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女神の剣  作者: 蔵樹りん
第3章
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第107話『氷の鎧、光の円』

 魔術を行使する為の詠唱を行うミナとサイファ。その声を背に三人の男女が地を蹴った。向かう先はもちろんこちらを睥睨する【尾長竜】。竜は挑発するかのように軽く一声鳴いた。敵は己の勝利を疑っていない。しかしそれはアンリ達も同様だ。


「はあっ!!」


 まずはアンリがしかける。踏み込みながら剣を思い切り横殴りに振るった。先ほど一撃で【尾長竜】を地面へと打ち倒した時のように力の乗ったスイング。しかし、竜は軽く後方へとステップする。巨大な身体に似合わない、軽業師のような身のこなしであった。


 間合いを空けた簒奪者へと飛び掛る小さな影。マナは肉食獣が獲物を捕らえる時のように飛び掛り、斧を叩きつけようと上段にかかげる。


「くらえええっ……ってひゃああああああああ!?」


 【尾長竜】は小さな姿に向かって両の翼を羽ばたいて突風を起こす。まともに食らったマナはつむじ風に舞い上げられる木の葉のように逆方向へと吹っ飛んでいった。


「くっ……この!!」


 余波を受けたアンリはよろめいて数歩後退したが、エレンは素早く横に飛んで強風をやりすごしていた。そのまま間合いを詰めると竜の腹を目掛けて剣を繰り出した。


 しかし武術ウェポンアーツではないそれはたやすく【尾長竜】の鱗に弾かれてしまう。角度が悪かったとエレンは心中で毒づき、深追いは避けて素早く敵の懐から離れた。その後を追うように竜のあぎとが先ほどまでエレンがいた空間をむさぼる。危機一髪であった。


 エレンは間合いを取りながら黙考する。自分があと何回武術ウェポンアーツ……特に【閃光の一撃レイスティング】を放つことができるかを。先ほど一人で戦った時に少々張り切りすぎた為、エレンはかなりの精神力を消費していた。しかし武術の力を借りなければ【尾長竜】に深い傷を負わせるのは難しい。


 自分用の【精神力回復薬メンタルポーション】があれば失った気力を回復できるのに……と考えたエレンの脳裏にかつてのトレードの光景と、自分の前で美味そうに【精神力回復薬メンタルポーション】を飲み干した人物の顔が思い浮かび、エレンは込みあがってきた怒りに歯軋りする。


「うわああああああああああああああ!! 【閃光の一撃レイスティング】!!」


 エレンは突然大声で喚くと再び竜の懐へと飛び込み、剣を突き出す。光を帯びた剣閃は見事に竜の鱗の隙間を抉った。


 苦悶に呻く竜を尻目に素早くその場を離れ、エレンはアンリの側へと駆け戻る。


「エ、エレン。あんまり無茶しちゃ駄目だよ!!」

「ごめんごめん、次は気をつけるわ」


 アンリに答えたエレンは場違いなまでにすっきりとした表情を浮かべていた。そんな彼女の身体をひんやりとした冷気が覆う。自分を見下ろしたエレンは全身にきらきらとした輝きがまとわりついていることに気付いた。よく見るとアンリの体も同様の光輝に包まれている。ミナの氷の魔術が完成したのだ。そんな二人の耳に複数の金属がこすれあう音と、重量感のある足音が届く。


「待たせたな」


 いつのまにか近づいて来ていたくぐもった声の主、サイファを中心に光のサークルが出来ており、洞窟のヒカリゴケよりも周囲を明るく照らしていた。その範囲は十数組の紳士淑女が円舞を踊れるのではないかというほどに広い。


 サイファの魔術、【光の防護円ルミナスプロテクション】。火や風などの様々な属性に対する抵抗力を上げてくれる魔術だ。この魔力で出来た円の中にいる者全てがその恩恵に授かることが出来る。【尾長竜】の火弾の威力を多少は柔らげてくれるはずだ。ただし、毒に対してはその加護も働かない。


 【尾長竜】は軽く浮き上がると、虫を追う鳥のようにアンリ達目掛けて滑空してきた。エレンはたやすく、アンリはからくもその突進を回避したが、最初からよけるのを諦めていたサイファは腰を落とし、大人しく盾をかざして防御に専念する。


 正面から衝突されたサイファはその衝撃に耐え、信じられないことにしばらく二本の足で立ったまま引きずられた。しかし最終的には地へと倒される。


「こんのっ!!」


 自由に宙を飛ぶ竜の飛膜を狙ってマナが斧を振り上げた。だが、機敏とは言えない少女が斧を振り下ろすより遥かに早く竜は彼女の側を通過する。目標を失った刃は地を切り裂いただけで終わった。その側をアンリとエレンが駆け抜け、地に降りた【尾長竜】が二人を向かえ撃つ。斧を土くれから引き抜いたマナも敵を追いかけた。


 倒れたままのサイファは片手鎚メイスと盾を一旦手放すと、起き上がるために両手をつく。見た目ほどの重量はないサイファの【機動要塞モビルフォートレス】であったが、やはり一度倒れると起き上がるのは一苦労だ。そこに駆け寄る小さな影。


「大丈夫ですか?」

「ああ、なんとかな」


 ミナに答えつつ、鎧の主は立ち上がる。ミナも先ほどのエレンのように、頑丈すぎる鎧に対して憧憬ともいうべきまなざしを向けた。


 自分や姉があの【尾長竜】の突進を受けたらおそらく立ち上がるのは難しいだろう。だというのに、目の前の女性は何事も無かったかのように平然としている……。


「もう全員に【氷結の鎧フローズンアーマー】はかけ終わったのだな?」

「はい」


 サイファは自分の身体を見下ろしながら目の前の少女に確認する。二人の全身もすでに氷のプロテクターで覆われていた。


「よし、行くぞ。ミナ」


 ミナはサイファに続いて駆け出した。遥かに大きな【尾長竜】に挑み続ける三人の元へと。まだまだ戦いは始まったばかりだ。


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