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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第3章
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第108話『猛毒の針』

 【尾長竜】があぎとを開く。口内から放たれた灼熱の火弾が土くれへと炸裂し、はじける炎のしぶきが執行者達の身を焼いた。サイファの【光の防護円ルミナスプロテクション】の加護の下にいるとはいえ、アンリ達が感じる熱量は筆舌に尽くしがたい。


 アンリは身を焦がすような痛みに耐えながら距離を詰め、剣を振るう。竜は火弾の雨をものともせずに駆け抜けてきた戦士に意表をつかれ、アンリの右斜め上から切り下ろされたそれは竜の腹部へと吸い込まれる。火花が薄闇の中を舞い散ると共に幾枚もの鱗がはじけ飛び、深い裂傷が【尾長竜】へと刻まれた。竜は痛みによろめき、一歩後ろへと後退した。


 怒りに燃える竜だったが、アンリへの反撃に移ることは出来なかった。アンリに続く小さな姉妹が己の手に持つ巨大な武器を、邪悪な簒奪者へ息も付かせまいと叩き付けたからだ。


「はあっ!!」

「でえええええいっ!! 【巨木断裁撃ビッグツリーディバイダー】!!」


 気迫の声と共にまずミナの両手鎚モールが地へと叩きつけられ、それから遥かに遅れた形でマナの両手斧ブロードアックスが大地を切り裂いた。


 ミナの打撃は【尾長竜】のいる場所を的確に捉えていたものの、すんでの所で身をかわされ、マナの斬撃はそれが地を割る頃にはすでに敵の位置は遠くへと行っていた。


「ええい、動くんじゃないわよ!!」


 【超重斧ベリィヘヴィアックス】を大儀そうに引き抜くマナであったが、そんな軽口に答える者は誰もいなかった。戦いはすでに少女から十数歩離れた場所で行われている。


 【尾長竜】は軽く宙を舞うとエレンへと飛び掛った。少女は慌てずに竜の側ぎりぎりを駆け抜け、すぐに身体を反転させる。エレンの読み通り、竜は後ろを向いたまま尾の針をエレンへと向かって繰り出していた。だが、片手剣の使い手ソードマスターは左手の盾でその軌道と勢いを殺し、受け流す。


 目論見をあっさりと看破された【尾長竜】。振り向いたその顔に浮かぶのは驚きかそれとも怒りか。地響きをさせながら一歩を踏み出した竜へと向かって鎧の塊が突進する。


「うおおおおおおお!! 【頭骨砕きスカルクラッシャー】!!」


 サイファの【正六面体の鎚キュービックハンマー】が武術ウェポンアーツの輝きを帯びて空を走った。十分に踏み込んだ一撃は竜の脚の大腿部の辺りに命中し、鱗をひしゃげさせて皮下の肉を痛めつけた。


 竜は苦痛を憤怒で塗りつぶし、愚かにも懐に飛び込んできた敵へと右の飛膜を叩きつける。サイファは身構え、竜の一撃を大人しく盾で受けた。竜の身体を二倍以上大きく見せている巨大な翼。それを支える尋常でない膂力が込められた一撃をサイファは数歩後ろに下がるだけで耐えしのぐ。もちろん兜の下ではその美貌が苦悶に歪んでいるのだが、【尾長竜】はかつてないほどの屈辱に駆られ、唸った。


 エレンはそんな簒奪者の隙を突き、剣を繰り出す。少女の細い剣は先ほどアンリが作った傷跡を貫き、【尾長竜】へと新たな苦痛を味わわせた。


 竜は眼下の小さき者どもを睨みつけると両の翼を正面へと向けて勢いよくはためかせ、突風を起こす。戦士達が足を止められている間に地を蹴り、再び宙へと舞い上がった。


 人間達にとっては巨大なこの広間も、【尾長竜】にとっては移動を制限される、戦場としてはやや不便な場所である。しかしこの地の王として君臨するに丁度よい、彼にとってはまさに地下迷宮ダンジョンの玉座の間に等しい場所であった。そんな安息の地に不遜にも踏み込んできた侵入者達を無事に帰すなど、【尾長竜】にとってはあり得ないことであった。


 竜はしばらくアンリ達の側を滑空し、獲物を見定めるように自分に歯向かう敵の姿をねめつけた。


 両手で剣を構える黒い鎧を着た戦士。

 手に持つ鎚を一旦地に突き立て、その手に光を纏って現れた瓶の中身を飲み干す鎧の主。

 その姿をなぜかうらやましそうに見つめる金髪の少女。

 そしてそっくりの顔をした、小さき者達の中でもさらに矮小な姿の一対。


 【尾長竜】は狙いを定めると、大きく旋回してアンリ達の中へと急降下した。滑空しながら顎を大きく開き、火の弾を作りだす。【尾長竜】の力とて無限ではない。かすかに消耗する自分の生命力と引き換えに生み出した燃え盛る炎を、竜は眼下の一団へと向かって連続で吐き出した。


 アンリ達は高速で飛来する赤い弾丸から身をかわす。めちゃくちゃに放たれたそれらは彼らに直撃せず、土くれを焦がすだけに終わった。しかしまだ体勢を整えきれていない彼らの中へと竜が舞い降りる。鋭利な爪が一人の人物を引き裂かんと襲い掛かった。


「くっ……このっ!!」


 竜の標的となった人物――マナは両手に抱える斧を手に身構えた。自分に向かって落ちかかってくる大きな影を慎重に見据える。右か左。いくら【尾長竜】が空を自由に舞えるとはいえ、空中での急激な方向転換は難しい。


 ――こっち!!


 マナは一旦右によけるそぶりを見せ、竜がその軌道をかすかに変えたのを見届けると素早く反対側へと跳んだ。マナは誰もいないところに降下する竜を見据えながらあざ笑う。ふん、ざまあないわ!!


 しかし【尾長竜】の攻撃は少女の予期せぬ方向からやってきた。処刑人が振り下ろす剣のような残酷な風切り音と共に。


「あぐっ!?」


 突然自分の左太ももを後ろから襲った猛烈な痛みにマナの口からあえぎが漏れた。衝撃に耐えられず、マナは空中で体勢を崩して地へと無様に倒れ付した。その左足に何かおぞましいものが注ぎ込まれる、全身の毛がそそり立つような感覚。


「お姉ちゃんっ!!」


 ミナはたまらず叫んでいた。己が生み出した氷の鎧をあっさりと貫き、姉の身体に猛毒の液体を流し込んだ竜の長い尻尾を見据えて。


「こいつっ!!」


 アンリは倒れるマナへと駆け寄り、未だ少女の左足を地に繋ぎ止めているそれ目掛けて横殴りに剣を振るった。しかし一足早くその毒の針は少女の身体を離れ、あふれる液体をしたたらせながら宙を舞う。次の犠牲者を求めて鞭のように振り下ろされた尻尾を何とかアンリは剣で弾いた。


 再度踏み込み、胴体を狙って切り付けたアンリをあざ笑うかのように【尾長竜】は飛翔し、彼の手の届かない場所へと着地する。


「マナ!! 大丈夫か!?」

「へ、平気よこれくらい……あ、あれ?」


 震えながら立ち上がったマナは、次の瞬間両膝を着き、やがて再び地へと倒れこんでいた。両手から投げ出された無骨な斧が、耳障りな音を土くれのドームの中へと響かせた。マナの四肢は痙攣し、瞳はあらぬ方向を見つめていた。【尾長竜】によって注ぎ込まれた猛毒が体内を駆け巡り、すみやかに少女の命を食い尽くそうとしているのだ。


「お姉ちゃんっ!! お姉ちゃんっ!!」


 嗚咽を声ににじませながら、少女の妹が側へと駆けつける。


「エレン!! お願い!!」

「分かったわ!! ミナ、貴方は【回復薬ポーション】を準備して!!」


 五人の中で【解毒の粉薬】を刻印しているのはエレンとサイファのみ。アンリはマナの側にいた幼馴染の名を必死に呼ばわった。駆け寄るエレン。ミナもエレンの指示に何度も頷き、武器を捨てて手の平に魔法の薬が入った瓶を呼び出した。しかし、そのただ中に【尾長竜】が地響きを立てて襲い来る。


 アンリは唇を噛み締め、【打ち壊すものブロークン】を正面に構えるとただ一人【尾長竜】の前へと立ちふさがる。いや、一人ではなかった。鎧に身を包む少女がアンリの隣に並ぶ。


「アンリ、ワタシが少しだけ持たせてみせる!! あれを使え!!」

「!?」


 サイファが言うあれとはもちろんアンリが使う唯一の武術ウェポンアーツ、【荒れ狂う暴風域ワイルドタイフーン】のことだ。たしかにあの竜を止められそうな技といえばあれか、もしくは今倒れているマナの渾身の一撃くらいだろう。


「頼んだぞ!!」


 アンリの返事を待たず、サイファは武具を構えて駆け出した。マントをなびかせ、巨大な敵へと向かう仲間の背を見つめていたアンリだったが、覚悟と共に腰を落とした。もちろんカルドラの編み出した奥義を放つ為の体勢を取るためだ。


 サイファは立ち止まり、武器を地面に突き立てると空いた手に数枚のカードを召喚する。その中の一枚を敵へとかざし、込められている魔術マジックアーツの名を呼んだ。


「【大地の束縛アースバインド】!!」


 サイファの声に導かれ、一枚のカードから雪崩のように土の塊があふれ出す。突進してくる【尾長竜】目掛けて地を這ったそれは大きく隆起し、植物の蔓のように竜の太い脚へとからみついた。一瞬つんのめりそうになった竜だったが、その猛進を止めるにはあまりに貧弱な力であった。かりそめの命を得ていた土の塊ははじけ飛び、もの言わぬ砂礫となって地面と同化する。


「くっ……【猛き突風ウィンドブラスト】!!」


 突如巻き起こった猛烈な風が【尾長竜】の正面から叩きつけられた。小型の簒奪者なら遥か遠くへと吹き飛ばせるようなそれも、竜を一瞬食い止めただけに過ぎなかった。


「ええい!! 【爆炎球バーストフレイム】!!」


 サイファが新たにかざしたカードから燃え盛る炎の球が飛び出した。それは周囲に火の粉を撒き散らしながら宙を舞う。しかし、竜はあぎとを開くと己の口内から同じような火弾を吐き出した。【尾長竜】の近距離でお互いに衝突したそれは激しい爆発を起こし、洞窟内は一瞬激しい輝きに包まれた。だが、その爆炎を突き破って【尾長竜】は駆けて来る。勢いはほとんど落ちていない。


 サイファは己の武器を再び持ち上げ、構えた。結局かせげた時間はわずかに過ぎない。


 ならば、もう一度あの頭蓋骨を砕くかのような一撃を加えてやるのだ。


 前傾姿勢を取りながら大地を震わせ、もはや目前に迫っている【尾長竜】。簒奪者の頭部は以前の打撃により明らかにへこんでいる。同じ場所に再び鎚を叩き付けることが出来れば、あるいは?


 サイファの持つ【正六面体の鎚キュービックハンマー】が光に包まれていく。きっと自分の後ろでは同じように光を帯びた武器を構えている者がいるはずだ。あとは彼を信じるしかない。


 ――フィフテマよ、ご加護を!!


「うおおおおおおお!! 【頭骨砕きスカルクラッシャー】!!」


 サイファは神への祈りと共にもう一度、いつもと同じ動作で己の得意技を繰り出した。【尾長竜】の頭蓋骨をその技の名のように粉砕せんと。


 【尾長竜】は速度を落とさず突っ込んでくる。サイファが振り下ろした鎚は狙い通り、竜の傷跡へと命中した。サイファはかすかに微笑んだ。しかし、【尾長竜】の勢いはまだ止まらない。


「ぐふううううううううううっ!?」


 サイファは悲鳴を上げながらいつぞやのように吹き飛ばされ、地面を転がった。しかしサイファは弾き飛ばされながら笑みを浮かべていた。ぐるぐると回る視界の中に、仲間達の姿が映ったから。


「うあああああああっ!! 【荒れ狂う暴風域ワイルドタイフーン】!!」


 獣のような雄たけびをあげ、アンリは己の武術を発動させた。最大限に技の力を引き出す威力増大パワーチャージ。身を賭して敵の前に立ちふさがったサイファのおかげでかろうじて間に合ったのだ。


 アンリは剣を振り回しながら竜へと突っ込んだ。【尾長竜】はサイファの打撃により、数瞬視界がぶれ、突進の軌道もそれていた。竜が正面を向いた時、アンリの剣はもう間近へと迫っていた。


 肉厚の刃が竜の左脚を抉った時、ついに簒奪者はその動きを目に見えて鈍らせた。しかし、【尾長竜】はそれでも動きを止めず、拮抗する刃がついに振り抜かれると、バランスを崩しながらもアンリを押し潰さんと体当たりを敢行する。アンリは衝撃と痛みに歯を食いしばり、体勢を崩しながらも二撃目を竜の腹部へと叩き付けた。悲鳴が竜の口から漏れる。だが、アンリの攻撃もここまでだった。ついに猛進する巨体に耐えられず、アンリは【荒れ狂う暴風域ワイルドタイフーン】を最後まで放つことが出来ずに弾き飛ばされる。


 【尾長竜】の口元が残酷な笑みを湛えた。この戦いの勝利を確信したのだ。しかし、竜の表情は次の瞬間正反対のものとなる。己の翼の根元に、深く、重い斬撃が突き刺さったのだ。竜は唖然として首を曲げ、痛みを訴えかける部位を見る。自慢の飛膜を断ち切らんとばかりに深く抉るその武器は。


「さっきは……よくもやってくれたじゃないのっ!!」


 毒により地に伏せていたはずの、小さき者が使う重厚な斧であった。竜の翼に場違いのオブジェのように食い込むそれは、転がるサイファによってかけられた氷による強化の魔術によって青い輝きを放っていた。まるでマナからあふれ出す意思の力を具現化したかのように。


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