじゃない……」
エレンが半眼で目の前の男を見据えながら手の中の杯に口をつける。卓上には軽食が並び、先ほどからデルミットは親の敵のようにそれらをむさぼっていた。奢ると言った手前、アンリは何も言えずにアーモンドをかじりながらその光景を見るだけであった。
しばらく暴食の限りをつくしていたデルミット。やがて顔をあげ、にやりと笑みを浮かべた。
「【力のメダリオン】に【力の指環】、これらを集めるのが俺に課せられた試練だな!!」
「いくらかかると思ってるのよそれ!?」
「それにそれだけじゃ勝てないよ。マナが刻印してる武術のことも考えないと」
戸惑う二人を前に、デルミットは顎に手を当てる。
「そうだな……だが俺も【巨木断裁撃】はすでに最大まで刻印してる……安いし」
【巨木断裁撃】。マナも愛用しているこの武術は三角輝石であり、比較的良く手に入るものだ。そのため、取引価格は基本的に安価である。
両手斧はこの輝石を刻印し、己の力を引き上げるのが良いと言われている。なお、肝心の武術に関しては実戦では使うなと言われているが。
「さすがに本来の筋力自体は俺があのガキよりも上のはずだ。それならそこまで高い輝石を揃えなくてもいけるんじゃねえか?」
「そうだね……【力のメダリオン】が一つでどれくらいの効果があるか分からないから、なんとも言えないけど」
店に入った時は落日のように俯いていたデルミットが、今では朝日のように面を上にあげている。彼の脳裏には勝利の二文字が見えはじめているのかもしれない。もっともそれはアンリとエレンの視界にはまったく映らないものであったが。二人はマナとの力比べに完膚なきまでにやられているからだ。
「それに俺にはとっておきの作戦がある。さりげなく隣に斧を立てかけておくというものなんだが」
「本当に手段を選ばなくなってきたね!?」
彼が今使っている両手斧、【真っ二つ】の特殊能力は筋力増強である。
「ここってなんだか寒くない? ……って言いながら【可愛い強兵鎧】を身に着けるあの子の姿が想像できるんだけど」
マナが戦場で纏うその鎧もまた、その特殊能力は筋力増強であった。効果もこの輝石の方が上である。
「ぐ……くそう……」
デルミットは再び顔に口惜しさをにじませ、カップの中のワインを飲み干して円卓に叩きつけると宿の主人を呼んでおかわりを頼んだ。アンリはため息をついたが、やはり何も言わなかった。もちろん、奢ると言ったことを少々後悔し始めているのは言うまでもない。
「ただいま戻ったぞ!!」
そんな中、入り口の扉が勢いよく開かれると共に大きな声が店の中に響きわたった。明るい日の光を背に立っているのは銀色の長い髪を持つ少女、サイファ。彼女は仲間の姿を見つけると迷う様子もなく大股に歩み寄ってくる。
「あんたはいつも元気よね……」
「はっはっは、なぜそんな暗い顔をしているのだ!! 元気なのはいいことだろうに!! ……おや?」
サイファはそのまま円卓の椅子を引いて座り、正面にいる見慣れない二色頭の男、デルミットの顔を見て首を傾げた。今朝、彼がこの宿を訪れた時、サイファはすでに出かけていたのでこれが二人の初顔合わせである。
「そうだ、紹介するよ。彼はデルミット。前までここに部屋を借りてたんだ」
右のデルミットに向けていた手を下ろし、今度は逆の手を左のサイファへと向けるアンリ。
「そして彼女はサイファ。先日同じ依頼を受けた仲間だよ。今はこの宿に泊まってる」
「おお、オマエも日々簒奪者と戦っているのだな!! ワタシはサイファ!! 簒奪者どもに鉄槌を食らわせるのがワタシの使命だ!!」
サイファは卓上に手を差し伸べ、デルミットの手を掴むとぶんぶんと振る。デルミットはにやけた笑みを顔に貼り付け、アンリにだけ聞こえるような声音で囁いた。
「おいおい美人じゃねえかアンリ」
性格はちょっとアレな感じだが、という内心は口にしなかったが。
デルミットは鷹揚に腕を組み、尊大な調子でふんぞり返ると正面に向かって声を出す。
「そうか……つまりお前は俺の後輩ということになるな」
「む? そうか?」
首を傾げるサイファを見ながらデルミットは続けた。
「ああ、ま、何か分からないことがあったら俺に聞け。様々な武器を扱うベテラン執行者としていろいろと教えてやるぜ」
またいつもの悪い癖が出た、と隣で嘆息するエレン。しかしサイファは気にならないのか、快活な笑みを浮かべて声を張り上げる。
「おお、そうか!! つまりワタシ達と共に戦ってくれるのだな!!」
「ああ、もちろんだ。俺の力でお前達を導いてやろう」
「それは楽しみだ!! オマエという仲間が加わり、【双頭の蛇】も【尾長竜】も倒した我々の快進撃は止まることなく続くだろう!!」
「な、なに!? 【双頭の蛇】!? 【尾長竜】!? お前が、いや、お前達が倒したってのか!?」
デルミットは目を剥いて身を乗り出し、目の前の銀髪の乙女をまじまじと見た。首を動かし、アンリ、エレンの方へも視線を向ける。二人は彼の前でこっくりと頷いた。
「ついこの間、ね。ちなみにあのマナミナも一緒よ」
「い、いつの間にお前ら……そんなに腕を上げたんだ!?」
「訓練のたまものだ!! もちろん苦戦はしたがな!! しかし神々はやはりワタシ達と共にあったのだ!!」
手中に片手鎚を呼び出し、天へと掲げるサイファ。そして店の中で武器を取り出したことを宿の主に叱られる前に再び輝石へと戻す。そして空いた手でデルミットの腕をがっしりと掴んだ。
「さあワタシと共に行こう!! 巨悪を、悪辣な簒奪者どもを殲滅するまで!!」
「ま、待て!! お、俺はあれだ!! 小さな依頼をこつこつとこなして行くタイプでな!! いまのところまだ予定でいっぱいなんだよ!! だからお前と一緒に行くことは出来ない……!! 残念で仕方がないが!!」
今にも立ち上がって外へと向かいそうな少女を慌てて制し、とっさの言い訳を口にするデルミット。サイファは心底残念そうに手を離した。
「む? そうか……それは残念だがやむを得ないな」
「お、おうよ!! い、いつか機会があったらその時に頼むわ!! じゃあ、俺は明日の用意があるんでまたな!!」
デルミットはそう言い捨てると、疾風のように駆け出し、扉を開けると【虹の根元亭】を出て石畳の上を走り去っていく。サイファはまぶしいものを見るように目を細め、彼の背を見送っていた。
「ふむ、奴も簒奪者どもと戦うのに忙しいようだ」
「……そうね、そういうことにしておきましょ」
何もしていないのにエレンはどっと疲れ、円卓にゆっくりと上半身を伏せた。