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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第4章
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第117話『新しい力』

「はっ!!」


 エターナルイリスの街中を第二の鐘の音が通り抜けた頃。アンリとエレンは街外れの訓練場で汗を流していた。


 エレンが気迫の声と共に振るった剣は、蒼海のようなきらめきを宙へと残す。金色の護拳に守られた白い柄はひんやりとしており、熱くなりはじめた夏の朝には心地よい。薄く青みがかった氷塊のような刃はエレンの手によって何度も空間を切り裂き、やがて天へと掲げられた。


 【最果ての氷結晶ポーラークリスタル】。

 七日ほど前にアンリとその仲間達が【尾長竜ワイバーン】との死闘により手に入れた、六角輝石ヘキサの一品だ。


「うん!! いい感じだわ!!」


 エレンは新たに愛用の剣となったそれを見つめ、満足げに頷いた。


「もう慣れてきた?」

「まあね、最初はちょっと違和感があったけど」


 あの鑑定会を経て自分のものとなった氷の刃を空に透かし、エレンはアンリへと答える。エレンが【最果ての氷結晶】を【魂の器ソウルフレーム】に刻印したことにより、かつて彼女と共にあった【刺し貫く白刃シャープエッジ】はついにその役目を終えていた。


 この二振りの片手剣ソードは共に特殊能力スペシャルパワー敏捷性アジリティ増強ブーストの記述があり、【最果ての氷結晶】のそれは【刺し貫く白刃】と同等であったが、刻印している数は五つから一つに減っているため、エレンの敏捷性は少し低下してしまっていた。彼女もそのことを実感している。


 しかしそれでもエレンはこの剣を使っていくことを選択した。彼女がかつてアンリに語った、『何かを手に入れる為には何かを捨てなければならない』という言葉を体言するかのように。とはいえ、やはりエレンに全く不満がなかった訳ではない。そのことがつぶやきとなってエレンの口からもれた。


「ああ……【速さの指環クイックネスリング】……欲しかったなあ……」

「さすがにそれは欲張りすぎだよ」


 エレンのぼやきにアンリが半笑いを浮かべながら答えた。先日の鑑定会で二番目の価値があった指環の輝石は結局サイファの元へいった。エレンは【最果ての氷結晶】を、アンリは【邪眼潰しイビルアイヴォイド】と【打ち壊すものブロークン】をそれぞれ入手している。他の輝石は粉薬シリーズを含めて、全てマナ達三人の元へと引き取られていった。アンリが欲しがった鎧は五角輝石ペンタということもあってなかなかに高価だったのだ。


「だって……あたしの【魂の器ソウルフレーム】も成長してせっかく横列もひとつ増えたんだし……」


 そう。尾長竜ワイバーンとの激しい戦いを乗り越えたおかげか、エレンの【魂の器ソウルフレーム】も成長していたのだ。右から二番目の列が縦に一つ増えて枠が四つから五つに。そして新規に横の列がひとつ増えて八列から九列になった。


「そういえば【魂の器ソウルフレーム】の成長って、ああいう風に枠が追加される形で増えていくんだね」

「そうよ。アンリが特殊すぎるの!」


 今さらすぎるアンリの言葉にエレンは呆れ顔で返す。普通は今回のエレンのように、ただ枠の数が増えていくだけのはずなのだ。普通は……。


 なお、アンリもすでに【闇の帳ダークフォール】から【邪眼潰しイビルアイヴォイド】へと装備を切り替えていた。やや不気味な色合いの鎧を身に着けているアンリにエレンは視線を投げかける。藍色の瞳はアンリの左肩についている肩当てを見つめていた。かつて少女達を慄かせた不気味な一つ目は、まぶたが降りているように閉じられたパーツによって今は見えない。


「目がなかったらそこまで気味が悪いってものでもないわね」

「ああ、これ?」


 アンリは自分の左肩の丸みをポンポンと叩いた。


「リーマドータさんに聞いたけど、役目がないときは眠ってるんだって」

「……やっぱり不気味ね……」


 エレンは顔を引きつらせながら、まぶたの奥に隠れているであろう眼球がある場所を見やる。かつて神々がいた時代に存在していたという幻獣、【一つ目の獣カトブレパス】。おとぎ話によると、その瞳と視線を交わした者は恐怖で身がすくみ、場合によっては即座に命を落としたという。


「なんでも邪眼を持つ簒奪者ユーザーバーや眷属に対抗するために作られた鎧らしいよ」

「鎧の名前の通りなのね……そういえば簒奪者ユーザーバーや眷属のなかには、視線を使って何かをする連中がいると聞いたことがあるわ。あたしは会ったことないけど」

「なるほど。じゃあそれが邪眼ってやつなのかな」


 いつかその邪眼とやらを持った敵と戦うかもしれない。その時になったらおそらくこの鎧も真価を発揮できるのだろう。ひとまず鎧のことについて気にするのはやめて、アンリは訓練を再開することにした。


 地に突き立てていた【打ち壊すもの】を引き抜き、正面へと構える。輝石の数が七つとなり、攻撃力が58となったアンリの愛剣はうなりを上げて土の匂いのする空を切り裂いた。型にのっとった力強い踏み込み。弧を描いた肉厚の刃はアンリの腕が振りぬかれたところでぴたりと止まる。執行者エクスキューターになりたての頃の、武器の重さにふらついていた彼の姿はもうどこにもなかった。


 ぱちぱちぱち、と軽く手が打ち合わされる音が人気の少ない訓練場に響く。


「ふふ、もうアンリもすっかり一人前ね」

「そう? ありがとう」


 エレンの賛辞にアンリもまんざらではないのか、口元に笑みを浮かべた。エレンもアンリに触発されたのか、小休止を終えて再び【最果ての氷結晶】を手に練習を始める。


「はああああっ!! 【閃光の一撃レイスティング】!!」


 エレンが最も得意とする武術ウェポンアーツが光をまとって繰り出される。氷の魔力をも帯びている剣閃は、武術特有の光を放つ刃をさらに美しく彩り、たった一人の観客であるアンリを魅了した。


 青白い光は【最果ての氷結晶】に込められている氷の力によるものだ。アンリは使い慣れた自分の剣の刃を横に向けて刀身に己の顔を映す。自分もいつかは魔力の篭った武器を使ってみたいという感情が瞳に宿っている。


「そういえば、両手剣ツーハンドソードってオークションに出てないのは仕方ないとしてもさ、輝石そのものが簒奪者ユーザーバーを倒してもほとんど出てこないよね? 【打ち壊すもの】より強い剣の輝石を手に入れた記憶がないんだけど……」


 エレンはアンリの言葉になぜかびくりと身をすくませる。アンリの顔を見返し、冗談を言っている訳ではないことを理解すると、気まずげな雰囲気を漂わせながら視線を泳がせた。


「あー、その、知らなかったの?」

「うん? 何を?」

「そのね……両手剣って、最高でも四角輝石テトラまでしか発見されたことがないの」

「……はあ!?」

「ごめん、もうリーマドータあたりから聞いてると思ってた……」


 心底申し訳なさそうなエレンの表情が、その言葉が嘘でないことを裏付けていた。


「そ、それは……なんというか……」


 アンリは構えている剣を力なく地面に下ろし、かぶりを振る。かつて天人や目の前の幼馴染が言っていた言葉の意味がようやく腑に落ちた。


「なるほど……だから両手剣を使う人がほとんどいないわけだ……」

「うん……そうね。【魂の器】の制限がある限り、四角輝石までしか手に入らない両手剣は早い段階で頭打ちになるわ」


 アンリは己の【魂の器】を召喚する。初めて見た時には戸惑いしか覚えなかった、縦に長い異質な銀盤。今では一番右端の列に白い三角輝石トライが七つも輝いている。アンリが執行者になった時から使っている【打ち壊すものブロークン】だ。


 夜空の星々のように明滅するその宝石をじっと見つめるアンリ。エレンはかすかに笑い、アンリへと言葉を投げかける。


「カルドラの加護なのかもしれないね。アンリがそれを手に入れたの」

「うん……」


 ほとんどの執行者の【魂の器】は縦の列が四から六がせいぜいであり、七を超えているものすら滅多にない。だというのに十の枠が三列も空いているアンリの【魂の器】は規格外という言葉が当てはまる代物だ。今は七つの枠を埋めている白い三角輝石トライ。これが十個並んだ暁には、他の執行者が使う六角輝石ヘキサ以上の武器にも匹敵するであろう。


「そうだね……きっとそうだ!!」


 アンリは落ち込みかけた気分を吹き飛ばそうと殊更に大声を出し、愛剣の【打ち壊すもの】を縦に横にと振り回す。やがてアンリは剣を地面に突き刺し、気遣わしげに見守るエレンの方を笑顔で振り返った。


「やっぱり僕は両手剣ツーハンドソードを振るうのが性に合ってるみたいだし、これからもずっとこの大きな剣と共にいるよ。もちろん、その四角輝石の剣もいつかは手に入れてみたいけどね」


 アンリの言葉が強がりでないことを見て取り、エレンも口元をほころばせた。


「ふふ、そうね。きっといつかは手に入るわ。もっとも、また数をいっぱい集めないといけないけどね」

「うん!」


 アンリはエレンの言葉に元気よく頷いた。そんな二人に軽やかに駆け寄る足音。


「アンリさーん、エレンさーん」


 自分達の名を呼ぶ声に反応し、二人は声の主を見て手を振った。いつものようにカラフルなリボンが頭の両脇で踊る少女、ミルティーユの姿があったのだ。


「えへへ、今日も見学に……」


 笑顔で駆け寄る少女の顔が、なぜか萎れた花のように元気をなくしていく。やがて立ち止まった少女はある人物をまじまじと見つめていた。形の良い眉は下がり、その小振りな唇が忌まわしい呪文を口にするかのように遠慮がちに開かれる。


「ア、アンリさん……その鎧、なんだか怖いです……」


 【邪眼潰しイビルアイヴォイド】の真の姿をまだ見てすらいない少女の感想にアンリはうなだれる。眼球が隠れている左の肩が心なしか重く感じるアンリであった。


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